異形─Grotesque─
「ふんふふーん……♪チキンはトマトでぐっつぐつ……♪
ガーリック効かせて召し上がれー……♪」
鼻歌を歌いながら上機嫌で飼育場へ向かい、
どうやるんだったかとGの説明を思い出しながら
鳥獣檻の前に立った。
「えっと……確かこの前でこのお肉が欲しいって願えば、
処理されたお肉が手に入る──」
鳥獣檻の前に立って聞こえてくるのは、
中にいる動物たちの鳴き声……そう、それだけだったはずだ。
──なのに今は、違う音が混じっている。
動物たちの悲鳴のような鳴き声と、それに交じって
何か固いものを噛み砕くような音が聞こえてくる。
──そして今、ようやく気が付いた。
張り巡らされた金網の一角、隅に小柄な人間なら
通れそうな穴が開いている……
そして鳥獣檻の奥、暗がりになった奥の方に。
──何かが蹲っている。
そして何かを噛み砕くような音も、そこから響いている。
その影の周りにはおびただしい量の血が撒き散らされており、
それはおそらく、檻の中に居るはずの動物たちの物なのだろう。
「な、なんだ……アレ──」
蚊の鳴くようなギークの独り言に、
今まで小さく身動ぎしていた影が──止まった。
「っ……!」
声にならない悲鳴が、ギークの喉を鳴らす。
そんな微かな音すら拾ったかのように影がピクリと動く、
──そして影が、こちらを振り向いた。
それは明らかに人と呼べるものではなかった。
まるで血に染まったかの様な赤い肌に、ぎらぎらと光る黄色の目玉が
こちらを獲物を見るような目で見て──
いや、事実獲物を見る目でこちらを見ている。
その口は耳元まで裂けており、肉食獣よりも獰猛そうな鋭い歯が
口の中を埋め尽くすように生えている。
そしてその存在で一番異質だったのは、そんな異形の特徴を持ちながら
人と同じような姿形をしていることだった。
怖い、逃げなきゃ。そう思ってギークが後ろに後ずさろうとした瞬間、
異形は目にも止まらぬ早さでこちらに飛び掛かるように金網に張り付いた。
「ひぃっ……!!」
そのまま後ろに倒れ込みそうになるのを、必死に耐えてギークは踏ん張る。
背を見せたらこの異形は間違いなくそのまま襲い掛かってくる、
そんな確信があった。
──見つけた、見つけた
──欲しいか、欲しいか
──他人とは全く違う、素晴らしい力が欲しいか
その声は異形が発しているのか、それとも頭の中に直接響いているのか。
全くわからないのに、言葉がわかる、それが怖くて堪らなかった。
──欲しいか、欲しいか
──欲しろ、欲しろ
──お前に素晴らしい力を授けてやろう
怖い。そのはずなのに、異形の言葉には抗いがたい魅力があった。
ある日突然、自分が超人的な力を授かり無敵の存在になる。
ずっと夢見たことが、今目の前に差し出されている。
ここに来たばかりのギークだったならば、
一も二もなく受け入れていたかもしれない。
──だが、目の前に差し出された提案を受け入れるには、
Gから受け取った教えや力が、サムから認めてもらった勇気が、
2日間という短い間の出来事があまりにも眩い輝きを放っていた。
「わ……悪いけどそれは……間に合ってるよ……!!」
勇気を振り絞って異形の提案を突っぱねる、
恐ろしくて堪らなかった異形に立ち向かうための勇気が、
体の奥底から湧いてくるようだった。
──駄目な奴、駄目な奴
──今ここで手に入れなければ二度と手に入らない
──馬鹿な奴、馬鹿な奴
──一生後悔するだろう
「あ、生憎一生ならもう終えてるからねっ……!!」
腰に提がっているサムライソードに手を掛ける、
相手がどう動いてもすぐに対応できるように、先ほどやったように、
いつでも抜けるよう態勢を整える。
大きく息を吸い込み、思いっきり吐き出す。
跳ね上がっていた心拍数が落ち着いていくのを感じる。
「……来るなら……来いよっ……!!」
──馬鹿な奴、馬鹿な奴
──馬鹿は死ななきゃ治らない
──馬鹿な奴、馬鹿な奴
──ここで馬鹿を治してやろう
異形が金網を紙でも千切るかのように破り、飛び掛かってくる。
──ギークはその瞬間が、まるでスローモーションのようにゆっくり見えた。
どこでサムライソードを抜けばいいのか、どうやって刃を合わせればいいのか。
何もかもが手に取るように分かった。
サムライソードが鋭い音を靡かせながら
目の前の異形へと吸い込まれていく。
その刃はギークの首に歯を突き立てんとした異形の頭をバターの様に斬り裂き、
そして返す刃でその胴体を真っ二つにぶった斬った。
「オタッシャデ……!!」
血を振り払い、サムライソードを鞘へと納める、
チン、と金属の鳴る音と、異形だったものが地面へと落ちたのは同時だった。
ふぅ、とため息を1つ。
「こいつ、一体何だったんだろう……?
確かGが、不浄の者はここには入れないって言ってたけど……」
足元に転がる胴体をつま先でつつきながらそう呟くと、
──失敗した……失敗した……
異形の声が聞こえて慌てて飛び退いた。
こいつ、まだ生きているのか?どうやったら死ぬんだ。
そんな疑問が頭をよぎるが、地面に転がったままの異形の体は
ピクリとも動いていない。
──こいつ……強、かった……
──もう1人も……強いか……も……
──努……々……気を……つ……
切れ切れの言葉が聞こえると、辺りに静寂が戻った。
どうやら仕留めることには成功していたらしい、
しかし今の言葉はどういうことだろうか。
まるで他にも──
「ま……まさかっ……!?」
ギークは慌ててキッチンへと向かった。
まるで今の言葉は仲間にあてた言葉。
──つまり他にも異形が居ることになる。
落ち着いていたはずの心臓が早鐘を打つように早く動く、
もしかしたらサムたちも既に襲われているかもしれない。
自分は正面から相対することが出来たが、万が一2人は
不意打ちでもされていたら──
「サム……!!G……!!」
2人の無事をひたすら祈りながらキッチンへと飛び込む、
──そこには凄惨な光景が広がっていた。
先ほど葬った異形と同じ亡骸が所狭しと転がっている、
……それでも最悪の光景は回避されていたことに安堵しつつ、
サムとGを探してイオリの中へと入る。
あちらこちらに血飛沫が飛び、異形の骸が無造作に転がされている。
サムとGは交戦しながらどこかへと向かっているらしく、
血の跡を追いながら走り出す。
イオリの中の血を辿っていった先は、エンガワだった。
そして血の跡は庭園にも広がり、点々と続いている。
「追いかけなきゃ……2人を助けなきゃ……!!」
ギークは外へと飛び出し、血の跡を追っていく。
空は今まで見たことがないような黒い雲に覆われ、
やがてポツリ、ポツリと雨が降り出した。
この場所に来てから、初めて見た雨の光景。
それが尋常ならざる天気だと、ギークも気が付いた。




