壁越え─Overcome─
門を睨みつけながら、サムは舌打ちをした。
なぜこの門は鍵のひとつも掛かっていないにも拘らず
全く動く気配がないのか。
「チッ、何で開かねぇんだよ……
お陰で無駄な労力払う羽目に
なっちまったじゃねぇか……!!」
「ぼ、僕に当たられてもさ……
さっきGからお腹が空くだろうからって
食事に誘われたんだよ……
事実お腹は空いてきてるし、一辺戻らない……?」
「今更どんな面下げて戻れってんだ?
それに飯だって?
俺は今はスパイシーツナロールの気分なんだ、
どうせジャパニーズの飯なんだろう?
生の魚とか出してくるぞ」
「あっ、そっか……
普通にバーガーとか想像してたけど、
Gってジャパニーズだってさっき言ってたよね……」
食の問題に突き当たり気分が落ち込んできたらしい
ギークの様子に、気付かせない方が良かったかもしれないなと
サムは頬を掻いた。
「まぁ、なんだ……あれだよ。
ちょっとした奇跡ぐらいは起きるかもしれねぇだろ。
俺たちは死んだはずなのに今みたいに呼吸して、
地面を踏みしめてるみたいによ」
「……そうかな……うん、そうかも。
もしかしたらアボカドロールくらいなら
出てくるかもしれないかもね……」
二へッと笑うギークを見て、
サムはどこかホッとした感情が湧いた。
──そして今しがたの自分の発言、
〝地面を踏みしめる〟という言葉にピンときた。
「そうだ……そうだぜ!!
門から出ようとすることにこだわりすぎてたんだ俺は!!」
「へっ……?」
呆気にとられた様子でこちらを見るギークの肩に
手を置き、サムは興奮を抑えきれない声で言った。
「何も必ず門から出ることはねぇ!!
ここに2人居るならあの壁だって
お前の肩でも借りれば越えられるはずだ!!」
「か、壁越えって……」
ギークが門の周りに張り巡らされている
白い壁に目をやり、再びこちらを見る。
「……あの壁を越えようってこと?
た、確かに2人がかりなら越えられるかもだけど──」
「そうだろ!?
早速だ、肩貸せギーク!
Gのとこに戻るくらいなら俺はここを出るぜっ!!」
「えぇー……?
僕お腹空いてるんだけど……」
「ここを出たなら何でも好きなモン食えるだろうが!!
後でタコスでもインポッシブルバーガーでも奢ってやるからよ!!」
なおも渋るギークを何とか口説き落として
壁際に寄ってもらうと、
サムはその肩に足をかけて一気に壁を上り
上部に手をかけた。
「痛っ……!」
「悪いっ!!
ちょっと待ってろ、今外の様子を──」
サムが体を持ち上げて壁の向こう側に身を乗り出すと──
そこには白い砂利と苔むした岩、
そして痛がるギーク痛がるギークの姿が見えた。
『……は?』
サムとギークの声が重なる。
サムは頭がどうにかなってしまったのかと混乱し、
──ギークもまた同じ状況であった。
「なんだこれ、一体どうなって……」
「えっ……?……えっ?
サム、なんで君の──」
ギークは指を震わせながらサムの右隣を指し示す。
「……君の下半身の隣に、上半身があるの……?」
「お前、何言って……」
サムが寒気を覚えながら右隣に目を向けると、
そこにはどこか見慣れた人の下半身が、
壁の上部で半分に──
真っ二つになった状態でそこにあった。
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!??』
驚きのあまりにサムが後ずさると、
体が落下する感覚と共に白い壁の上部が遠ざかっていく。
ドサリ、と鈍い音と共に砂利の上にしこたま尻もちをつき、
尻をさすりながらサムは白い壁を見上げた。
そこには人の下半身などあるはずもなく、
ただ見たままの白い壁が存在していた。
「な……何だったんだ今のは……?」
「あ、あれだよ……お腹が空きすぎて
幻覚を見てるんだよ僕たち……
で、でなきゃここは現実じゃない、か……」
自分たちは死んだ、という感覚が一気に襲ってくる。
先ほどまではそこまで真摯に受け止めていなかった、
というよりも今まで通りのことができていたので
死んでいるという実感が全くなかった。
ではGは何者なのか。
このままここに留まっていてもいいのか。
そんな場所で食事に招待されてしまっていいのか。
──そもそも先ほど2人してキャンデイを舐めてしまった、
そのことによる悪影響はないのか。
「ほっほっほ、
まだここにおったのか」
背後から聞こえてきた声にビクリとして振り返る。
そこには先ほどと変わらず柔和に微笑む
Gの姿があった。
「こ、ここは一体何だ……!
あ、アンタは、い、一体何なんだ……!!」
恐怖で声が上ずりそうになりながらも
サムは巌とした声でGに問いかける、
すると、Gは朗らかに笑ってこう返してきた。
「ほっほっほ。
先ほども話した通り、
ここは帝釈天様に任されてワシはここに居る。
ここは言うなれば〝あの世〟と〝現世〟の狭間とも
言うべき場所じゃ。
そしておぬしらは、何の因果かここにやってきた……
ワシの憶測じゃが帝釈天様に呼ばれたんじゃろう」
Gはこちらに一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
サムは逃げるべきか躊躇した、
ギークはどうしたらいいのか全く分からなくなっていた。
背後には開かない門と越えようとすれば
摩訶不思議では済まない出来事が起こる壁、
2人の目の前にやってきたGは、
しばらく2人を見つめると後ろの門を指さした。
「あの門から外にでも出ようとしたのかの?
あの門は鍵も掛けておらんし
自由に出入りができるはずなんじゃが。
外に出ていないところを見るに帝釈天様が、
おぬしらにはここでまだやることがあるとして
開けられんようにしたんじゃろう」
次にGは壁を指さして笑った。
「それで今度は壁を越えようとしたんじゃろう?
ここの壁は不可思議な力で護られておる、
悪鬼──おぬしらにもわかるように言うと
悪魔だのの類が入れんようになっておるのじゃ。
同時にこちらからも出られんがのぅ」
その話はどこまでが真実だ。
サムはそう口にしようとしたが
なぜか今の言葉に嘘は感じられないように思えた。
Gの柔和な笑顔がそう思わせているだけなのか、
それとも神の啓示か──
「信じられんか?
ふぅむ……では帝釈天様が信じられんと言うなら、
──今の言葉、真実であるとおぬしらの信ずる神に誓おう」
Gは両手を合わせて拝むような姿勢を取り、
サムとギークに頭を下げた。
サムは〝ポリティカル・コネクトレス〟、いわゆるポリコレを
信条に置いて行動しているつもりである。
実家は熱心なキリスト教徒であり
先ほどもイエス・キリストの元へ向かうのが当然だと思っていたが、
本当にポリコレを信奉する者ならば神の分け隔てなど
するものではない、と誰かが言っていたのを思い出した。
「……俺たちの神というか
イエス様に誓うと言うんだったら、
それは信じなきゃ俺の方が罰当たりになっちまうな」
後頭部を掻きながらサムは肩を竦めておどける真似をして見せる。
今の言葉と真摯な態度で、Gへの恐怖心は無くなっていた。
「なら信じるぜ、その言葉!
さっきの発言を取り消すつもりはねぇが
とりあえず飯には誘われておくとするぜ」
「ほっほっほ、用意した食事が無駄にならんで助かるわい」
「よ、よかったぁ……僕も信じるよ。
安心したら余計にお腹減ってきたぁ……」
ギークもサムの隣で落ち着きを取り戻したらしく、
ホッとした様子で腹をさすっている。
3人は軽く笑いあいながら、
先ほどのイオリへと戻ることにした。




