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人生─Life of Sam─




  物心ついたころには、自分たちは周りとは違うのだろう、

 ということを理解した。

 

 住んでいた家は雨漏りがしてくるなど当たり前で、

 少し風が強い日にはハリケーンが来たかのように

 建付けが悪い扉がガタガタと身を震わせている。 

 そんな時は家族と一緒に、無事に過ごせることをイエス様に祈った。

 

 時々地域にやってくる白人の警官は、

 近所に住んでいるおじさんを責め立てては

 パトカーに押し込んで連れていくなんて当然のことだった。


 サムの住んでいる家からは、家々の隙間から

 遠くに全く違う家の景観が見える。

 その家は自分たちの家とは全く違うピカピカした家で、

 白塗りの壁と赤い屋根が朝日に照らされて

 まるで宮殿のように見える。


 その家から時々人が出てくるのが見えて、

 その肌の色は1人残らず白いのを見ては

 自分の腕を見て擦ってみたりしたこともある。


 なんであの家はあんなに綺麗なんだろう、

 なんで自分たちの家はそうじゃないんだろう、

 なんで肌の色が違うだけであんな風になれるんだろう、

 考えたことのない日は1日もなかった。


 小学エレメンタリースクールに入る頃になると、周りの反応は更に過激になった。

 同級生は時折自分の頭を意味もなく叩いていきながら、

 『黒人は家に帰ってろ』などという暴言を吐かれたこともある。


 その頃からだった、自分たちを馬鹿にする奴らには拳を振るおうという意識を

 躊躇わなくなっていったのは。


 事件は中学ジュニアハイスクールの頃に起こった。

 今までと同じように背後に気配を感じ、またいつもの連中が何かしら

 危害を加えようとしているんだろうと後ろに立った人物に、初めて拳骨を振舞った。


 ──しかしそこに立っていたのは、ただ偶然サムの後ろに立っただけの

 何の関係もない一般学生だった。


 親が学校に呼び出されてこっぴどく叱られる。

 親がサムの頭を下げて謝りなさいとひたすら言い続ける。

 サムは今まで自分が受けてきた迫害や暴力を訴えたが

 教師は聞く耳を持とうとしなかった。


 それはお前の被害妄想だ、お前は肌の色を盾にして

 自分の罪を正当化するつもりなのか。

 ──それが白人の教師の、白人の自分勝手すぎる言い分だった。


 それからの荒れ方は酷いものになった。

 学校には行かなくなり、素行の悪い連中とも絡むようになった。

 ハイな気分になるという白い粉を勧められることもあったが、

 嫌な予感がして絶対に関わろうとはしなかった。

 後になってそれが麻薬の類であったことを知り、

 背筋が寒くなったことを今でも思い出す。


 そんな時だった、仲間の1人がしばらく顔を見せず

 何かあったのかと思っていると、顔に青痣とこぶを作って現れた。

 どこか別の不良連中にやられたのかと話を聞くと、

 警察に呼び止められた際に〝話を聞く〟と言われて暴力を振るわれた、

 とそう告げられた。


 サムは特段驚きはしなかった。

 昔から警察──特に白人は、何かと黒人に因縁をつけては締め上げてきていたのを

 自分の目で見てきていた、それがいよいよ自分たちにも向けられた。

 ただそれだけなのだと理解した。


 仲間の1人が、白人共に思い知らせてやるべきだと激昂した。

 サムもそれに同調し、各々にメリケンサックや釘バット、

 ナイフと言った武装をしてパトカーが通りかかるのを

 待ったこともあった。


 だが、仲間たちが警察に襲い掛かる前に

 サムは信じられない光景をある日、目にすることになった。


 学校を当然のようにサボり、ある広場を通りかかったときだった。

 「黒人差別を止めるべきだ!」と辺りに声をかけている人物がいた、

 また黒人が聞いてももらえない事を声高に叫んでいるのか、

 そう思ってそちらに目を向ける。

 いったいどんな間抜け面をさらしているのか気になったが、

 そこで見たのは信じがたい光景だった。


 ──1人の白人が、通りがかる人々を説得するかのように声をかけ続けている。

   時々偽善者連中がおふざけ半分でやっているようなものとは違う

   真剣な顔で、〝Blackこくじんの Livesいのちは Matterだいじ〟という看板を首から提げていた。


 その人物は決して容姿端麗というわけではない、しかしその顔は

 今まで見てきたどんな白人にも属さない、人間らしい綺麗な顔に見えた。

 

 サムは自然とその人物の方へと足を向けていた。



  「なぁ、アンタ……」

  「人の命はみな平等なんです!──え、ハイなんでしょう?」



 黒人の自分に、それも明らかに素行の良くない自分に話しかけられても

 その人物は全く臆した様子を見せない。

 それどころか、サムを目にした瞬間その顔には心配の色が濃く浮かんだ。



  「あ、貴方ボロボロじゃないですか!?

   どういうことですか、ちゃんと食べれてますか!?

   ランチに食べようと思ってツナロールを持ってきてるんですけど、

   よろしければ一緒に食べませんか?」

  「この季節にツナロールなんか持ってきてんのかよ……

   変わってんなアンタ。っていうか俺のこと怖くねぇのかよ?」

  「えへへへ……周りからもちょっと変わってるって言われることはあります。

   でもこれが私ですから!!それに貴方のことは怖くはないですよ?

   あなたと私は何も変わらない人、普通の人間です!!

   マーティン・ルーサー・キング牧師も言ってたじゃないですか!!」



 白人から普通の人と言われたのは生まれてはじめてだった。

 今まで出会った連中は黒人を人とも思わず、

 愚かな者を見るような目を向けてくるだけだった。

 でも今目の前に居る人物は全く違う、自分を1人の〝人〟として見てくれる。


 世界が、変わった瞬間だった。


  

  「……そうか。良ければツナロール、貰ってもいいか?

   それとアンタの名前も教えてもらえると嬉しいんだけど」

  「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね!

   私の名前はガブリエルと言います!よろしくお願いします!」



 ガブリエルに出会ってからは人生の全てが変わった。

 今まで付き合っていた連中とはすっぱりと関係を断ち、

 学校にもまた通うようになった。


 絡んでくる連中も当然いたが、そんな時はガブリエルのことを思い出し

 何か間違いを犯せば親と彼女が悲しむだろうと必死に耐えた。

 ぎりッと歯ぎしりをしながらそいつらを睨みつけてやると、

 先生に告げ口してやる、などと捨て台詞を吐きながら逃げていく。


 しかしその後、教師に呼び出されるようなことはなかった。

 伝え聞いた話によれば、近頃黒人であるからといって

 邪険に扱うことは許されないという気風が広まっているらしい。


 そしてそれは、ある広場での1人の白人の訴えが

 地域に根差すようなってきたからとも聞いた。


 ガブリエルの運動が世界を動かしている、

 黒人が1人の人間として認められる世界がそこまで来ていた。




 時は流れてサムが大学ユニバーシティを出るころには、

 黒人の命を守ろうという運動はアメリカ全土に広がっていき、

 ポリティカル・コレクトネス、通称ポリコレという全ての人々が

 平等に扱われるべきだという旋風となっていた。


 ガブリエルとはそれぞれの道を進むために離れ離れになってしまったが、

 その思想のもとに自分たちは繋がっている。

 そしていつしか、サムの心の中にはある思いが燻っていた。


 今まで自分たちこそが人種の頂点だと言って憚らなかった白人たちが、

 その座を追われようとしている。


 ならば一度くらいはいいのではないだろうか──

 黒人がその座に就くことがあったとしても。

 

 それは熱病のようにアメリカに広まってゆく。

 サムもその病に罹ったように、黒人の地位を上げようと奔走していった。


 ──あの日、〝小さな月〟が全てを破壊するまでは。






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