無意識の意識化
エピソード11
「あ~、あ~、あ~、あ~、あ~。」
歓迎会の翌日、私はボイストレーニングをさせられていた。
今朝、用意された自室で目が覚めると、朝食をカートに乗せたマスターがやってきた。
「アンユさん。おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます~。それはもうぐっすり。」
眠い目を擦りながら、答えた。
「朝食がお済になりましたら、こちらのウェアに着替えて、トレーニングルームまでお越しください。」
執事のいる生活ってこういう感じなんだろうか?
こうして、私の任務初日は優雅な幕開けとなった。
そんなひと時もあっという間、まだトレーニングを始めたばかりだというのに、私は全身グショグショになりながら挑んでいた。
「はい、もう一回。もっと腹式を意識して!」
「はひ~。」
腹式呼吸というのは、案外、体力を使うもので。普段から運動不足気味の私は、トレーナーさんの厳しい指導に早くも音を上げそうになっていた。
「ア~、ア~、ア~、ア~、ア~。」
なんでも、腹式呼吸というのは免疫機能を発揮させやすくするとか。
そして、ゆくゆくは目覚めるであろう、サクラの能力を操るために、私は特殊な呼吸法を習得しなければならないらしかった。
「お、アンユッチやってるスね~。」
ウサギは、今しがた目覚めたことをわざわざアピールするかのように、大きくあくびをしながらやってきた。
重役出勤もいいとこですわねっ!
心の中で悪態をつくも、午前のトレーニングを終え、へとへとになってしまった私は、ただただ睨むことしかできなかった。
「当面の予定を伝えに来たんで、コレを飲みながらでも聞いて欲しいス。」
渡されたお水が全身にいきわたる感覚に、軽く感動を覚えながら、私たちは休憩室へ向かった。
「まず一つ目が、今やってもらったボイトレを始めとした能力強化スね。」
私の中にある、力の吸収能力を使いこなせるようになること。
「これを使いこなす為には、これまでアンユッチが『無意識』に行っていた、免疫機能を意識化することが一歩目ス。」
「意識化……。」
「例えば、今そうしてアンユッチは水を飲んだスけど、それはアンユッチが何も考えずとも、胃や腸を通って吸収されまスよね?それを自らの意志で行うような感じス。」
「なる、ほど?」
「まぁ、難しく考えなくとも、アンユッチはすでにそのきっかけを掴んでるはずス。今も、なにか感じなかったスか?」
「あぁ……。」
体にしみこんでいくような――。
「今は、その感覚を大切にするだけで十分ス。そうして無意識の意識化を続けていくことで、段々と力の使い方が分かってくるはずス。」
ウサギは続ける。
「そして二つ目にやってもらうのが、サクラを操る力の強化ス。」
「サクラを操る?力だけじゃなく、花そのものをってこと?」
「そ!これまでにも、少しづつサクラを取り込んで、アンユッチの中にサクラの力が蓄積されてってるス。」
「あぁ、そのために『おひたし』を食べさせられてたんだよね。」
「これも無意識の意識化なんスけど、その力を応用することで、アンユッチはこの世界にある、すべてのサクラの長として、意のままにあやつれるようになるんスよ。」
「私が、サクラの女王になるんだ……。」
「ははっ、アンユッチには『女王』っていうの似合わないスね。」
自覚はあるけど、馬鹿にすんな。
「そして、最後にやってもらうことになるのが――。」
「――彼との対話。ですね。」
声の方を向くと、マスターが昼食を運んでくれていた。
「マスター!わざわざすみません!」
「良いんですよ。私の任務は計画の実行ですから、アンユさんにお仕えするのが今の私の仕事みたいなものなんです。」
マスターはそう言ってくれたけど、私も手伝いながら、昼食をテーブルに広げた。
マスターが運んでくれた食事は3人分きっちりと揃っていた。
「あれ、ウサギがここにいるっていうのも知ってたんですか?」
聞いた後、マスターはしまったというような顔をして、申し訳なさそうに言った。
「実は、アンユさんに伝え忘れていたことがございまして……。」
何だろう?そんなにおおごとだったのかな?
言葉を待つと、マスターは端末を確認して。
「おおごとと言えば、おおごとと言いますか……。」
ん?今なんか、違和感が……。
「その、アンユさんの内面に関わるものでして。」
あれ?……まさ、か?
「その『まさか』でございます。」
「……。えっと、マスター、その端末に映ってるの、って?」
マスターは画面を私に向けた。
「アンユさんの思考は、このように言語化されて、我々に伝わるようになっていたんです。」
は、は、恥ずかしいぃいいいい~~~!!!!
そこには、「は」と「い」の数まで正確に、私の心が映し出されていた。
エピソード12も投稿いたしました。
事前の予告と変更して、毎日投稿にさせていただいております。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。