部外秘の情報
エピソード17
私は、コック長に教えてもらった、図書室へとやってきていた。
ここには、内部の記録以外にも、コロニー建設以前のあらゆる書物が収められているとのことだが。
その実態は、図書室というよりも、データ保管庫という方がふさわしい様子をしていた。
太古から残る書物も置かれているようだが、閲覧用というより、むしろ保存のために管理されているようだった。
しかし、それらの内容は全てデータに変換され、ブースに備え付けの専用端末を操作することで中身を確認できるようになっていた。
自由に使っていいものか、と手をこまねいていると。
「あら、アンユさん。何かお困りですか?」
落ち着いた容姿をした、司書さんが声をかけてくれた。
確かこの人は、祝賀会で声をかけてくれた、マスターのもう一人の娘さん――つまり観測係さんの妹――だったはずだ。
「あぁ、すみません。ちょっと調べたいことがあるんですけど、これ勝手に使っちゃっても良いんですか?」
「大丈夫ですよ。中には部外秘のデータも含まれているんですが、アンユさんには全て閲覧が許可されています。」
「え!?私って、そんな扱いなんですか?」
「はい。『アンユッチなら、どんな情報も正しく扱えるスから。』と、ウサギさんがおっしゃっていました。」
モノマネうまっ。
「ふふっ、私の特技です。小さい頃から、姉にも褒められました。」
「あはは、仲が良いんですね。」
「しばらくは、お互い仕事で忙しかったんですが、昨日の祝賀会で久々に話しました。アンユさんのおかげですよ。」
「いえいえ、私はなにも。」
私の知らないところで、色々な人が喜んでくれていることは、なんだかムズ痒かった。
その後、機械の操作法を教えてもらうと、司書さんは「ごゆっくり。」と言って、仕事に戻っていった。
私はさっそく、コロニー内部の記録にアクセスし、サクラを食べるきっかけを調べた。
記録によると、あの木が発見された当初は今とは違う花をつけていたということだった。
現在、外海を覆っている、人の慣れ果てた姿と同じように、薄く、小さな花びらをしていたという。
その頃の小さな花は、病の名と同じ「桜」と呼ばれていた。
しかし、研究の為、彼が付けた実を食べるという行為をし始めたころから、徐々にその花弁やおしべは大きくなっていき、食用にも適している姿へ変わっていったという。
そして、その変化した後の「サクラ」も調査した結果、栄養価が高く、ポーレンアレルギーの発現にも適していることが解ったという。
これじゃあ、まるで――。
と思いかけた時、先ほどの司書さんとの会話を思い出し。
思考の先に続く「――人に食べられる為に進化したようだ。」という思いを飲み込んだ。
「危ない危ない。こういうことも部外秘の情報かもしれない。」
と、口に出すことで気持ちを整理した。
案の定、司書さんの持つ端末が反応した様子はなく。
私は、これがマスターの言っていた「思考のコントロールに慣れてきた」ということなのだと実感を得た。
とはいえ、あまり不用意に情報を覗くのもはばかられた。
そこで、私は気分転換もかねて、コロニー建設以前の書物を読んでみることにした。
フィクションなど、想像上のものであれば、思わず思考が漏れてしまっても問題にはならないと踏んだからだ。
しばらくの間、太古の作品群を流し読みしていた。
元々、関心があったこともあり、「地上」で暮らす人々の生活や思いを鑑みるのは楽しかった。
そのなかでも特に興味を惹かれたのが、現在の人々では想像ができなくなってしまった「神話」の世界だった。
そういえば――。
「――ウサギも神の話してたな。」といった具合に、思考の練習をしながら、私は充実した時間を過ごした。
そして、夕飯の時間が差し迫ってきて、そろそろ切り上げようかという頃合いになって。
私は、あることをひらめいた。
我ながら、とても素敵なひらめきに、すぐにでも誰かに伝えたくなった。
でも、私はその想いを、敢えてグっとこらえて、秘密にしておくことにした。
このことを最初に伝えるのは、「その時」になってからにしたかったから。
エピソード18も投稿いたしました。
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