朝食─Breakfast─
──るがいい、来るがいい
これは夢だ、すぐに理解できた。
なぜすぐに理解できたのかはわからない、
しかしこれは夢だと確信した。
──来るがいい、来るがいい
──お前が最も欲しているものが手に入るぞ
──来るがいい、来るがいい
──誰一人としてお前を見下せなくなるだろう
似たような夢を最近よく見るようになった、
そして、夢の中で聞こえてくる声は日に日に
はっきりと、大きくなってきている。
──来るがいい、来るがいい
──お前に力を授けよう
──来るがいい、来るがいい
──この手を取ればその力はお前の物だ
やめてくれ、もうやめてくれ。
その手を取るつもりはない、力は自分で身につける。
だからもう、語り掛けてくるのはやめてくれ。
──来るがいい、来るがいい……
声の主の手だけが見えた。
獲物を探すような動きをしていた手が、
その動きを止めたかと思った刹那。
──その手が自分の腕に噛みつくようにガシリと掴んできた。
次の瞬間、布団を跳ね飛ばして身を起こす。
ようやく目を覚ますことができた、あの夢は一体何なのだろうか。
ただ一つ言えることがあるとしたらあの手を取ってしまったら
自分は自分でなくなってしまうという確信があった。
「ハァ……ハァ……いったい何なんじゃ……」
爺は汗だくの体を無理やり起こして
着替えようと服を脱ぐ。
──そして左腕を見て戦慄する。
腕には何者かに掴まれたような痣が
くっきりと浮かんでいた。
……気持ちよく眠っていたサムは、
目に光が差し込んできているのを感じて重い瞼を開けた。
窓にはブラインドが下がっており、
その隙間から光が差し込んでいる。
気のせいだろうか、小鳥の鳴き声すらも聞こえてくる。
と言っても壁を越えようとしたらループするような不思議な空間だ、
今更姿も見えない小鳥がいたとしても気にならなかった。
「ふぁー……お、ああ……よく寝たぜ。
ここまでよく寝たのは久々だなっ……」
身を起こして体をストレッチさせると、
コキコキと小気味いい音を立てて体が楽になった。
生きている間には感じたことのないすっきりとした感覚に
死んでからようやくリフレッシュできたとは皮肉なもんだ、と
自嘲的な笑みを浮かべた。
「さて、と……腹が減ってきたな。
朝食にはベーコンに目玉焼きがあれば
最高なんだがな。そこに焼きたてのパンケーキもあればご機嫌になれる」
誰に言って聞かせるつもりでもないが、
昨日はただ呟いただけで食べたかったスパイシーツナロールが出てきた。
なら、もしかしたらこうして口にしていればGか誰かが聞いていて
用意してくれるかもしれない。
少しばかり都合のいい話かもしれないが、前例があるのだから仕方ない。
「誰が聞いてるのかは知らねぇが、
なんにしろ俺からしたらありがてぇ限りだ……
ギークのリクエストも聞いてやってくれよ?」
部屋から出て昨日食事をした部屋にやってくると、
そこには朝の優雅なひと時を過ごしているギークの姿があった。
「おはようさん、よく眠れたか?」
「あ、サム、おはよう……!
人生で一番最高の朝を迎えられたよ……!」
「オイオイ、俺たちは死んでんだろ?」
サムがギークのジョークに笑っていると、
Gがトレイを手にして部屋に入ってきた。
「おはようさん、ミスターG」
「ほっほっほ、おはようさむ君。
よく眠れたかね?」
「ああ、一週間徹夜で仕事し続けた後に丸一日眠ったみたいに最高だ!
……そいつは朝食かい?」
トレイに乗っていたのは皿に盛られたパンケーキと
目玉焼き、ベーコンの山にソーセージと
まさに願っていた通りの朝食が用意されていた。
サムは途端に腹が減り、パンケーキに黄身をつけて
口の中にねじ込みたい衝動に駆られた。
「そうじゃよ。日本では〝もうにんぐ〟とも呼ばれておるのぅ。
ほっほっほ、朝食に食べるから朝とはおぬしらからしたら
安直かもしれんのぅ」
「そ、そうでもないよ……
こっちでも朝ごはんのことをモーニングメニューって
呼んだりするから、ちゃんと通じるよ……!」
「ああ、美味い朝食を口に出来たら
その日1日ハッピーに過ごせるからな!」
サムは椅子に座りながら舌なめずりをして、Gから皿を受け取る。
ギークもそれに倣い、Gも椅子に座ると3人で食事を始めた。
パンケーキをナイフで切って目玉焼きの黄身につけて口に運ぶ、
濃厚な黄身の旨味とパンケーキのほのかな甘さが絶妙なハーモニーを奏でる。
生きている時からこの食べ合わせは好きだったが、
ここまで黄身の旨味が濃い卵にはなかなか出会ったことがない。
「ん、この卵は美味いな……!
こんなに濃い卵はなかなか食べたことがない」
「うん……!卵の美味しさがすっごいよこれ……!
それにベーコン食べたサム……?脂が甘くて塩加減も抜群……!」
「おいおい、まだ食ってないんだ。
美味いのはわかるがネタバレしすぎるのは勘弁してくれよ?」
「ほっほっほ、そこまで喜んでもらえると嬉しいのぅ。
よければお代わりもできる、モリモリ食べなさい」
「おっ、ありがてぇ!」
サムが肉厚のベーコンを口にしてみると、
なるほどギークが言うように甘い脂と塩味が抜群で美味い。
ではこっちはどうだとソーセージを齧ってみればパリッと良い音が聞こえ
中からジューシーな肉汁が溢れてくる。
「僕、ソーセージお代わりしてもいいかな……?
あとパンケーキも」
「俺はベーコンとパンケーキが欲しいな!」
「ほっほっほ、では待っていなさい。
すぐに持ってくるでな」
何を食べても全て美味い、こんな最高な朝食を食べたのは
本当に久しぶりだった。
食事を終えた後にはコーヒーまで出してもらい、
まさに至れり尽くせりの朝だった。
「あー、食った食った。
こんな最高の朝を迎えられたのは久々だ、
ギーク、お前はこんないい朝が来るだなんて思ってたか?」
「正直……こんないい朝が来るだなんて思ってもなかったな……!
ママの手料理も好きだけど、ここの食事も最高……!」
ギークは笑顔で言い切った、しかし次の瞬間にはその顔に影が差し
「ママ……」とだけ呟いて黙ってしまった。
「ギーク……」
「何か、あったんじゃな……ここに居るのは3人だけじゃ。
もしも泣きたいというのなら、遠慮せず泣いて構わん。
それを嗤うような人はここにはおらんよ」
サムはギークが泣き出したとしても仕方がないと思った。
それだけ起きた事態は大きかったし──
おそらく世界中の人が、同じ状態になっただろう。
「っ……大丈夫だよ、ママは間違いなく天国に行けてる。
僕がここでめそめそ泣いてたら、それこそママが悲しむよ……」
「……強い子じゃな、じゃが泣きたくなったらいつでも言いなさい」
「うん……ありがとう……その代わりと言ったらなんだけど……
僕の話を聞いてもらえるかな……?」
Gは言葉では答えなかったが、
静かに椅子に座り直し、聞く体制を取ってギークを促した。
「ぐすっ……ありがとう……
なんで僕らが死んじゃったのかを聞いてほしくてさ。
……本当に突然の出来事だったんだ」
サムもまた何も言わないながらも、ギークの声に耳を傾ける。
あの時、自分も何もできないままに死んだ。
家族が天国に行けているようにと、今更ながらに祈る。
「いつもと同じ日のはずだった……
憂鬱な1日が始まって、ママのご飯を食べて、
チャット仲間とワイワイ馬鹿話をして……
また次の朝がやってくるはずだったんだ……
でもその日は違った……」
ギークはやや涙目になった目をGに向けた。
その目には悲しみと、やり場のない怒りが湛えられていた。
「信じられないかも知れないけど……月がね……
地球に向かって、小さな月が降ってきたんだ……」




