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ただのヒモ

「だだいまぁぁぁ・・・」

「おかえりー、カズキさん!ってどうしたのー!ぼろぼろじゃないですかー!」

ぼろきれのように疲れ切った体をなんとか引きずって、俺はようやくエミリー邸までたどり着いた。

辺りはすっかり日が暮れている。

ドアを開けた瞬間に広がる部屋の明かりとエミリーのころころ変わる表情が、心を内側から温めてくれるようだ。

「こんなに汚れるまで一体どうしたんですかー!?」

エミリーがさっとジャケットを脱がせて椅子に座らせてくれる。

「ちょっとバイトをね...。リンゴ売りの婆さんについて行って薪割りをしたんだが、こんなに大変だとは思わなかったよ...。」

「まーマーガレットさんねー!まったくこんなになるまで無理をしてー!心配しますよー!」

意識も朦朧としている俺の顔を、これ以上ないくらいの困り顔でエミリーが覗き込んでくる。

はぁ、こんな状況でも思わず笑ってしまうくらい可愛い。

「なに笑っているんですかー、もう。ほら、夕ご飯できてますから、一緒に食べましょう?」

ぱたぱたと足音を立ててエミリーがスープとパンを運んできてくれた。


「いただきまーす。」

「いただきますー!」

薄味で具材の少ないポトフスープは正直疲れた体に物足りないが、エミリーの手料理というだけで10倍増しになる。

「なんだがいいな...」

「え?」

「家族みたいで」

「ブッ、ゴフッゴフ・・・じょ、冗談やめてください、体に悪いですー!」

エミリーは食べていたスープでせき込みながら、また困り顔をして笑う。

「冗談じゃないんだけどナー・・・」

思わず顔を綻ばせて、真っ直ぐにそう言ってしまった。


「それよりこれ。受け取ってよ。」

「今日稼いだ4000ギル。食費の足しにしてくれ。」

老婆から受け取った銀貨4枚をエミリーに渡す。

「いやいや!受け取れませんよー!食費分はギャレットさんから余計にお給金頂いていますからー!」

エミリーが全力で差し出した手を押し戻してくる。

「そうなのか?でもタダで泊めてもらうのは本当に悪い...。」

「だ い じょ う ぶ ですからー!そのお金はカズキさんが自分のために使ってくださいー!」

エミリーはますます必死で銀貨を俺の手に握らせようとする。

そこまで必死にならなくてもいいだろうに...。

「そんなに言うんなら分かったよ・・・。このお金は有意義に使わせてもらう。」

とうとう諦めて困り顔で言うと、

「そうしてくださいー!」

とびっきりの笑顔が返ってきた。


――次の日、目を覚ますと全身の筋肉痛が襲ってきた。

「イデデデデデデデデ」

腕さえまともに上がらない。

「アッツツッツ、くぅうぅぅ」

「ごめんエミリー、今日このソファから動けそうにない。」

「まったく無理するからー!今日はゆっくり休んでくださいねー!」


全く我ながら情けない話だ。

わずか半日体を動かしただけでここまでやられるとは。

恩を返すと意気込んでみたものの、限界まで働いて稼げた金はわずか4000ギル。

昨日市場を見て回った感じ、数日分の食費にしかならないだろう。

エミリーが仕事に行っている間一人で一日中ソファに寝ていると、本当にただのヒモになった気がしてくる。

「参ったなぁ。」


一人でごろごろしていると考えもまとまってくる。

肉体労働で稼ぐのは間違っているかもしれない。


金を稼ぐということは、人々の願い、需要を満たすということだ。

それは叶えにくいものであればあるほど価値があり、多くの金が手に入る。

その点昨日の薪割りは効率としてどうだったろうか。

確かにあの老婆―マーガレットだっけか?―にとっては薪割りはあまりにも重労働で、日々の生活や冬支度のためには必須の作業だ。需要は高い。

だが一方で村にその重労働に耐えられる男たちは多い。

俺じゃなくても誰かがやってくれるし、日々の薪割りに熟練した男たちは俺よりずっと楽に仕事をこなすだろう。

だから仕事の単価は安い。

俺が丸一日寝込むほど限界まで働いても数日分の食費にしかならなかった。


じゃあ俺の得意って何だろう?

俺の何が人々の強い願いを最も効率よく満たせるだろう?

この村の人々が持たないものってなんだろう?


――知識

前世でエンジニアとして働いた知識。

大学で学んだ数学・工学・化学・歴史・教養・・・人類が築き上げてきた知識。

本で、TVで、Youtubeで、そしてアニメやマンガで得てきた雑学的な知識。

それら知識はこの世界にとってとても価値を生むものではないだろうか。


現代の知識があれば、この中世みたいな世界で無双できるんじゃないだろうか。


カズキはそう思い至って、なんだ余裕じゃんと思いながら頭の後ろに手を組もうとしたが、くだんの筋肉痛で腕が上がらず「イデデデデ」と顔をしかめて苦笑するのであった。

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