収穫場─Harvest field ─
「さて、外で案内するところはここが最後かのぅ。
昨日口にしたマグロなどが獲れる〝池〟と、
卵や肉が手に入る〝飼育場〟じゃ」
先ほどの井戸からさほど離れていない、というか
目と鼻の先にあった場所に案内されて、
突然そんなことを言われれば初めての人間ならば困惑しただろう。
しかしサムは自分で思っていたよりも動じない人だったらしく、
その説明をすんなり受け入れることが出来た。
「へぇー、昨日のツナロールの鮪、いったいどこから用意したのかと
思ってたんだが、こんな池で獲れてたとはな」
「す、すごいね……美味しかったけどそんなに新鮮だったんだ……
ねぇG、ここの説明して困惑した人って、今までいたの……?」
「おお、この池と飼育場を見て驚かなかったのも疑わなかったのも、
おぬしらが初めてなほどには皆困惑しておったよ。
やれそんなわけがない、理屈がおかしいだのとな」
ここに来たのならば不思議体験の1つや2つは必ずするはず、
そいつらはGから何も教わらずにここに来たんだろうかとサムは思った。
でなければGの話を全部右から左へ流すようなアホだろう。
「ほっほっほ、誰も動じないというのも少し寂しいが、
2人の精神の負担になっていないのならばワシは嬉しい」
「ははっ、期待に沿えなくて悪ぃな。
こんなところで動じるには昨日の体験がハイセンスすぎたぜ」
「確かにねぇ……体真っ二つになってるとか見ちゃったら、
鮪が獲れる池があっても、そうなんだ……ぐらいにしか
思えないっていうか……サムの場合は黒人サムライがいたっていう事実が
衝撃的過ぎたかもだけど……」
ギークが思い出を口にすると、サムはずいっと顔を寄せた。
「そうなんだよ!!あの衝撃は今でも忘れらんないぜ……!!
感動とかそんな些細なものじゃ済まねぇぐらいに、
言葉にならないぐらいには嬉しかった……!!」
「あ、あははは……」
「おっと、このままじゃ話が進まねぇな。
ミスターG、説明してくれよ」
なんだかコミックスの進行役みたいな台詞回しだなと思いながら
ギークはサムを見つめる。
その目線を先を促していると感じたのか、Gは説明を進めた。
「この〝池〟からは自分が食べたいと思った魚介類が釣れるのじゃ。
帝釈天様の遊び心も入っておるのじゃろうが、ありがたいことじゃ」
「食べたい魚介か……おい!それなら海老の大蒜焼き食べたいって
思ったらもしやそれが出てくるのか!?」
ここだけの話、自他ともに認めるほどにはサムはガーリックシュリンプに目がない。
海老の甘さとハーブソルトやニンニクがガッツリと効いたハワイアンソースが
美味さのハーモニーを奏でる。
ああ、考えるだけで涎が止まらない……
「残念じゃがその場合獲れるのは海老だけじゃな。
がありっくしゅりんぷ、とやらは自分で料理するしかないのぅ」
「そ、そうか……作りたてを食えるんならと思ってたんだがな……」
がっかりしたサムはそのまま萎れてしまったが、
ギークはGの言い方に首を傾げた。
「あれ……?でも、Gの言い方なら作ることは出来るんじゃない……?
僕は作り方知らないけど、材料は揃うみたいだし……」
「俺は味は知ってるんだが、作り方までは知らねぇんだ……」
そういうことかとギークは頷いた。
確かに味は知っていても作り方を知らない料理は意外とある、
せっかく食べられると思ったのにお預けを食らったのならば
意気消沈もするだろう。
「ほっほっほ、その、がありっくしゅりんぷとやら、ワシも味が気になるのぅ。
さむ君、後で味を教えてくれるかのぅ?もしかしたら作れるかもしれん」
「マジかミスターG!?最ッ高だぜ!!今詳しく話してもいいか!?」
「さすがに今聞いても忘れてしまうかもしれんのぅ、
ここの案内を終えて台所に戻ってからにしてくれんか?」
「よしわかった!!後で詳しく話すからな!!」
Gの話を聞いた途端にサムは元気溌溂となり、
ギークも美味しい料理にありつけるなら何か
力になれないだろうかと考えるものの、何も思い浮かばず
あえて何も言わないことにした。
「それじゃ早く海老釣り上げちまおうぜ!!
どうやって釣り上げるんだ!?」
「ほっほっほ、まぁ慌てるでない。
普通の海老漁なら籠漁と言って中に──ここは詳しく話さんでもいいかの。
ここではほれ、そこにある釣り竿を〝池〟の中に垂らして食べたい魚介を
思い浮かべればよい、簡単じゃろう?」
そう言ってGが指さした先には、なるほど池の側の棚に釣り竿が立てかけてある。
餌などは見当たらないが、必要ないのだろうか。
つくづく不思議な空間であり、そこにある物もまた同じくである。
「へぇ……そんなに簡単なんだ……!
洗濯とかこれなら、僕は手伝えそうだね……」
「よし、まずは俺にやらせてくれ!!
海老の大漁祭りは俺がやってやるからよ!!」
大漁祭りとはなんなのか?とギークは疑問に思ったが、
答えを聞くよりも先にサムは釣り竿を手にして池に糸を垂らし
釣りに夢中になってしまった。
「ほっほっほ、大漁祭りか。
しかしあまり欲張らないことじゃ、せっかく釣り上げても
食べきれなければ仕方がないからのぅ」
「それは言えてるね……サムぅ、程々にしといたほうがいいよ……」
「ああ任せとけ!!」
生返事だろうことがよくわかる返事に、
Gとギークは顔を見合わせて笑った。
「さて、さむ君が釣りに夢中になっている間に
ぎいく君には飼育場を見学してもらおうかの」
「あははは……うん、お願いするね……」
〝池〟のすぐ側にあったのは簡素な造りの小屋
──Gのイオリよりも遥かに小さい──
その壁の一部は金網で造られており、どちらかと言うと
鳥獣檻を想起させる構造である。
その小屋の中の金網側に、小さな扉と鳥の巣のようなものがあることに
ギークは気が付いた。
「ねぇG、あれは一体何なの……?鳥の巣っぽく見えるけど……」
「おお、良いところに気が付いたのぅ。
左様、あれは鶏の巣でのぅ。
1日に3個ほど、あそこに卵が置かれるのじゃ。
正確には置かれるというよりも見えない鶏が産んでおるようじゃがの」
「み、見えない鶏……?」
これまた不思議な単語が出てきたと思ったが、
小屋に近づいてみると確かに鶏の鳴き声が聞こえる──
それどころか気のせいだろうか、豚や牛の鳴き声も聞こえてくる。
「これまた変わった小屋だねぇ……鳥だけじゃなくて
豚も牛もいるみたいな気がするけど……」
「ほっほっほ、ぎいく君はよく気が付くのぅ。
その通りじゃ、ここにいる動物はすべて見えん。
しかし間違いなくそこにおるんじゃ。
その上ここに居る動物の肉が欲しいと願えば、
処理された肉が手に入るんじゃよ。
ワシも若いころは自分で鶏を絞めておったが
歳を取ってからどうにも出来なくなってしまってのぅ。
気が付いたらこのような小屋になっておったんじゃ」
「へぇー……まさにGにとっては至れり尽くせりって奴だね……」
とはいえ自分たちも屠殺などしたことがないので
助かることこの上ないが。
「うむ、これも帝釈天様のお心遣いじゃろう。
牛、豚、鶏肉。この3つの中であれば好きな肉が手に入る故、
ここに来てこの肉が欲しい、と祈るとよい。
今回はさむ君が海老を獲るじゃろうから、
ここの出番はまた今度かのぅ」
「そ、そうだね……」
ギークは小屋を振り返りながらGと共にサムの元へと戻る、
本当に不思議なところだと思いつつ、全てGに優しい構造になっていることに
タイシャクテンなる人物は相当Gに優しいんだな、と思った。