個人としての想い
エピソード21
翌朝、二度目の対話に臨むため、私は一人でエレベーターを降りた。
彼の元に向かうのも、すっかり慣れたもので。
心を落ち着かせるために、辺りの暗闇を利用しているほどだった。
そして、前回同様、彼の足元を軽く触れて――。
「今日も、よろしくね。」
――とつぶやくと、梯子を上り、新しい木の実へ近づいていった。
今回の実は、前回よりも高い位置に生っていた。
花が生い茂る、境目から手を伸ばすが、無理に体を突っ込むと、枝葉を傷つけてしまうように思えた。
そこで、私は、彼に「お願い」してみることにした。
これまでのトレーニングを思い出し、大きく息を吸い込む。
一呼吸を置き、イメージを膨らませる。
そのイメージを、彼に伝えるように、細く、ゆっくりと、実の方向へ吹きかけた。
すると、サクラ達は道を作るように、その枝を動かす。
私の体が入れるくらいのスペースを作り、実が採りやすいように避けてくれたのだった。
「ありがとう。」
礼を言って、彼らが作ってくれた空間によじ登った。
そうして、実を採り。
私はそのまま、サクラの中で包まれるようしながら、果実を貪った。
「彼」はまた、光の中、一人でうずくまっていた。
「やぁ、また会いに来たよ。」
私の声に反応し、顔を上げた。
その表情からは何も読み取れないが、それでも彼の赤い目は再会を喜んでいるように思えた。
「今日も、君の話を聞きたいんだけど、その前に一つだけ良い?」
あえて勿体つけるように言うと、彼は無表情のまま首を傾げた。
「前回、最後に言ったこと覚えてる?約束したとこまで聞こえてたかな?」
聞くと、彼はコクンコクンと頷いた。
「約束通り、あなたの呼び方を考えてきたの。」
すると、彼はゆっくりと私のそばへ這ってくる。
そのまま、私の足元に来ると、私を見上げて次の言葉を待っているようだった。
その様子が、なんだか小動物のように感じられて、私は可愛いと思ってしまっていた。
良かった。前よりも彼と言葉が通じそうな気がする。
そう思い、彼の顔に、初めて触れた。
その手には、人と同じ暖かさを感じた。
そして、私は、これまでみんなにも秘密にしていた、彼の名前を呼んだ。
「『カルラ』。あなたの名前はカルラっていうのはどうかな?」
この時、初めて、彼は笑った。
「カル、ラ……。それが、「僕」の名前。」
「そう。サクラ達とは違う、あなただけの名前だよ。」
すると、カルラは驚いたような顔をした。
「そうか……。僕は、……僕になったんだね。」
「神話に出てくる、神鳥からとったんだ。」
聞くと、カルラは納得した様子で頷き。
「ありがとう。」
と、笑顔に戻った。
「それじゃあ、お話ししよっか。」
こうして、カルラとの対話が始まった。
白い空間に二人で並んで座った。
「汝ら、……いや、君が僕の言葉を解すると分かってから、どこから話すべきかを考えていたんだ。」
カルラはまだ、「自分」として話すのが苦手なようだった。
それでも、言葉を選んで、少しづつ話をしてくれた。
「我ら桜は、世界の行く末を見たんだ。」
「大地を介して、未来の存在ともつながっていたから分かったんだね?」
カルラは頷いた。
「そして、世の終焉を見た。」
「私たちがやった、水没のことだ。」
しかし、カルラは首を振る。
「否。それは、あの者が現れ、変えた未来。」
「ウサギのこと?」
「あぁ。彼は本来、この世界に居なかった。」
だから、この世界の理が当てはまらない。と、付け加えた。
「我らが見たのは、この星の終焉。『星の力』が枯渇するという未来だった。」
「星の力……?」
「我ら、桜はもちろん、汝らを含めた全ての生き物は、この星の力を依り代に生活してきた。」
植物も動物も、地球に暮らし、死ねば大地に返り、そのエネルギーを循環させる。
しかし、そのエネルギーは徐々に目減りしていき、ついには循環が崩壊してしまうようになるというのが、彼らが見た未来の姿だと、カルラは言った。
「この星が抱えられる、生物の閾値を、我らは越えてしまったんだ。」
これまで、遠くを見ていたカルラが、私に向き直った。
「だから、我ら『桜』は、生き物を減らすことにした。」
その為に、人々を、桜に変えた。
「だが、汝らを桜に変えたことで、我らは知ってしまったんだ。」
カルラの顔は歪み、今にも泣きそうだった。
「桜となった、汝らから伝わってきたのは、それまでの友と意志を交せぬ、『悲しみ』だった。」
それまでの「桜」は、樹木として、あらゆる存在の中の一つとして、全が一、一が全という価値観が当たり前だった。
だから、私たち人間の持つ、個人としての「想い」というものを持ち合わせていなかったのだ。
「故に、……僕、が生まれた。」
人を桜に変えることなく、彼らの「想い」を人に伝えるための存在。
「それが、カルラだったんだ。」
「そうだ。……我らは、君たちに謝りたかったんだ。」
そして、カルラは頭を下げた。
「君たちにとって、友と交す言葉がどれほど大切なのか、それが叶わぬ事がどれほどの苦しみなのか、それを知らなかった。すまなかった。」
私には、彼の謝罪に対する答えを持ち合わせていなかった。
彼らの行動も、人類を代表して受け取ることになった、この謝罪も、私一人には重すぎた。
だから――。
「……分かった。」
――と、答えた。
「カルラの想いは、分かった。でも、その想いに対する答えは、私一人では決められない。」
「あぁ、……君たち、が何を思い、どう決断するのかは、この話を聞いている者たちと一緒に考えて欲しい。」
カルラは、頭を下げ続けていた。
こんなことを言ったら、みんなには怒られるかもしれないけど。
「でも、私個人としての想いは、……桜達が、ううん、『カルラ』が、私たちと話をしたいと思ってくれて嬉しかったよ。」
言いながら、カルラに頭を上げるように促す。
カルラの赤く大きな目は、分からない、と言っているようだった。
「だって、そのおかげで、カルラと友達になれたんだから。」
自分でも、どうしてこう思ったのかは分からない。
それでも、私は、この思いに全く曇りがなかった。
「それじゃ、今回のことをみんなと話してくるね。」
だから私は、対話の終わりに、人類が持つ、最大の友好の言葉を伝えた。
「またね!」
エピソード22も投稿いたしました。
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