兎
エピソード36
夢を見るのは何度目だろう。
私は、黄金色に輝く砂の大地に立っていた。
空は暗く、その遠く彼方から太陽の光だけが届いていた。
私は太陽を背にして歩き出す。
やがて地平線の向こうから、美しい球体が顔を出した。
青い海に、緑豊かな大地が浮かんでいる。
それは紛れもなく、かつて、自然に存在していた地球の姿だった。
「今の地球を、ここから見たらどんな風に見えるのかな?」
私は隣にいる、ウサギに向かって問いかけた。
「……。」
いつもなら軽口がかえってきたはずなのに、このウサギは何も話してくれなかった。
「アンタもずいぶん頑張ったね。」
「……。」
それでも私は話し続けた。
「でも、アンタのキメ顔だけは今でもムカつくんだよね。」
「……。」
「そんな顔どこで覚えたわけ?」
「……。」
「文句ぐらい言っても良いでしょ?」
「……。」
「まぁ、おかげで楽しかったよ。」
「……。」
私は、いつまでも、いつまでも話しかけていた――。
次に、カルラが実を付けるまで、私達は3日ほど待つことになった。
その間、私は美術室に入りびたり、土をこねていた。
地下から、キメの細かい土を選り分けて、ここまで運び込んだ。
水を混ぜると、子供が遊ぶような、ちょうど良い粘土になった。
私はそれを捏ねて、一つ一つパーツを作っていった。
「何をしていらっしゃるんですか?」
食事も忘れて、粘土細工に没頭していた私を心配して、マスターが来てくれた。
「私、結構怒ってるんですよ……。」
「例の水色のウサギに、ですか?」
「そうですよ。……だってアイツ、――。」
4度目の対話を終えて、みんなの元に戻った時、塔の全員が出迎えてくれた。
私がカルラの力を奪うのでなはく、共に生きることを選んだことで騒然となっていたけど。
最終的には「それがアンユさんの選んだ結論ならば」と納得してくれた。
そこにはもちろんウサギの姿があった。
「やっぱり、アンユッチはそうでないと。ネっ?」
そう言って笑っていた。
その翌日、私は夢から覚めて、朝食に向かった。
「ところで、今日はウサギはどうしたの?」
いつもなら、私の隣に座る、あのクソウサギの騒がしい声が聞こえず、私は正面に居た観測係さんに聞いた。
「兎……って、なんのこと?」
その瞬間に、すべてを察した私は、廊下に向かって走りだした。
ある種の予感を振り払いたくて、本当は意味がないと知りつつも走らずにはいられなかった。
しかし、塔の中をいくら探しても、その姿は見えず。
それどころか、塔の人々からはウサギに関する記憶が、全て抜け落ちてしまっているようだった。
「――挨拶も無く居なくなるなんてっ!ほんっ……とうに、最後までムカつくんですよ!!」
私が捏ねる粘土に雫が落ちて、跡がついてしまった。
私はその跡を擦る様に消したが、何故だか雫は次々と現れて、何度もなんども、私はその跡を直さなければならなくなった。
「……どうして、アンユさんは粘土を選んだんですか?」
私の呼吸が落ち着くころを見計らって、マスターは私の今に寄り添うように聞いた。
「えーと……。これから、私とカルラが一つになったとき、この子が必要になるんです。」
私は、記憶を持たないマスターにも、分かるよう言葉を選んで話さなければならなかった。
こんな配慮をしないといけないのも、全部アイツのせいだった。
「カルラは、きっと、この子の種を残してくれるはずです。」
何度も、カルラとの対話を重ねて、桜の力を蓄えた私には、ウサギの正体が掴めるようになっていた。
「桜は、過去や未来、すべての桜達と繋がって意識を共有しているっていうのは、最初の対話で聞いたでしょう?」
マスターは、妄言ととられかねない私の話を、真剣に聞いてくれていた。
「だから、その種に私の想いを込めて、お願いしなくちゃいけないんです。『過去の私を連れてきて』って。」
私は、出来上がったパーツを組み上げて、形作っていく。
絵画の才能は無い私だけれど、こんな泥遊びなら、出来るから。
「マスターは、このコロニーがどうやって出来たかご存じですか?」
「記録では、神の啓示を受け、この地に集まってきたご先祖様が見つけたと。」
記録が抜けた歴史を埋めるため、後世の塔の住人たちが推測した結果、あいつは神話になっていた。
「その、神様の啓示を、この子に伝えてもらうんですよ。」
「なるほど、それも救世主の役目なんですね。」
あいつが神様なんて、やっぱり腹立たしいけれど、今の私がやらなければならないことだった。
「失礼いたします。」
ウサギを形作り、乾くまで待とうとした頃、司書さんが訪れた。
「あぁ、お父さん。ちょうど良かった。」
司書さんは、端末にデータを映し出して、私達に見せた。
「アンユさんの話が気になって、ここ最近のデータを調べていたら、おかしなところを見つけたの。」
「おかしなところ?」
マスターが、該当データを見つけてハっとした。
「4回目の対話の夜、誰も乗っていないはずなのに、エレベーターが地下に降りている……。」
おそらく、図書室から自分の記録を消したウサギは、その後エレベーターで地下に降りて、土に還る選択をしたのだろう。
ハハっ。あいつ、最後に失敗してやんの。
思わず笑ってしまい、二人が見る端末にも私の思考が表示された。
それを見てマスターが、おそらく、思わず、口に出す。
「うちのウサギがすみません……?」
自分でもなぜそんなことを言ったのか分からない様子で。
「あれ?なぜか……。」
と、考え込んでいた。
私は、大切なところでやらかす、間の抜けた全身水色クソウサギに、ようやく勝った気がしていた。
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