"本物"の公平─Political correctness─
「──とまぁ、こんなところだ。俺の人生ってのは」
深く息を吐き出すと、サムは語ることはもうないとばかりに
コーヒーに手を伸ばし、一気に飲み干す。
Gとギークも聞き入っていた体をほぐすように、
大きくため息を吐いた。
「そうじゃったのか。よく話してくれたのぅ、
お陰でおぬしのことをもっとよく知ることが出来た」
「……僕、今までポリコレの人たちって自分たちの事を
尊大に見せかけることしかしてないなぁって思ってた……
それに、黒人の人たちがそんな扱いを受けてるってことも、
正直誇張も含まれてるんだろうって思ってた……」
ギークの発言にサムは「そうだろうな」と苦笑いを浮かべた。
「白人連中は俺たちの話をしようとはしないだろうさ。
黒人の人的地位が高まってきたとはいえ、
差別が無くなることはなかったしな。
それどころかちょいと前にとんでもねぇ奴が大統領になっただろ?
あれで溝が元に戻っちまったって奴もいる」
「ああ、あの人……支持されてる人からはなんだか狂気すら
感じるくらいには、変なカリスマ持ってるよね……」
「カリスマの語源を知ってるか?〝神の恩寵〟っていう意味だそうだ。
人と人の溝を深めるのが神の恩寵だってんなら、その神は間違いなく
邪神か何かだぜ」
「あははは、間違いなくイエス様ではないと言い切れるね……!」
ギークと2人で笑いあっているのを、Gは優し気な笑みで見守っている。
しかしサムは、人生の話はここで終えても自分の中に湧いて出た
あの考えについて語らなければならない。
「さて、と。俺の人生についてはもう話したが、
その中で気になったことは無かったか?」
「ぅん?気になったこと……?」
ギークはしばらく考え込んでいたが、
何かに気付いたようにハッとした顔をするとそのまま顔を伏せてしまった。
Gも何かに気付いた顔をしているが、あえて自分から言うつもりはないらしく
ただこちらを見つめている。
「ははっ、そこまで気にすることねぇよ。
……俺もその歪さに昨日ようやく気付いたんだからよ」
「歪、のぅ……」
Gは知る限り、他人のことを悪く言ったことは無い、
それは今朝のギークへの反応を見ても明らかだ。
だがサムの言うことを否定しなかったところを見るに、
やはり思うところはあるのだろう。
「誰も指摘してこないなら、俺が言うしかないよな。
……俺の歪な所、それは黒人の地位向上ってところから、
いつの間にか黒人が人種の頂点に立つべきだって考えに
すげ変わっていたことだ。
ポリコレの、全員が平等にって考え方から……
気が付いたら自分たちが一番になるって思考に染まっちまってたんだ」
ギークは沈痛な面持ちで黙り込んだままだった、
しかしその手はぎゅっと握りこまれており、
何を考えているのかは想像がついた。
「俺は気が付けたが、おそらくほとんどのポリコレ信者が
その思考から抜け出せずにイエス様のもとに召されたんだろう。
Gが言ってたよな、写真を見せた時に『これを作った奴は
シュラカイに堕ちてしまったんだろう』ってよ。
その時に例えで〝傲慢の罪〟の話もしてくれたよな……」
「サム……もういいよ……」
ギークが制止しようとしてくるが、
サムはその顔に向かって手のひらを向けて
それ以上を言わせなかった。
「これは言わなきゃダメなんだよ、
俺に返ってきたカルマを受け止めなきゃならねぇんだ」
「ふぅむ、ワシらでいう所の〝ケジメ〟というやつじゃな」
そう言って頷いたGの言葉に、サムは「そうだ」と頷き返す。
「……俺は〝傲慢の罪〟を犯してたんだよ。
その上で考えたこともある、俺は7つの大罪の1つを犯した。
だが地獄に落ちるまでのことまではせずに済んだ。
だから俺はイエス様の元には真っすぐ行けなかったんじゃねぇかってな」
「ほっほっほ、そうじゃとしたらぎいく君も何かしらの罪を
犯していたということになってしまうがのぅ?」
「へっ……?」
サムはしばらく間の抜けた顔で返事も出来ずにいた。
自分は傲慢の罪を犯した
↓
サムは7つの大罪を犯してここに居る
↓
ギーク……?
「……はっ!?そこまで考えてなかったぜ……!!」
そうなると自分は何の罪もないギークを犯罪者呼ばわりしたのでは?
サムが顔色を青くさせていると、ギークが顔を上げる。
「……確かにサムの言う通りかも……
僕も今までママの手伝いとか碌にしてこなかったんだ……
だから僕が犯したのは〝怠惰の罪〟なんだと思うよ……」
「そ、そういやお前、朝にそんなこと言ってたっ……け?」
今朝のギークの話を思い返しながらサムが首をひねっていると、
ギークが椅子を立ってサムの肩に手を置いた。
「だからさ、深く考えることなんて無いよサム……
僕は最初なんでこんな人と一緒に居るんだろうって思ったけど……
今ようやく理由が分かったよ」
サムが顔を上げてみると、そこにはギークの笑顔があった。
そこには侮蔑も嫌悪も、悪感情は1つも見えない。
──いつかのガブリエルと同じ、無垢な笑顔がそこにあった。
「今更だけどさ……似た者同士、サムライの練習頑張ろうね……!」
「……ははっ、お前に言われちまうとはな」
サムも同じく椅子から立ち上がると、ギークの隣に立つ。
「ようやく俺たち、対等になれたって感じだな」
「あははは、そうだね……!」
どちらからともなく手を差し出し合い、2人はがっちりと握手を交わした。
白人と黒人が本当の意味で平等になり、友達になる。
それはサムがずっと求めていた、本物の公平だった。
「ほっほっほ。良いことじゃ、本当に良いことじゃ。
友情とは人種や立場などを超えたところに結ばれる絆じゃからのぅ」
「絆、か……確かにそうだな!!」
「うん、こうやって分かり合えることだって出来るんだからね……!」
笑いあう2人の姿を、Gは満足げに見て微笑んでいる。
思えばGはサムとギークが仲違いするようなことを、
微塵も感じさせなかった。
もしかしたらGは最初から2人が友人になることを
目指していたようにすら思えてくる。
それは考えすぎだろうかとサムが考えていると、
Gは「そうじゃったそうじゃった」と言いながら2人を手招きした。
「仲良くなったのならばもう大丈夫じゃろう。
シャワーでも風呂でも好きな方に入りなさい」
『……ん?』
2人は同時に首を傾げ、それを見たGも同じように首を傾げる。
「仲良くなることとシャワーが、どう関係してくるんだ?」
「う、うん……特に関係ないような気がするけど……」
「なんと?おぬしらの文化には一番風呂はないのか?
ワシらの文化圏では一番風呂をめぐって
喧嘩が起きたりもしたのじゃがのぅ」
『ジャパン物騒だな!?』
場所が変われば価値観も変わるのは知っていたが、
風呂の順番をめぐって喧嘩が起きるとは。
……それはともかくGの思惑はそれだけではないはずだと思い、
まだまだ知らないことだらけだな、とサムは思った。