多角的
エピソード19
「さぁ、午後のトレーニングは、楽しい楽しいお絵描きの時間スよ。」
午前中のくしゃみに続き、私は訳の分からないことをさせられていた。
「まぁ、こっちはまだ分かりやすいけど。想像力を鍛えろってことでしょ。」
「ご名答!アンユッチも掴んできたスね。」
ということで、私は「美術室」にやって来ていた。
「にしても、この塔ってなんでもあるね。」
「そりゃあ、最初からこうなる様に想定して作ったスからね。」
「でた。あんたのその『何でも分かってる』って感じのやつ。」
「いや~、オイラも本当にこうなるんだなぁって感じスけどね?」
「なにそれ?」
などと、デッサンの用意をしていると。
「失礼します。少し、よろしいですか?」
と、マスターがウサギを呼びつけた。
聞き耳を立てるのもどうかと思い、私は「何を描こうか」と思案していると。
「いや~、残念ス。アンユッチにはこのプリチー&キュートなオイラを描いてもらいたかったんスけどねぇ。」
と言って、ウサギは退室していった。
「といわけで、この後の訓練は、私がお相手してもよろしいでしょうか?」
こうして、マスターが見てくれることになった。
「よろしくお願いします。」
「はい。訓練内容に関しては確認しておりますので。何を描かれますか?」
「あ~、ウサギとか分かりやすくてちょうどいいかと思ってたんですけど、今回は想像で描いても意味ないんですよね?」
「そうですね。イメージを、より正確に、具体的に扱う為の訓練となっていますので。見たものを再現するほうがよろしいかと。」
見てるかウサギ、マスターの説明はとても分かりやすいぞ。
「う~ん。そしたら、いきなり人物っていうのも難しそうですけど、マスターを被写体にしても良いですか?」
「もちろんですよ。」
と、マスターの肖像画を描くことになった。
「訓練の調子はいかがですか?」
「いやもう、大変ですよ。ていうか、あのウサギはいまいち説明が足りないというか、勿体つけるようなところがあるというか。」
「そうかもしれませんね。でも、彼にも考えがあってのことなんですよ。」
「えー。あいつにそんなのあるんですか~?」
デッサンの最中は、マスターと話をしていた。
「そういえば、司書さんと話しましたよ。ウサギのモノマネしてくれました。」
「ははっ。あの子は昔からウサギに懐いていましたからね。」
「そうなんですか?ちょっと意外です。」
今の落ち着いた雰囲気と、ウサギのウザガラミは相性が悪そうなのに。
という思いは内に秘めていた。
すると、マスターは少しだけ遠い目をした。
「あの子が生まれてすぐに、妻がなくなりましてね……。当時は、私も所長に就任したばかりで、構ってもやれなかったんです。」
「……。」
私は、なんと声を掛ければいいか、分からなかった。
それでも、マスターはそれも当然と言った調子で、話を続けてくれた。
「そんな中、ウサギの奔放さが、あの子の寂しさを埋めてくれていたんですよ。」
ふ~ん。ウサギも良いとこあんじゃん。
と、思わず感心してしまったところで、しまった。奴を調子に乗らせるわけにはいかない。と気づいた。そこで――。
べ、別にっ、アンタのこと見直したとかそういうんじゃないんだからねっ!
――と、古典的なツンデレを装うことで、事なきを得た。
それにしても意外だった。
いや、よくよく考えてみれば当然なのかもしれないが。
ウサギにも、私の知らない姿があるということを思い知った。
私は、何も知らないのかもしれない。
ううん。きっとそうじゃない。
午前中のトレーニングを思い出す。
私にも、知らないことがたくさんあるだけだ。
知らないことならば、知ればいい。知りようがないことでも、多角的に物事を捕らえることで想像できるかもしれない。
今こうして、マスターの肖像を描いている時でも、マスターにだって私の知らない顔がたくさんあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、筆を走らせていたら……。
「これが、私の姿ですか……?」
パブロ・ピカソも真っ青の絵が出来上がっていた。
「えーと。……アンユさんには、物事の本質を捕らえる力があるのかもしれませんね?」
という、マスターのフォローが胸に突き刺さった。
分かってはいたが、私に絵の才能は皆無なようだった。
そこにウサギが帰ってきた。
私は、絶対に馬鹿にされると思い、とっさに絵を隠した。しかし、ウサギはそれを意に介することも無く。
「アンユッチ、次の対話の準備ができたスよ。」
「彼」が、新しい実を付けたと告げた。
次のエピソード投稿いたしました。
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