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弥助─Yasuke─



  「話せた、からかな……?少し気分が良くなったよ……

   ママとパパ、は……天国に、行けてるよね……」

  「ああ、間違いねぇよ。

   お前をしっかり守ってくれたんだろ?

   イエス様はそういうことはしっかり見てる、

   間違いなく天国に導かれてるさ」

  「ワシは海外の宗教には門外漢じゃ。

   しかしの、さむ君の言う通りじゃとワシも信じておる。

   どんな神様も、いつも隣で見ていてくれるものじゃ」



 ギークは2人の言葉に頷き、涙を拭った。



  「うん……!さっきも言ったけど何度でも言うよ……

   ありがとう、2人とも……!」

  「遅くなっちまったけどよ、ここに来た時

   殴りかかろうとしちまって悪かったな……言い時を見失ってた」

  「そ、それを言うなら僕もごめん……馬鹿なんて言っちゃって……」



 サムとギークは互いに照れを隠し切れないという顔をしながら

 謝罪し合い、笑顔で手を結び合う。

 その様子を見届けたGは、何度も頷き柔和な笑みを浮かべた。



  「ほっほっほ、仲良きことは美しきかな。

   では、互いに仲直りもできたことじゃ。

   今日は何をするか決めようかの、何もしないのも退屈じゃろう」

  「確かに何もしねぇのも退屈だな、でも俺は

   ミスターGと話をしてても全く構わねぇ。

   本当に有意義だった、生きてる時の何倍もだ!」

  「ぼ、僕もGと話してるのもいいかなって……

   僕は料理とかできないし、手伝えることもないかも……」

  「ふむ?なんなら教えても構わないがのぅ」

  「う、うーん……考えてみるね……」



 Gはそれ以上は追及せずに「そうか」と答えると、

 椅子から立ちあがり隣の部屋に向かい

 昨日のように本を手にして戻ってきた。



  「では、昨日の続きというか弥助の話でもするかの」

  「おお、例の黒人サムライの話!!」



 サムが身を乗り出してGの本に目を向けるが、

 何が書かれているのかさっぱりわからない。

 もっと日本語を勉強しておくべきだったと椅子に戻ったサムに

 Gは微笑みを浮かべながら本を指さした。



  「ほっほっほ、これは〝イエズス会日本年報〟という

   ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが残した本じゃよ。

   じゃからここに書かれているのはポルトガル語じゃな」

  「えっ……!?G、ポルトガル語読めるの……!?」

  「うむ、そうなのじゃ。

   ワシ自身はポルトガル語を学んだ記憶はないんじゃが、不思議じゃのぅ」



 おどけるように笑いながら、Gは本を開き語り始めた。



  「弥助の話なんじゃがの、フロイスは織田信長の話を書くことに

   熱中しておったらしく、ほとんど書かれてはおらんのじゃ。

   そのせいで弥助の生涯については謎が多くてのぅ」

  「なんだよ、そのフロイスってやつ!!

   もっと弥助のことについて書きやがれってんだ。

   黒人がサムライになったんだぞ?明らかにそっちの方が重要だろうが!」

  「ま、まぁまぁサム……でもほとんどわからないってことは

   少しくらいならわかることも、あるんだよね……?」



 Gはギークに「いい目の付け所じゃ」と笑いかけると、

 ページをめくって話を続ける。



  「残念じゃが伝わっておる内容で確実なのは、

   信長が死んだとされる〝本能寺の変〟の時のことじゃ。

   明智光秀という武将……侍よりも上の役職じゃな。

   彼が本能寺を攻め落とした時に、

   二条城という場所で奮戦していた弥助を捕らえたのじゃ」

  「おぅ……、戦いで捕虜になったのか……!

   それで弥助はどうなっちまったんだ!?」

  


 顔を青褪めさせながらサムが続きをせがむと、

 Gはサムの顔色を窺うようにして続けた。



  「ふむ……この先はサム君には辛いことになるかもしれんがいいかの?」

  「っ……いやっ!!構わねぇよ!!続けてくれ!!」



 サムは一瞬息が詰まったが話の続きが気になり、

 そこでやめるという判断はできなかった。



  「そうか、では話そうかの。

   捕らえられた弥助に光秀の部下が近寄り刀を差し出せと言うと

   弥助は素直に差し出したそうじゃ。

   そして弥助をどうするかという話になった、

   陥落した武将の部下として、腹を切らせるどうかという話じゃな」

  「切腹させられちまったのか……!?」



 隣でギークも同じように固唾を呑んで話を聞いており、

 どうなってしまったのか緊張が高まる。



  「その時光秀は決断を下したのじゃ。

   〝黒奴は動物で何も知らず、日本人でもないゆえに、これを殺さず〟とな」

  「動物だとっ……!!!?」

  「わぁーっ!!!ま、待って待ってサム!!ね、落ち着こう、ね!?」



 激昂して椅子から立ち上がったサムを、ギークが身を挺して宥める。

 その様子にGは落ち着きなさいと言った。



  「そうじゃ、これは想像じゃが明智光秀は本当に弥助を

   動物だと思っていたわけではないじゃろう。

   当時の日本では主の居なくなった配下たちは

   皆切腹するか打ち首じゃった。

   そうでなくとも落ち武者狩りという名の敗残兵狩りが横行しておったのじゃ。

   光秀は弥助がそのような目に遭うのは酷じゃと考えて、

   周りを説得するために咄嗟に飛び出た言葉じゃろうとワシは考えておる。

   動物などと言ったのはそうでも言わんと、1人だけ特別扱いすることに

   なってしまうからじゃろうな。

   周りを納得させるためにも、後の世で自分が誹りを受けることになっても、

   弥助を助けたかったんじゃろう」

  「……なるほど、確かにそれなら納得できる。

   そういう意味で動物と言ったんだな……」

  「か、賢いねぇ、そのサムライの人……咄嗟にそんなこと思いつけないよ……

   そういう意味では、まさに|賢い嘘(sav・lie)を吐けたわけだ……」



 ギークはしたり顔で頷いていたが、ある単語にGが反応した。



  「なんと、さぶ・らいとな?

   ほっほっほ、面白い偶然もあるものじゃな。

   侍は昔、〝さぶらい〟と呼ばれておったんじゃよ」

  「へぇ、本当に面白い偶然だ……!」



 ギークは面白がっていたが、サムは別のことを考えていた。

 今のGの言葉には大きな魅力が詰まっていた、

 今までの人生では知ることのできなかった大きなことが。



  「sav・lieさぶらい、か……」



 サムは1つの決意を固めた。

 それを死んでから行うということが残念だったが、

 それでも魂の成長のために、貫きたくなった。



  「なぁ、ミスターG」

  「うん?どうしたのじゃさむ君。

   神妙な顔をして──」

  「今まで俺は、昨日見せた写真や諺みたいなのを馬鹿にするやつは

   みんな嘘をついてるんだって思ってた……俺たち黒人を

   貶めようとする連中の嘘だって。

   でもアンタに看破されて、俺は最初はふざけんなって思ったよ。

   俺が今まで信じてきたことは何もかも嘘だったんだって……

   でもその直後に弥助の話を聞いて救われた気分になった。

   何もかもが嘘だったんじゃなくて、悪魔に魅入られちまった奴が

   必要以上に名誉を求めちまっただけなんだって。

   ははっ、ホントに嬉しかったんだ……」



 サムが言葉を切ると、ギークもGもこちらを見ている。

 2人とも優しげな目で、話の続きを待ってくれていた。



  「……俺はこれからはsav・lieじゃねぇ、賢いっていう意味の

   savlieになりてぇんだ。本来読みはサヴリィだが、あえて〝さぶらい〟って読む。

   さっき聞いたミツヒデみたいに、サムライのように賢いやつになりてぇ」

  「うわぁ……何というか、サム。

   今の君は本当に、格好いいと思うよ……!」

  「……ほっほっほ、素晴らしい心がけじゃな。

   その意気にはワシも応えなければならんのぅ」



 Gはサムの前に手を差し出す。



  「ワシの知識などで役に立つのならば、惜しみなく力を貸そう。

   立派なさぶらいになることを願っておるよ」

  「……ありがとう、ミスターG」



 サムはGの手を強く、がっちりと握り返し、

 さぶらいになるための最初の一歩を踏み出した。






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