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庭園─Garden─



  ギークはこの空気の冷たさには覚えがあった。


 あの時は誰だったろうか、とにかく

 他人が一番触れられたくない心の拠り所に

 気軽に触れられたとき、

 こんな空気になったことがある。

 

 この状況をまさしく、〝地雷を踏んだ〟と

 言うのだろう。



  「……G、もう一度言ってみてくれるか?

   もしかしたら聞き間違えかもしれねぇからな」

  「うむうむ、確かに聞き間違いは

   あるかもしれんのぅ。

   ではもう一度はっきりと言おうかの、

   〝侍が勇敢であるためには黒人の血が少し

   必要である〟などという諺は、

   日本には決して存在などしないんじゃ」



 サムの蹴りが机に飛んだのは、

 Gが言い終えるのとほぼ同時だった。

 派手な音を立ててキャンディがぶちまけられ、

 机は部屋の隅まで飛んで行った。



  「お前も同じことを言うのかっ!!

   ファッキンレイシスト野郎がっ!!!!

   誰もかれもが俺たちを馬鹿にしやがる、

   そんな嘘に縋ってまで生きたいのかってな!!!!

   認めやがれ、俺たちにはサムライの血が流れてるんだ。

   俺たちは勇敢で、英知に富んで、尊敬される

   歴史を紡いできてるんだっ!!!!」

  「うむうむ、おぬしらが必死に生きてきたことは認めるとも。

   しかし嘘をついてまで歴史を捻じ曲げるのはどうかと

   思うんじゃがなぁ──」

  「黙りやがれ歴史修正主義のクソ以下野郎が!!!

   お前らみたいなのが台頭しているせいで

   黒人の正しい歴史が語られないんだっ!!!

   くそ野郎が、こんなところに居ること自体が

   不愉快だ!!!」



 サムは乱暴にスリッパを投げ出すと、

 靴のまま部屋の中を歩き

 廊下から外に飛び出していった。



  「あ、あっと……

   えっと……」

  「ふむ、嫌われてしまったのぅ。 

   しかし嘘で塗り固めた歴史は

   虚しいものじゃて。

   かつて日本も軍隊が嘘の情報で

   国民を騙したときには、

   誰もが酷い目にあったからのぅ」



 Gは遠い目をしながら苦々し気に

 唇を歪める。

 ギークはその様子を見ながらも

 自分はどうすればいいのか

 頭をフル回転させていた。



  「ど、どうすればいいのかな……

   ひ、1人じゃ不安だけど

   かといってサムの奴を連れ戻すのも

   どうなのかな……?」



 冷や汗を流しながら足元を見ていると

 ふと視線を感じ、

 顔を上げるとGがこちらを優しげに見つめていた。



  「おぬしは優しい子じゃな。

   ワシがあんなことを言っても

   すぐにここを出ていこうとはせん」

  「え、あ、いやその……

   僕はただ単に、その……」

  「皆まで言わずとも良いんじゃ。

   菓子だけではおぬしらもお腹が空くじゃろうて、

   もうじき日も暮れる。

   さむ君を呼んできてはくれんか?」

  「えっ、ここ日が暮れるの……?

   じゃなくて、さ、サムを呼んで来いだなんて……

   僕また殴られそうになるんじゃ……」



 ギークはここに初めて来た時を思い出した。

 ほんの2つ3つ言葉を交わしただけで

 殴りかかろうとしてきたサムの姿が

 今もまざまざと思い出される。


 ──しかし冷静になった今思い返すと、

   あれは自分が煽るようなことを言ったから

   そうなったのではないだろうか。



  「ほっほっほ。

   大丈夫じゃよ、

   さむ君も本当にいい子じゃ。

   気に障るようなことを言わなければ

   普通に話せるじゃろう。

   ぎいく君が呼びに行っている間に

   ワシもさむ君の言っていたことを

   調べなおしてみることにしようと思ってな。

   黒人の血うんぬんは間違いなく違うと

   言い切れるが、

   侍に関してはワシが知らんだけかもしれんからの」

  「じゃ、じゃあなんでさっき

   その、気に障るようなことを言ったのさ……?

   そうすれば今みたいなことにはならなかったんじゃ……」



 ギークの問いにGは少しばかり考えると、

 やや困ったような笑みを浮かべた。



  「……そうじゃのぅ、

   ワシも日本人故間違った日本観に

   抵抗があったのかもしれんのぅ。

   勘違いされたままというのは

   どんなことであれ悲しいものじゃからな」



 




 サムは目を覚ました場所に向かって歩いていた。


 ──正確には〝たぶんこっちだろうという方向に〟だったが。



  「クソっ、なんでここはだだっ広いんだよ。

   目印は確か苔に包まれた岩だったが……」



 進めど進めど見えるのは白い砂利と

 知っているものよりもねじ曲がった松の木、

 そして似たような形の岩ばかり。



  「あの岩だったか……?

   いや違うな、どれだよクソ。

   似たような光景ばっかり続きやがって」



 悪態をつきながら歩き続けていると、

 まだ遠いが視界に今までとは違った

 光景が見える気がする。

 一体何だ、とサムがさらに歩を進めると

 そこに見えてきたのは──



  「なんだこりゃ……

   木製の、扉かなんかか?」



 何かで似たようなものを見たことがある。


 木製の扉の周りは白い壁で造られており、

 乗り越えるのは1人では難しい高さである。

 なぜか屋根までつけられており、

 屋根には映画で見たことのある〝カワラ〟なるものが

 乗せられていた。



  「大した造りの門だ──

   もしかしたらあの、ジジイの言うことが真っ赤な嘘で、

   この門を抜けたらいつも通りの日常が待ってるんじゃ

   ねえか?」



 Gのことを悪く言うことに一瞬躊躇したが、

 黒人の歴史を踏みにじるようなことを言うような奴だと

 自分に言い聞かせて頭を振る。



  「たとえ死んでも黒人おれたちを悪し様に言うやつは許さねぇ。

   ……それが恩人だったとしても……だ」



 心にチクリとした痛みが走る。

 

 なんだおい、

 恋するティーンエイジャーでもあるまいし

 一体何だというのか。

 ともかく目の前の門を開けてここから出ていこうと

 扉に手をかけるが、

 押しただけでは全く動かない。

 

 力が足りないのかと更に踏ん張り

 終いには息が切れ始めるくらいに全力を出しても、

 門はびくともしなかった。



  「ハァ、ハァ……っ!!

   どうなってやがるこの扉!

   鍵も何にも掛かってるようには見えねぇのに……!!」



 なおも扉を開こうと両手を押し当てた瞬間、



  「……な、何してるのさ?」



 と背中から声がかかった。

 聞き覚えのある声に振り返って見ると、

 案の定そこに居たのはギークだった。


 息が上がっているところを見ると

 走ってきたようだが、

 こいつが何のためにここに居るんだ?

 とサムは頭に疑問符が浮かんだ。



  「ハァ……ハァ……

   何してるってよ、門みたいなもの見つけたから

   ここから出ていこうって考えてんだよ。

   見てわかんねぇのか」

  「い、いやそれは何となく察しはついたけど……

   出ていってどうするのさ……?

   外がどうなっているのかもわかんないのに……」

  「Gの奴が嘘ついてて、外はいつも通り

   新聞配達のガキが新聞放り投げてる

   光景が広がってるかもしれねぇだろ」



 半ば心の中に諦めの境地が広がっていく。

 この門はどうやっても開かないんじゃないか、

 そんな思考に頭が支配されていく。



  「そ、そうかな……

   ポートランドにジャパンを再現した庭園があるけど、

   そこからはマウントフッドが聳え立ってるのが

   見えるはずだし、

   やっぱり違うんじゃないかな……」

  「もしかしたらオレゴン州以外にもっ、

   ジャパンの庭園ができてるかもしれねぇだろ……!

   クソっ、開かねぇっ……!!」

  


 いい加減無駄だろうと自分の中で納得し、

 サムは扉を開こうとするのをやめた。






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