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ヒコーキ

エピソード18

 翌朝、私はなんだか久しぶりに、スッキリした気分で目が覚めた気がした。

すぐに、ベッドから下りて、両手を伸ばして大きく伸びをする。

途端に、部屋の扉が開く。


「おはよう、アンユッチ。今日はずいぶん早いお目覚めスね。」


 スッキリとした気分は一瞬で吹き飛んだ。


「なぜお前がここに居る?」

「起こしに来たスよ。」

「そうじゃなくて。鍵かけてたはずなんだけど。」

「あー、オイラは生体認証を通れるスからね。」


ざけんな、最悪じゃん。


「そんなことよりトレーニングっスよ。朝食を済ませたら、訓練室に来てもらうス。」


 心の中の悪態は華麗にスルーされたことで、無駄に凹んだが、そこであることに気が付いた。

そういえばウサギは端末を持っていなかったんだ。ということに。


「なんスか?その驚いたような顔は。」

「アンタってなんで端末持ってないの?」

「べつに必要ないスからね。あ、なんかオイラの悪口でも考えてたんスか?悪い人スね~。」


 と、ウサギはにやにやし始めた。


「ちぇ、せっかくコントロールできるようになったって自慢してやろうと思ったのに。」

「あ~それなら、そんな気がしてたんで、今日のトレーニングにもばっちり組み込んであるスよ。」

「え、なんで分かったの?」

「それは昨日、表示されたアンユッチの思考データを確認したからスね。途中、不自然に途切れることがちらほらあったんで。」

「観測室のデータってこと?」

「そ!一応それがオイラの仕事スから。」


ということは後でウサギも見るのか。や~いや~い、ボケウサギ~。


 と、未来のこいつに向かってメッセージを残しておくことで私は満足し、本日のトレーニングへの英気を養った。




「で……、これがそのトレーニングとなんの関係が?」


 食事を済ませ、トレーニングウェアに着替えた私の前には大量のティッシュ箱が用意されていた。


「これは、思考トレーニングの前の、ウォーミングアップみたいなもんス。」

「意味が分からん。」


 と、言い終わる間もなく、ウサギはティッシュを一枚手に取り、その端をねじねじとひねり始めた。


「まずはコレを使ってもらうス。」


人の話を聞け。いいか、未来のウサギ、人の、話を、聞け!


「だから、ちゃんと説明してよ。」

「コレを鼻に突っ込むとどうなるスか?」

「は?……くしゃみでもしろと?」

「そス。それで、今度はこっちを――。」


 と、ティッシュをもう一枚引き抜き、今度はテーブルに広げる。

そしてウサギは自分の鼻にこよりを差し込む。


「……ぶえっくしゅ!!」


 すると当然、机のティッシュはウサギのくしゃみで飛ばされた。


「ごんだぶうに、どおぐまで飛ばスのが、ざいじょのどれ~にんぐス。」

「まずは鼻を拭け。」


 こうして、私は意味の分からない行動をさせられるのだった。




 あれから、どれだけの時間がたったのだろうか……。

くしゃみというのは存外、体力を奪われるもので。

最初こそ「その調子スよ」とか、「今のは良い感じス!」などと檄を飛ばしていたウサギも、徐々に飛距離が伸びなくなってくると、語彙が減ってきていた。

しかも毎回、鼻の粘膜を刺激することで、中が段々と、ヒリヒリするようになってきたことで、イライラを募らせた私は。


「おいウサギ。」

「なんスか?」


 涅槃のような格好で寝そべるウサギの耳を鷲掴み。


「やっぱ納得できんっ!!これが思考のコントロールと関係があるって、いまいち納得できないんだけど!?」


 と、不満を爆発させた。

すると、ウサギは手足をぶらぶらとさせながら。


「アンユッチもキツいのは分かるスけど、これも大切な事なんスよ。ちょっと休憩しましょうか。」


と提案してきたので、下ろしてやることにした。


「で?」


 変わらず不機嫌な私は、最低限の言葉で説明を促した。


「今のアンユッチに必要なのは、『出来る』っていうイメージなんすよ。」


 ウサギの説明では、今の私は、無意識の内に、限界を想像してしまっているということだった。


「人のくしゃみ程度の風で、ティッシュが何キロメートルも遥か彼方まで飛ぶ、なんて考えられて無いスよね?」

「そりゃそうでしょ。」

「それが、アンユッチには出来るんだな~。それどころか、本当は自由に操ることすら出来ちゃうスよ。」


 ティッシュは木を原料として作られている。

そして、サクラはあらゆる植物と繋がっている。

だから、その能力を手にしようとしている私には、それを操る力が目覚めているはずだというのだ。


「要は、想像力の問題なんスよ。……そうスね~。」


 と、言いながらウサギはティッシュを数枚取って、紙飛行機のように折った。

それをテーブルの上に置くが、当然それでは強度が足りず、くたっとなってしまっていた。


「これなら、少しは飛ぶイメージがしやすいスか?」

「いや、さすがにそれじゃ――」

「待った!」


 ――飛ぶわけがないという、私の言葉をウサギは遮る。


「そこで、『出来る』ってイメージして欲しいス。」


 いつになく真剣な表情でウサギが続ける。


「午前中の訓練はこれで最後にしましょう。だから、この一回だけは、全身全霊をぶつけてみて欲しいス。」


 そう言われると、私も不完全に終わってしまうのは惜しい気がしてきた。

だから、イメージを集中させる。


この飛行機は、飛ぶ。紙ヒコーキどころか、本物の飛行機みたいに……。この部屋を突き破って、遠くの空まで……。


 そうして、意識を途切れさせない様に注意しながら、私は、鼻に、こよりを差し込む。

度重なる酷使によって、傷ついた粘膜が刺激を受ける。

私は、その刺激が痛みに変わらないよう、優しい手つきで上下する。

繊細な動きにより、刺激が、奇妙な快感へと変貌していくのを感じた。

その快感に連動するように、私の口はだらしなく開かれる。

快感は徐々に増していき、その快感が最高潮に達しようとする――。


 ――そして、その時はやってきた。


「へっくしっ!!」


 ティッシュは遥か彼方へと飛んでいく。

優に、20メートルはあろうかという、この広い訓練室を突き抜けるように。

そして、それが壁にぶつかりそうになった時、私はとっさに――。


「危ない!」


 ――と叫んだ。

すると、ヒコーキは呼応するように進路を変え、私に向かって再度、ふわりふわりと飛行を続けた。

私の鼻からは、絵にかいたように鼻水が垂れている。

それをねぎらうかの如く、ヒコーキは、私の手元にやってきた。


 だから私は、ヒコーキを優しく受け止めた。


「やっだ!!ウザギ~、わだじ、でぎだよ~。」

「まずは鼻を拭くスよ。」


 そうして私は、役目を果たしたそのティッシュで鼻をかんだ。

 エピソード19も投稿いたしました。

よろしくお願いいたします。

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