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アンユの日記~Pollen・Allergy・Lover~  作者: 昼場まなと
第一話「アンユの日記」
3/42

全身水色クソウサギ

エピソード2

 それは全身水色で、耳の垂れたウサギの姿をした、着ぐるみっぽい「何か」だった。

小さな体と手足をうるさいほどに振り回しながら、そいつは私の周りを飛び跳ねていた。


「飲みっしょ?いやぁ、良いところあるんスよ、おねぇさん。ネっ?おねぇさん?」


 私はとっさの状況に唖然としていたが、「ネっ?」の言い方にイラつきを覚えて我に返ると、彼(?)を振り切るように歩き出した。


「いえ、間に合ってるんで。」

「いや今、思いっきり『居酒屋』って言ってたじゃないスか。」


 が、その全長60センチほどの二足歩行ウサギは、一足で私の前に回り込み勧誘を続ける。


「思ってる2倍!いや5倍は良い店っスから。」


いや、まったく期待できないから。


 とは言いたくもなったが、いちいち相手にしたくもないので、そのまま横をすり抜けるようにしたかったのだが。


「それじゃ、いくら掛けてもゼロのままっスね。」

「……えっ?」


いま、私声に出してた?


 と、思わず立ち止まってしまった。


「お?やっぱ気になっちゃいました?うちにしか置いてないツマミがあるんスけど、これがマジ酒が進むんスよ。」

「そうじゃなくて、『いくら掛けても』って……。」

「あー、もしかしてイクラと勘違いしちゃいました?さすがに海産物は希少スから、置いてないんスけど――。」


 さっきの動揺と、相変わらずふざけた態度への思いが合わさって――。


「だから違くて!!」


 ――薄暗い路上には似つかわしくない大声が、思わず出てしまっていた。

さすがのチャラウサギも驚いたのか、その垂れた耳をピンと伸ばして飛び上がる。

その様子に、自分でも恥ずかしくなって、「すみません。」と小さくつぶやいた。


「……いや、一瞬心の中でも覗かれたのか、と。」

「あぁ。今のジョークのことっスか!」


 ウサギもさほど気にしていないのか、元のニヤケ面に戻っていた。


「アレ、毎回言ってるネタなんスけど、全然気づいてもらえないんスよね。」


 そう言いながら、器用にもその短い手をのばして耳の後ろを掻きながら、ケタケタと笑い出した。

その姿を見ていたら、なんだかドッと一日の疲れを思い出して。


「じゃあもう、その店で良いです。」


 私は、コイツの術中にはまってしまったようだった。


この鬱憤も全部、飲んで忘れてしまおう……。




「いや、自分で言うのもなんスけど、こんなキャッチが似合わないような落ち着いた良い店スよ。」


 さすがにあんな郊外に店があるわけじゃなかったようで、私はお店まで、このクソウサギと並んで歩くことになってしまった。


「なんでもいいけど、ならなんでそんな恰好してるの?ていうか、ソレ着ぐるみ?」


 無言で歩くのも気まずくなりそうで、話しかけることにしたけど。


「これはもう、こういうもんだと思っちゃいましょう。でも、この体も以外と便利なんスよ?」

「へー。」


 べつに興味があるわけでもないので、適当に聞き流していた。


「うちの店、外れの方じゃないスか?ホント良い店なんスけど、お客様に見つけてもらうってとこからキビシーんスよね。」


このテキトーな物言いにも、段々慣れてきたな……。


「そこでこの体が役に立つんスよ!」


 ウサギはわざわざ私の前に飛び出して、無駄にオーバーな動きで胸を叩いていた。


「それはもう、半端なく耳がいいんで。こっちの方に来る、人の気配とかバリバリ拾えるんスよ。」


あー、だからか。


「それで、海にいた私に気づいたの?」

「そ!」


いちいちキメ顔すんのは、腹立つなぁ。


「したら、開口一番『居酒屋ないかなぁ』じゃないスか!これはもう神の思し召しだと思ったスよ。」


コイツ、「神」なんて古い言い回しよく知ってるなぁ……。


 地球に大地があったころ、様々な場所に暮らす人がいて。

それぞれの文化を築いていった結果、いくつかの「信仰」というものが生まれたらしい。

人々の思う、理想とする生き方の象徴として「神」という存在が信じられていたんだとか。

その後、大地を水没させて、数十万程度の限られた人間が、限られた場所でしか暮らさなくなった今では、「様々な考え方」というのが、どうしても生まれづらくなってしまったようだ。


私も、歴史に思いをはせるごっこをしてなかったら知らなかったもんなぁ。

 

 思えば、さっきの「いくら掛けてもゼロ」も、ちょっとだけ知的なジョークだったのではないかと気づかされる。


キモウサギの割には、意外と学があるのでは……?


 なんてことを考えているうちに、お店の前までたどり着いたようだった。

ウサギの言っていた通り、チャラいキャッチに似つかわしくない、落ち着いた西洋風の一軒家を思わせる店だった。

あまりに立派な佇まいに気後れしそうになるも、ウサギはズカズカと不相応なふるまいで扉を開け放ち、促してきた。


「さぁさっ!いらっしゃいませ。」


 嬉しい誤算に、期待を膨らませながら店内に足をふみいれた。が。


「うぃい~!絶世の美女、一名様ご案内でーっス!!」


 やっぱりコイツは、ただの全身水色クソウサギだと確信した。

次のエピソードも投稿いたしました。

よろしくお願いいたします。

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