嫉妬するかも
エピソード16
昼食を終え、コック長さんと二人で、地下空間に降りた。
「いつもは往復してたんで、ありがたいです。」
ということで、二人して大きな籠を背負って。
なんだかピクニックみたいだ。
と、笑いながら彼の元へたどり着いた。
普段は籠を背負ったまま採取しているらしいが、今回は二人で手分けすることにした。
コック長が梯子を上り、上から花房を採って、地面へ落す、それを私が拾い集めて籠に入れていく。
「あのー、ちょっと気になったんですけどー。」
作業をしながら、下を向いた姿勢で声をかけた。
「どうしましたー?」
コック長も、花を採りながら返す。
「どうして、花の部分を食べようって思ったんですかー?」
すると、それまで一定の間隔で落ちてきていた、花の雨が止む。
「あー、言われてみれば不思議ですね。ボクが仕事に就いたころにはもう、こいつは食材として使われてたんですよー。」
ふたたび花が落ちてくるようになった。
「そっかー。……コック長も、やっぱり生まれてすぐに料理人になることが決まってたんですかー?」
「そうですよー。ここにいる人たちはみんなそうなんじゃないかなー。いわゆる英才教育っていうのを受けて育つんですよ。」
コック長は手の届く範囲の、めぼしい花房を採り終えたようで、梯子を下り始めていた。
「ほとんどの人は、両親のどちらかが付いていた役職を引き継ぐんです。」
同じ場所ばかりを採ってしまわないように、と、梯子を掛けなおして、もう一度コック長は上っていく。
「こんなこと言うと失礼かもしれないですけど、……それって、なんか、つまらなかったりしません?」
「そうですねー。ボクも小さいころそんな風に考えた時期もあったけど、今となっては楽で良かったなーって思いますよ。」
「楽……ですか?」
「そう思いません?自分で何をするか決めなきゃいけないのって、ちょっと怖いじゃないですか。」
言われて、私は自分が管理センターに就職した時のことを思い出した。
あの時、私は、何も考えることなく、適正があると言われるがまま、自分の道を決めた。
だって、他にできそうなことも、やりたいと思うようなことも特になかったから。
という後付けの理由はいくらでも思いつくが。
思えば、私も、自分で決めるのが怖かっただけだったのかもしれない。
「そうかも、しれませんね。」
コック長には、聞こえない程度の声でつぶやいていた。
もしかしたら届いていたのかもしれないけれど――、わずかばかりの沈黙があたりを包んだ。
あるいは、私の気持ちを察してか、コック長が声を発した。
「あぁ、そういえば。図書室に行けばわかるかもしれませんよー?」
一瞬、何の話か分からず、顔を上げ、コック長を見た。
「どうして、これを食べ始めたのか。あそこなら、この内部で起こったことの記録が全部、貯蔵されてるはずだから。」
「あぁ。それじゃあ後で調べてみますー。」
言いながら、一つ気が付いたことがあった。
「ところで……、この子の果実って、まだどこにも付いてないですよねー?」
聞いていた話では、一つの実が採取されると、すぐに新しい実が生えるはずだったが。
「そうですねー。……これは、ボクの持論なんですけど――。」
コック長は、ふたたび梯子を降りながら。
「――コイツには明確な目的があってここにいるんじゃないかな?って思うんです。」
「目的……?」
「そう。それで、コイツも昨日のアンユさんとの対話で思うところができたんじゃないかな。だから、今はきっと、次の言葉を組み立ててる最中なんですよ。」
なるほど……、確かに口下手って感じだったもんな。
「また、うまく話せそうだと思ったら、実を付けてくれるんじゃないですかね。」
「そうですね。」
「さぁ、あとは落した花を集めるだけですから、良かったらアンユさんは図書室に向かっちゃってください。」
「良いんですか?」
「そっちの籠はエレベーターの前に置いといてくれたら良いですから。それに――。」
コック長は、彼を見上げると。
「――あんまり、ここでアンユさんと話してたら、コイツも嫉妬するかもしれませんしね。」
と、笑った。
私もつられて笑顔になる。
「思ったんですけど、タワーの皆さんって、なんだかんだ彼のこと好きだったりしません?」
「もちろん好きですよ。何より、こいつは最高の料理になりますしね。」
そういって、コック長は作業に戻った。
エレベーターに戻る途中、いっぱいになった籠からは、花の優しい香りが漂ってきていた。
はやく、あの子の名前を考えなきゃ。
私はちょっとだけ、次の対話が楽しみになった。
続くエピソード17も投稿いたしました。
よろしくお願いいたします。