表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

小さな月─Little moon─



  その日、ギークはいつもと同じように目を覚ました。


 ──もちろん本名はあるが、ここでは統一させてほしいと

   ギークはGに断っておいた。


 目に映るのは代わり映えしないデスクトップPCのディスプレイ、

 どうやら昨日チャットしながらオンラインゲームで遊んでいるうちに

 寝落ちしたらしい。


 遊んでいた相手に迷惑をかけないようにしっかり

 ゲームを落としてあることには、我ながら拍手を送りたい。



  「ふあぁ……っ、あぁ……ダルい……また今日いつもが始まる……」



 ゲーミングチェアから腰を上げると、凝り固まった体が悲鳴を上げる。

 痛む腰をさすりながらリビングに向かうと、カウンターキッチンの向こうで

 ギークの母が食事の用意をしていた。


 

  「おはよぅ、ママ……」

  「あらギーク、おはよう。

   ……また夜遅くまでゲームしてたの?

   髪の毛もぼさぼさだし目の下のクマもすごいわよ」

  「うん……気を付けるよ……」



 適当に返事をしながらテーブルについたギークは、

 母が用意してくれたベーグルとチョコレートクリームを口に運ぶ。


 購入品ではなく家のオーブンで焼かれたベーグルはもっちりとしていて、

 そんじょそこらの店売りのベーグルでは太刀打ちできないと

 ギークは常々思っている。


 実際父さんも母の料理上手なところに惚れこんで

 結婚したと明かしているし、ギーク自身もそんな母が自慢ではある。

 いつもと変わらない鬱屈とした日常という監獄の中で、

 母の料理がギークの精神を繋ぎ止めて非行に走らせないでいることは

 傍から見ても間違いなかった。



  「うん……今日のベーグルも美味しいよ、ママ……!」

  「うふふ、ありがとう!母さんもっと頑張っちゃうわね!」


 

 喜びを溢れさせながら調理に戻っていく母に、

 いつまでもこのままは駄目だよな、とはギークも思っている。

 

 ネットゲームに傾倒し、外には必要最低限以外出ない。

 暗い部屋の中で話し相手はチャットルームの仲間たちだけ、

 実際に人と会話しようとすると、いわゆるリア充相手に

 どうにもひがみが出てしまう。



  「何か……人生がガラッと変わること起きないかなぁ……」



 そんな言葉がポロリと零れた──


 その時だった。


 窓から差し込んでいた光が、急に覆いでもかけられたかのように

 暗くなったのだ。

 風でシートか何かでも飛ばされてきたのだろうかと窓を見ると、

 外の景色が普通に見える──


 いや、朝だというのにまるで夕暮れ時のように暗い。

 道を歩いていた人々も何事かと辺りを見渡しており、

 

 ──そのうち、誰かが空を指さした。


 瞬時に恐慌が広がる。

 逃げ惑う人々、あちらこちらから轟く悲鳴。

 まるで安物のパニックムービーみたいな光景が外に広がっている。



  「な、何!?一体どうしたの、何が起きてるの!?」

  「ま、ママ落ち着いて……!た、多分映画の撮影か何かじゃ──」

  


 混乱する母を落ち着かせようと何とか宥めていると、

 突然玄関の扉が激しくたたかれた。

 この状況で一体何なんだとギークもパニックになりかけたが、

 聞こえてきた言葉にその波は引く事になった。



  「おい、ギーク!!ママ!!2人とも無事か!?

   俺だ、フランクだ!!外の騒動で鍵を落っことしちまった、

   悪いが開けてくれ!!」



 そう言った後窓に回り込んできた人物は、確かにギークの父の姿だった。

 慌てて玄関の鍵を開けると、父が雪崩れ込むように入ってくる。



  「ど、どうしたの貴方!?今日は仕事だって──」

  「仕事なんてしている場合じゃない!!外を、いや空を見てみろ!!」

  『空……?』



 やはり空に何かあるらしい、恐る恐る外に出て空を見上げてみると──


 それはあった……いや、〝居た〟と表現する方がいいかもしれない。


 日の光を遮るほどに巨大な球体、写真で見たことのある

 クレーターがいくつもできた表面──


 それは月としか形容のできないものだった。

 だがその距離が明らかにおかしい、

 手が届くのではないかと思うほど近くにあるのだ。


 

  「な……何だあれ……」

  「お前も見たかギーク……

   あんなの見たら仕事も学業もやってる場合じゃないだろ……」

  「ああ、大変……!いったい何なの……!?」



 母が家の中に戻りテレビを点けると緊急特番が始まっており、

 アメリカ西海岸の3分の一を覆うほどの月が、

 突如上空に現れたと叫んでいる。

 

  

  「ありえないわ……!いったい何なの!?」

  「宇宙人の襲来か……?それとも天変地異か?」

  「て、天変地異なのは間違いないけどね……

   いくら何でも限度ってものがあるよ……!」



 いまだ外に居る人々は恐慌状態に陥っており、

 略奪が始まっているという報道もされている。



  「と、とにかく私たちも逃げた方がいいんじゃない!?

   ギーク、持てるものは出来る限りもって行くわよ!」

  「ああ、俺もそう思って家に帰ってきたんだ!!

   早く準備しろ!!すぐに車を出すぞ!!」

  「あ……う、うんわかった……!すぐに用意するよパパ!!」



 ギークは唖然とした状態からようやく立ち直り、

 自分の部屋に戻って持っていくものを鞄に詰め込もうとした。


 ──地鳴りのような音が響いてきたのはその直後だった。


 血の気が引くような音だった。

 ……外の薄暗さが一層暗くなったように感じる。


 ギークは命と並ぶほどに大事なお気に入りのゲームのスタチューを手に取り、

 そのまま部屋を飛び出した。



  「ぱ、パパ、ママ!!用意出来たよ早く行こう──」

  


 リビングに戻ってきたギークを待っていたのは、

 放心しきった両親とテレビが喚きたてている光景──


 〝()()()()()()()()()()()()()()()〟という内容だった。


 

  「……ママ、パパ……?」



 地鳴りのような音はすでに地響きに変わり、

 棚に乗っていたものが次々と落ちてくる。


 

  「もう無理だ……逃げきれない……」

  「神様……どうか私たちを天国へお導き下さい……!」

  


 その様子を見てギークは悟った、


 もう自分たちは助からないのだと。



  「……おいで2人とも、神にすべてを委ねよう」

  「うぅっ……ぐすっ……」



 暗闇と絶望が迫ってくる、その中でただ一つの救いは──

 家族が1人も欠けずにいられたことに違いなかった。








  「これが僕の体験した……小さな月が落ちてきて、世界が滅ぶ瞬間だよ」

  「なんと……壮絶な体験をしたんじゃのぅ……」

  


 Gは悲し気な顔をしていたが、疑うような顔は一瞬たりともしなかった。

 自分の話を信じてくれていることが嬉しくなり、

 同時に家族と離れ離れになったことも思い出してギークは涙が滲んだ。


 

  「いいんじゃよ、よく話してくれたのぅ……」

  「……凄ぇよギーク、俺も全く同じ体験をしたが

   思い出す勇気すらなかった……ホント凄ぇよ」



 サムがギークの肩に手をやると、

 「ありがとう」と呟いてギークは笑った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ