Pollen・Allergy
エピソード9
扉の先には、巨大な空間が広がっていた。
足元には土が広がっていて、私はそれがすぐに、この「地球」が持つ本来の大地であることを直感した。
道を示すようにわずかばかりの照明が植え付けられていたが、上を見てもこの空間の天井は見えず、どこまでも闇が広がっているようだった。
「どうぞ、お足元に気を付けてください。」
地上の整備された自然とは違う、野生の大地に苦戦しながらも、私は暗闇の中、マスターについていった。
「こちらが『桜』です。」
私は足元から目を離し、それを見た。
それは、一般的な家屋すら超えるであろう、とても、とても大きな、一本の木だった。
大人が十人、いや、もっとたくさんの人が、両手を広げても抱え込むことができないほど太い幹をして。
一本一本が私の体以上に太くどっしりとした根が伸びていて、それらが幾方に広がり、その巨体を支えていた。
上を見ると、そこには一面の、サクラの花。
一つ一つが私の手のひらほどの大きさはあるようにも思えるが、あまりに高いところにあるため、正確に目測することができないほどに感じられた。
それらが何重にもなって、威圧感すら感じるほどに咲き誇っていた。
「これが……、人を植物に変える木。」
あれ?それってまずいんじゃ?
「ご安心ください。この木は、生殖能力を失っています。」
「こんなに、花が咲いているのに?」
「はい。この木は、その役目を、生殖から次の段階へと移行していると考えています。」
「次の段階?」
「あちらをご覧ください。」
マスターの指す方を見ると、そこには、両手ほどもありそうな、大きな木の実がぽつんと生っていた。
林檎とも、桃とも違う。
赤く、丸々とした実は、暗闇の中、まるで自ら発光しているかのように輝いて見えた。
「アンユさん。あなたの当面の目的は、あの『果実』と対話していただくことになります。」
「えっ?」
果実と、対話……?
「そんなこと言われても、どうしたらいいか。」
「大丈夫です、それこそがあなたに目覚めた能力なのですから。」
「私の能力、ですか?」
「えぇ。あなたは、『ポーレン・アレルギー』なんです。」
Pollen・Allergy。
それは通常、人類が持ち合わせるはずのない「植物に対する免疫作用」のことだという。
「あなたが、昨日、私の店で気を失ったのもそのためです。」
私は「二度」、サクラの花を口にした。
そのことでショック反応を引き起こし、結果として、潜在的に持っていた能力を顕現させたと。
「『免疫』とは謂わば、体内に取り入れたものを、理解・分析し、その対抗手段を身に着ける方法のこと。」
本来、そうして原因物質を排出する行動を引き起こすことになるが。
「我々『管理者』は、その免疫機能を進化させ、理解・分析した対象を取り込み、その対象の力を吸収する能力へと偏移させたのです。」
私は、夕べ見た夢を思い出した。
私の口から広がる、無数のサクラが空を舞う景色。
「今のアンユさんは、まだ、『桜』に関する知識が足りません。しかし、彼らを取り込み、何度も理解を重ねることで、いつかその、他者を変異させる能力を身に着けることができるはずです。」
それが、私とサクラの対話。
「あなたにしかできない、人類の希望の光なのです。」
それが、私の、生まれた意味。
エピソード10も投稿いたしました。
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