居間─Living─
たどり着いた小屋
──Gは〝イオリ〟と言っていた──
に到着すると、
そこにはマンガや映画の中でしか見たことのない
板張りの廊下が外に面していた。
「さぁ、上がりなされ。
すぐに茶を用意するからの」
「えっと……はい」
ギークがそのまま板張りの廊下に上がろうとすると、
Gがその足にそっと手を出した。
「待った。
言い忘れておったわい、
ここは土足──つまり靴のままでは上がれんよ。
靴を脱いで上がってはもらえんかね?」
『は?』
サムとギークは思わずあんぐりと口を開いた。
靴を脱いで家に入れと?正気なのか?
「オイオイ、ふざけてるのかミスターG?
靴を脱いで床を踏めだなんてよ、
中世のパリの路上を裸足になって駆け回れって
言われてるようなもんだぜ?
どこに何が落ちてるか
わかったもんじゃねぇ」
「ぼ、僕も同感……
悪いけど靴を脱ぐのは無理……」
「ほほぅ、
なるほど靴を脱ぐのは心配か……
では、少し待っていなされ」
そう言って靴のようなものを脱いだGは
小屋の中へと消えていくと、
間もなく手に何かを持って戻ってきた。
「確かこういう使い方をするのが
原型だったと思い出してのぅ。
ほれ、スリッパじゃ。
こいつを靴に履かせなさい」
「〝すりっぱ〟?」
「あー……えっと、
聞いたことがあるよ。
家の中で履く靴の代わりみたいなやつらしい。
ホテルとかでも使われるらしいけど……」
「こいつをか?」とサムがスリッパなるものを
指さしながら確認すると、
ギークは間違いないよと胸を張った。
「こ、これでもネットで情報収集は
欠かしてないんだからさ……
も、もちろん裏取りもしてあるよ」
「そんなもんがあるのか。
あれか、シューズカバーみたいなもんか?」
「う、うん。
そんな感じ」
廊下に置かれた〝すりっぱ〟だとかに
靴を通して床の上へと上がる。
Gが手で小屋の中へと進むよう
示していたのでそれに従うと、
草のよう香りが充満した部屋に
これまた妙な椅子が置かれていた。
「なんだこの椅子……
植物か何かで編んで作ってあるみてぇだが
随分と荒い目の造りだな。
作ったやつヘタクソすぎるだろ」
「で、でも座り心地良いよ……!
座る部分はフワフワだ……!」
いつの間に座ったのか
ギークが椅子に腰かけながら
恍惚とした表情をしている。
「ほっほっほ、
籐椅子は気に入ってもらえたようじゃな。
最近は腰が痛くてのぅ、
なかなか正座も続かん」
「ミスターG、
けっこう歳いってそうだしな。
親父も最期は椅子から立てなかったな」
サムは少し悲し気な眼差しでGを見つめる。
Gはその様子に気が付くと
カラカラと笑って見せた。
「まだ若者に心配されるほどには
朽ちてはおらん、
そう悲しい目で見なくても大丈夫じゃよ」
「はっ……!?
俺はそんな目で見てねぇよ!!」
こちらの心を見透かされた気分になり
慌てて否定するが、
Gは朗らかに笑うだけだった。
どうにもこの老人の言うことには
不思議な反応をしてしまう、
ここに来た時だって
初めて会った相手だというのに
ついて来いと言われて素直に従ってしまった。
「……おいGよ、
アンタ魔法使いかなんかか?
どうにもさっきから自分とは思えない行動ばかり
してばかりだ」
「ワシが魔法使い?」
「あ、それ僕も気になる。
ぼ、僕も知らない相手にほいほいついていくなんて
初めての経験だったし」
ギークも気になっていたらしく
身を乗り出してGの反応を待っている。
「うむ、お茶請けに話でもしようと
思っていたからのぅ。
ではその話も一緒にしようか。
今飲み物を用意するから待っていなさい、
……海外の人なら珈琲の方がいいかね?」
「ぼ、僕はお茶っていうのが気になるかな」
「俺はフルーツティーがあればそれがいいな」
Gは「あいわかった」と言い残すと、
変わった模様の引き戸を開けて隣の部屋に向かい
変な形の鍋のようなものの前に膝をついた。
鍋の中にこれまた妙な棒を突っ込むと、
湯か何かを掬ったらしく湯気が見える。
「おい、ギークっつったな。
あれ何してるか見えるか?」
いい加減突っ立ったままなのも疲れてきたので
手近な椅子に腰かけながらギークに話しかける。
少し驚いた様子でこちらを見たギークは
そっとGの様子を盗み見ると、
顎に手を添えて考え込んだようだった。
「な、なんだろう……
お湯が入ってるらしいのはわかるけど、
あれはポットみたいなものなのかな?
……何か不安になってきた、
やっぱりコーヒーにしてもらえばよかったかな……」
「だがまぁ〝勇気ある者には幸運が訪れる〟とも言うだろ?」
「あ、アンタからそんなこと言ってもらえるとは
思わなかったな……」
2人で駄弁っていると、
Gが大きなトレイの上にカップを3つと
大きな器に何かがこんもり盛られているものを
運んできた。
「待たせたのぅ、
菓子の類はこの程度しかなくてすまんの。
ほれ、ぎいく君には緑茶を。
さむ君はフルーツティーだったな、
熱いから気をつけなさい」
カップを受け取ったサムは、
こわごわ中身を見る。
見た目は今までにも見たことのある
フルーツティー──普通の紅茶のように見えるが……
「こ、こっちの〝リョクチャ〟ってやつ、
ものすごく緑色だよぉ……
しかも底に粉みたいなもの沈んでるし、
こんなのエナジードリンクでも
そうそう見ないよぉ……」
ギークの方は完全に涙目になっている、
そんなことを聞いたらこっちもただの
紅茶ではないのではと勘ぐってしまう。
……頬を冷や汗が伝う、
どうするべきだ、
床にぶちまけてこんなもの飲めるかと叫ぶか。
目の前のGの顔を見る、
その顔は柔和に微笑み
何の悪意も感じさせない。
「……っ!!
ぼ、僕は……僕は飲むぞっ!!
〝勇気ある者には幸運が訪れる〟んだよね!?」
ギークが叫ぶと、
カップに口をつけてこくこくと飲み込んでいく。
サムはその光景に顔を青ざめさせる、
どうなる、いったいどうなる!?
静かにカップから口を離したギークは──
「──美味しい……!」
「……マジで言ってんのか?
変な粉沈んでたんだろ……?」
「ほっほっほ、
口にあったようで何よりじゃ。
緑茶に沈んでおるのは細かい茶葉じゃよ、
毒などないから安心せい」
優男のナードにしか見えないギークに勇気を見せられて、
サムは目の前の茶を飲むしか選択肢は無くなった。
あちらが平気でもこっちはどうなのか、
そんな疑問が頭に浮かぶがもうどうでもいい。
「……|神よ(Jesus)ッ!!!」
ごくり、と一口含む。
──それと同時に鼻に柑橘系の爽やかな香りが抜けていく。
オレンジだろうか、
その香りは甘く心がリラックスしていくのを感じる。
「……こっちのも美味い、
俺の良く知っているオレンジティーだ。
甘さも俺好みの味になってる」
「ほっほっほ、それは良かった。
ワシの知っているフルーツティーは
乾燥した果実や皮を入れて飲んでいたんじゃが、
多分おぬしらの居た国では
紅茶にジュースを直接入れて飲んでいると
いうことを思い出してな。
これで合っているのかと正直
冷や汗ものじゃったわい」
「パーフェクトだ、ミスターG」
サムが親指を立てると
Gは安心したように笑った。
「それは何よりじゃ。
さて、みな席について茶も行き渡ったところじゃ……
おぉほれ、菓子も好きに食べなさい、
お茶会でも始めようとするかの」
編み込みの椅子に座り込んだGは、
菓子を乗せたトレイを近くのデスクに乗せて
3人の座る中央へと置いた。
「まずはここがどこなのか、
──ここは何といえばいいのか、
〝あの世〟と〝現世〟の狭間とでもいえばいいかの。
死した人がやってくるような、
そんな場所じゃ」
「そんじゃ俺たちは……
やっぱり死んだんだな」
「は、ははは……
あんなB級映画みたいな出来事が
ホントに起きただなんてね……」
サムとギークは乾いた笑いを漏らした。
Gはその様子を見ながらも問いただすようなことはせずに
ゆっくりと口を開いた。
「そして、ワシがいったい何者なのかと
いうことじゃったが……」
緊迫した空気が流れる。
この老人はいわゆる〝煉獄〟のような場所で
何をしているというのか……
「ワシはあれじゃ、
『侍』と呼ばれた奴じゃよ」
『サムライ!?』
サムとギークは思わず身を乗り出して
聞き返していた。
「ほっほっほ……
昔の話じゃがのぅ。
帝釈天様にこの庵を任されて
おるのじゃ……」




