私らしく
エピソード10
「たくさんのことを知って、お疲れでしょう。具体的な内容は明日からにして、今日はお休みください。」
そう言われて私は、仕事に戻るというマスターとは別れて、施設内にある休憩所へやってきた。
「……アンタは仕事しなくていいわけ?」
そしてそこには、まるで先回りでもするように、ウサギがくつろいでいたのだった。
「アンユッチをあの居酒屋に案内したことで、オイラの仕事は終わったようなもんスから。」
こいつの一人称「オイラ」なんだ……。
「ところで、これから私はこの塔で生活するようにって言われたんだけど、外の人たちにはどう説明してあるの?」
「彼らの役割も、アンユッチが対話を終えるまでの残り僅かになったスから、これまで通り、何も知らず、それでも幸せに生活できるようと思って。適当に、うまくごまかしたスよ。」
私の両親は、どう思うんだろう?
「なぁに、アンユッチが力をものにすれば、全て解決しまスから。その暁にはご挨拶に行きましょう。」
あらゆることが、私次第であると暗に言われたような気がしたが。
「大丈夫スよ。アンユッチは、アンユッチらしくしていれば、上手くいきますから。ネっ?」
私はなぜか、こんなウサギの楽観的なところに、きっとこれからも支えられるんだろうという予感がしていた。
「さぁ!今日のところは盛大に飲み食いして、明日からの英気を養うスよ。」
夜も迫り、食堂に案内されると、そこでは私の歓迎会が、ささやかながらも開かれるということになった。
「どうです?ボクの料理は気に入ってもらえました?」
コック長は、本来、外との接触を隔絶されている、ここでの食事を一手に担っているようで。
この日もたくさんの料理を作っては私のところに運んできてくれていた。
「はい!マスターの料理も良かったけど、それと同じくらい美味しいです!!」
「あははっ!あれもボクが作ってたんですよ。」
「えぇっ!そうなんですか!?」
「私は『計画実行』一筋で生きてきましたからね。料理なんて高等技術は、とてもとても。」
そう言ってマスターは恥ずかしそうにしていた。
「でも、それならお店でも、直接感想を伝えたかったのに。」
「ありがとうございます。ですが、そこはウサギさんの計画でしたので。」
「え?……アンタ、何したの?」
ウサギは、並んだ料理を手あたり次第口に入れては、頬を膨らませて咀嚼していた。
せっかくの料理なんだから、もう少し味わいなよ……。
「ん~。簡単に言うと、その方がアンユッチの好みだったって事スよ。」
「なんでそんなこと分かるのよ?」
「それはまぁ、色々ス。例えば移動管理のデータをコック長に送って、あの日の体調に合わせて味付けを変えてもらったり。」
あのめんどくさい手続きも、全部こいつの計画だったんだ……。
「長い時間をかけて、我々がコロニーで行ってきた事全て、アンユさんと彼が対話をする為に仕組まれたことだったんですよ。」
「そう、なんですか……。」
聞きながら、私はマスターの言葉に、ひとつ気にかかっていたことを思い出した。
「ところで、どうしてマスターはあの木のことを『彼』って呼ぶんです?」
「あぁ、それでしたら――。」
マスターが言いかけたところで。
「さあ、本日もこいつのお時間ですよ!」
威勢のいい声とともに、コック長は、見覚えのある小鉢を持ってきた。
「わぁ!『花のおひたし』だぁ!私これホント好きなんですよ!!」
「これからもお作りしますから、たくさん食べてくださいね。」
まぁ、今後もマスターと長い付き合いになるんだろうし、いつでも聞けるか。
「こいつにはビールが欠かせないスよ!オイラ、みんなの分も持って来るスから。」
そう言い終わるが早いか、ウサギは瞬く間に人数分のグラスを用意する。
コイツこの作業だけ異様に手際良いよね。
「さぁ皆さん!アンユッチの計画成功を願って、かんぱ~い!!」
こうして、私の新しい生活が始まりを告げた。
「アンユッチの限界酒量も分かってまスし!今日は、ぎりぎりまで飲んでもらうスよー!!」
なんだかんだ、楽しく過ごせそうで良かった。
任務の重大さに不安もあったが、それでも私は、「私らしく」世界を救おうと思っていた。
続きのエピソード11も投稿いたしました。
また、最終話までの執筆を終えたため、毎日投稿させていただいております。
事前予告の変更となってしまい、申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。