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アンユの日記~Pollen・Allergy・Lover~  作者: 昼場まなと
第一話「アンユの日記」
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新しい趣味

エピソード1

 巴野アンユ

コロニージパング・第八地区所属

フィメール

出生22年目




 モニターに私のパスが表示され、移動手続きを進めていく。


「何回やっても、慣れないなぁ……。」


 ただ自宅から、職場へと向かうだけなのに、ご丁寧にもずいぶんな時間をかけて移動履歴やら体調管理やら、果てにはスリーサイズなんかの現在状況まで機械で計測されなければならない。


 私はこの待ち時間に、地球がたどった歴史に思いをはせては、我々人類の未来を憂いるのだ――。

――という現実逃避にはまっていた。


 かつて地球にはたくさんの大地があって、人々は天然の土の上で生活していたらしい。

しかしある時、世界中に未知の病原体が発生し、多くの生き物の命が奪われていったという。


 そこで人類は、種の存続のために、大地を捨てる決断をした。

南極と呼ばれる氷の塊が全て溶けるまで地球の気温を上昇させ、その全てを病原体ごと海の底へ沈めることで、事態は収束したらしい。


 そして、感染を免れたわずかな人々だけが、いま私たちが暮らしている海上コロニーへと移住し、人類の歴史をつなげることとなった。

……の、だとか。


 居住区となる第八地区で生まれて、ごくフツーの両親の元、ごくフツーに育ち、ありがたいことに大学にも通わせてもらえたが、大学出身者にとってはこれまたごくフツーとなるコロニーシステム管理の事務員として4月から働き始めて数週間。


 ただ毎日、朝起きて橋を2つ渡って、仕事して、また橋を2つ渡って家に帰り、寝て起きて。

その繰り返しの日々に早くも退屈し始めていた。




「えー、まずは第二インダストリーのコレクト率についてですが――。」


 入社したばかりの私には、理解できない専門用語が飛び交う会議に参加させられている。

もちろん勉強はしていかなきゃならないとは思っているが、今の私には、さも「参加しています!」という顔を作ることしかできないのが現状だ。


えーと、今のは産業地区の素材回収の話であってたかなぁ?だったらそう言ってくれたらいいのに。


 と思うが、仕事としての状況を的確に伝えるためにはそういう表現が必要なんだろう、ということも漠然と理解はしている。


でも、私が会議に参加されられている意味とは……?


 決して口には出せないけれど、勉強は勉強、会議は会議で分けてくれたらいいのになぁ。などという愚痴ばかりが沸き上がった。

学生時代、取り立てて得意と言えるものもなく、それでも勉強だけは人並みに真面目に取り組んできた私が、管理AIによる適正審査でこの職場についたのはきっとそういうことなんだろう。


「えー、続きまして本日、第三地区の降水リファレンスがアテンションとなりました。今後の状況にフィードしつつ担当者にステータスを――。」


あぁ、こんなことなら学生時代に趣味でもみつけておけばよかったなぁ。


 自分の心に浮かんだ言葉から溢れる、寂しさを無視しながら、私は会議の時間をやり過ごしていた。




 が、そんな私にも、新しい趣味ができた。

それは0区の居酒屋巡り!

というか社会人はだいたい「こうなる」らしいんだけど――。


 ジパングは九つの人工島で形成されている。

そして第一から第八の島々は、全て中央0区とのみ橋で接続されているのだ。

その為、各地区間の移動には必ずこの0区を経由して、移動手続きをしなければならないという仕組みになっている。

だから私も日々の出勤のためには、「第八から0区」と「0区から第一」という二つの橋を渡って移動することになっていた。


 が、しかし!

しかしながら、なんと!

ジパングではこの0区でのみ飲酒が認められている。


 だから仕事を終えた人は皆、帰る途中で必ず通ることになる、0区の飲み屋街で一杯ひっかけて、日々の鬱憤を清算して帰るようになるらしい。

ところが、みんな仕事のストレスを吐き出したいから、職場の人と同じ店には入りたがらない。

そうして誰もが一人で、いろんな居酒屋を渡り歩いていくようになって、そのうち自分だけの「お気に入り」を見つけることが社会人の第一歩。なんて言われているんだとか。


 ――そんな流れに漏れず、私も様々な店を渡り歩くようになったのだ。




「いやー、昨日のお店は美味しかったんだけどなぁ……。」


 移動管理センターの周りには、みんな立ち寄るだけあって、居酒屋も密集している。

しかしそういうお店は当然、上司や先輩も目にしているわけで。

前の日は、分からないなりに会議で発言した私を、オニ詰めしてきた先輩と出くわしてしまった。


いや、先輩だって私のことを思ってくれてはいるんだろうけどさ……。


 それでも一人の時間を作りたいと思ううちに、ひとりでに足は人気のない方へ、ない方へと進んでいった。


 そうこうしているうちに、私は0区の渕までやってきてしまった。

服屋や、雑貨屋なんかはちらほらあるけれど、どこも店じまいをしていて辺りは静まり返っている。

暗くなった街を歩き進めていくと、ふいに目の前には海が広がった。

淡く光る水面の先に、まだ照明を輝かせた島が浮かんでいる。


方角的に四区かな。……医療の人たちは大変だ。


 さらにその先、外海とジパングの海を分けた半透明のドームには、四区の光でも消えないほどに強く星とオーロラのビジョンが投影されている。

外の世界には何があるんだろう、なんて、ロマンチックな妄想をするほどには子供でも無いけれど。

きっとそんなものは自分には関係のないと割り切ることもできないくらい、この時の私は不安を感じていた。


「さすがに外縁まで来ると、居酒屋なんてないか。」


 そんな思いをかき消すように、わざとらしく口にして。

帰り道にある適当な店にでも入ろうと振り返った時。


「なに?おねぇさん、お酒探してる感じ?」


なんだこのクソチャラい生き物は。


 水色のウサギみたいな生物が、私に話しかけていた。


「うちの店、どうスか?」


 どうやら私は、キャッチに捕まったらしかった。

続きも投稿いたしました。

よろしくお願いいたします。

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