寝室─Bedroom─
ふと外の様子が気になり目をやると、
まるで日が暮れたように景色が群青色に染まっている。
Gの話ではここはあの世とこの世の境目──三途の川がないのは不思議ではあるが──
そんな場所だということだったが、
日が暮れるなんて言うことがあるのだろうか。
「なぁ、外の様子がまるで夜が来たみたいなんだが……
ここには夜が来るのか?」
「ん?おお、ここは昼と夜が来るんじゃよ。
おぬしらの思う天国では、確か夜は来ないんじゃったな。
まあここに居る間は今まで通りの生活を
しておけば問題はないじゃろう。
腹も減るし眠くもなるからのぅ、暗くならなくては
眠りにくいという帝釈天様の心配りじゃろうて」
「そ、そうか……死んだっていう感覚がすごく薄い理由が今わかったよ。
生きてる時と感覚が全く同じなんだ……さっきもお腹が空いてたから
死んでる感じが全くしなかったんだ……」
そういわれてみれば、とサムは自分の手を見て握ったり開いたりした。
透けてるわけでもない、実体が確かにある。
──思い返せばここで初めて目を覚ました時には痛みだって感じた、
なるほど、生きている時の感覚と全く同じだった。
「そうなると、寝る前あたりにまたお腹が空きそうだよね……
美味しいツナロールをもらったから、もしよければ
カリフォルニアピザなんか食べられたら最高だなぁ……」
「ほっほっほ、若いのぅ。ワシのような歳になってしまうと
もう夜食など食べる気も起きなくてのぅ」
そして同時に、いや、今になってようやくサムは気が付いた。
「ほっほっほ、さむ君は何か食べたいものはあるのかのぅ?
出来る限り準備してみよう──」
「なんでだ、ミスターG」
真剣な表情で問いかけることでGも察してくれたのだろう、
その顔に静かな笑みを湛えてサムの言葉を待ってくれている。
「なぁ、なんでアンタは俺たちのことを全く詮索しねぇんだ?
俺たちは突然ここにやってきて、アンタに手間だって掛けさせてる。
なのに俺たちのことを何にも聞きやしない、
俺だったら根掘り葉掘りありったけのことを聞きまくってたろうさ。
……教えてくれ、なんで俺たちのことを〝聞かないでいてくれる〟?」
そのことにギークは気付いていたのだろうか、
サムの言葉に何も答えない。
ただサムと同じようにGの答えを待っている。
「……ふむぅ、そうじゃな。
しかしそこまで深い理由などないんじゃがのぅ。
ここに来た者たちは多かれ少なかれ事情を持っていての、
それを嗅ぎ回りでもすると信頼関係は絶対に築けん。
じゃからワシはここに来た者たちが自分から言おうと思うか、
聞いてほしいと思うまでは何も聞かんことにしておるのじゃ」
「……そうか」
サムは心理学者ではないし、精神の専門家でもない。
だが人は嘘を吐くときは何かしらの癖や独特の挙動があるらしい。
特にものをいうのは目だという、嘘を吐くときには
瞳孔が開き目が黒く見えるようになると聞いたことがある。
──Gの目にそんな兆候は全くなく、今まで会話していた時のように
澄んだ瞳のままだった。
「……アンタはいつもそんな目をしている、
俺たちに話す時にはいつもそうだった。
一切の濁りがない澄んだ目をしている」
Gはサムの返答にただ笑顔で返し、何も語らない。
だがサムは、その笑顔の答えだけで十分だった。
「疑って悪かったな。俺はこれから一切アンタを疑わない」
「……良いのかのぅ?もしかしたらこれからも
さむ君に都合の悪いことを話すかもしれんぞ?」
「だとしてもそれは真実だと信じるよ」
Gは「そうか」とだけ頷くと、いつもの笑顔に戻った。
いつの間にか顔が強ばっていたのか頬に緊張感を感じたサムは、
顔面の筋肉をほぐそうと顔を両手でマッサージする。
そしてこれだけは言っておこうとギークに顔を向けた。
「ああギーク、お前は右に倣えなんてなるなよ。
信じる信じないは人それぞれだからな」
「あははは……僕は特に疑ってなかったから……
ギークって呼べなんて言っておいて、正直そこまで頭がいいとは
思ってないし……」
ギークが苦笑いを浮かべながら答えると、
Gは「そんなことはないがのぅ」とそれを否定した。
「さむ君が悪い人間ではないとぎいく君は
ちゃんと気付いておったし、人を見る目は確かじゃよ。
ぎいく君は少々自分を卑下しすぎじゃのぅ、
おぬしも帝釈天様に認められてここにおるんじゃろうから、
自信を持っていいんじゃよ」
「マジかよ、俺のこと信じてくれてたのか?
その割にはポリコレ野郎とか言ってくれてた気がするんだけどなぁ?」
「うぅっ、聞こえてたんだ……そ、その時は本当にごめん……
ポリコレの人達にはあまりいい思い出が無くて……」
サムはその様子を見てひらめいた。
「いいぜ、許してやるよ。
その代わりにだな……」
「そ、その代わり……?」
「夜食にピザが出たら俺に2切れくれよ、
それでチャラにしてやる」
「そ、それでいいの……?
よかったぁ……」
「ほっほっほ、では夜食はピザで決まりかのぅ」
3人で笑いあいながら、不思議な空間の夜は更けていく。
その後約束通りに出てきた夜食のピザを3人で頬張りながら
Gは寝る場所について説明してくれた。
「さて、ここには一応ながらもベッドがある。
ワシは布団で寝るが、2人は洋室の方がいいじゃろう。
それでは案内しようかの」
「マジか、ベッドあるのかよ……!
今日はとことんまでくたびれたからな、
ホテル並みにスプリング効いた奴とまではいかなくてもいい、
寝心地良いやつなら最高だな!!」
「ふぁぁ……確かに眠くなってきたしねぇ……
ふかふかのベッドで眠れたら最高だよ……」
今日だけで色々あって疲れた体を引きずりながら寝室へ案内してもらうと、
そこにあったのはセミダブルだろうか、シングルベッドよりも
明らかに大きなベッドがあった。
「このサイズのベッドしか用意出来んかったが、
これでよければ一室ずつあるからの。
ゆっくり休んでいきなさい」
「マジかよ……!!俺んちのベッドよりでけぇ!!」
「そ、それに……うわ、あぁ……フカフカだぁ……!」
ギークは限界に達したのかベッドにそのまま横になり、
そのまま目を瞑ってしまった。
「いろいろ限界だったんだな、こいつも。
俺も無理させちまったからなぁ……」
「ほっほっほ、それを自覚できただけでも
素晴らしい成長が出来ておるんじゃよ。
死ぬことはすなわち成長を止めることではない、
そこからは魂が成長していくんじゃよ」
魂の成長。死んでからはイエス様のもとに旅立って
安らかに過ごすものだと思っていたが、
まさか想像だにしなかった場所に来て
さらに成長することになるとは思いもしなかった。
だが、もしここでも成長できたのならば。
天国にいる家族にも胸を張って会いに行けるのかもしれない。
とりあえず今は疲れた体をベッドに投げ出すと、
Gへ笑顔を向けた。
「……ありがとうな、ミスターG。
また明日な、おやすみ」
「ほっほっほ、おやすみなさいさむ君。
また明日」
扉が閉められ薄暗くなると、一気に眠気が襲ってくる。
それにしてもミスターG、不思議な老人である。
彼の言葉には不思議な力がある、
ポリティカル・コネクトレスの自分を説得できた人を
サムは他に知らない。
しかし彼の言うことは信じてもいいと、初めて心から思えた。
瞼が重くなる。
サムは朧気に明日は何が起こるのだろうと思いをはせながら、
そのまま眠りについた。




