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リンゴ売りの老婆

小さな村で噂が広まるスピードは風のように速い。

翌日には村人の多くがカズキの事情を知っていた。


「アンタ知らない世界からやってきたんだってね。ここは貧相だろう?」

顔に深い皺の刻まれた老婆が言う。

「いやぁそんなことないよ。空気はきれいだし、街並みも風情があって、このリンゴだって新鮮だしな。」

老婆が売っているリンゴを手に取りながら、とってつけたようなお世辞を言う。

正直なところ、手に取ったリンゴは見るからにシワシワだった。

「お世辞なんていいよ。昔はここも豊かだったんだがねぇ。最近は生きるのも大変になってきた。」

老婆もまたリンゴを手にする。

「このリンゴだって昔はみずみずしく甘かった。それがこんなになっちゃってねえ...。」

リンゴをまじまじと見ながら老婆がつぶやく。

「何かあったのか?」

道端で藁敷の上に並べられた木箱の中に、リンゴは少ない。

「不作だよ。土地が痩せてしまったんだ。ここのところどんどんと税金が重くなってね。」

「みんな税金を払うため必死に作物を植えた結果がこのありさまさ。」

「収穫を増やすために麦を植えれば植えるほど土地は痩せていった。最初は良かったんだがね。すぐに麦は枯れるようになって、採れるものも採れなくなった。」

「リンゴだって同じ事さ。みんな熟さないうちに狩りつくすようになって、今じゃこんな小ぶりで干からびたものしか手に入らない。」


老婆は深いため息をつきながら木箱を見渡す。

なるほど、村中がやけに沈んだ雰囲気に満ちているのはそういうことだったのか。

「そうか...それは大変だな。じゃあ重税を課している村長・・・ギャレットが悪いな。」

リンゴを一口かじって言う。酸っぱくてカサカサしており、おいしくない。

「とんでもない!ギャレットはよくやっているよ!悪いのは領主さね...。なんでも骨董品集めのために・・・おっと、あんまり口外しないでおくれよ。」

老婆はさっと周りを見渡して誰も聞いていなかったことを確認する。

「フゥン...。」

もう一口かじる。おいしくない。


「ってアンタなに勝手に食べてんだい!お代は払いなよ!」

しまった。無意識に手が伸びてしまっていた。

「あぁ...ごめん。お金持っていないんだった。代わりにこれを受け取ってくれないか?」

100円玉を差し出す。

「なんだいこれは?みたことない銀貨だね。」

老婆は手に取ってまじまじと見る。

「いや銀じゃないんだが・・・」

「銀じゃないなら要らないよ!なんなんだいこれは。ニセガネを渡そうだなんて不届き者だね!」

「いや、細工が見事だろう?お詫びにとっておいてよ。」

「細工ぅ?お金じゃないんだったら要らないよ!さっさと払いな!」

老婆はしょうもないものを見たと言わんばかりに不機嫌になって100円玉を突き返してきた。


そうか。それはそうかもしれない。

その日をギリギリで生きている人たちにとって、細工の細かいメダルなど何の価値もない。

それよりもその日の食料、その日のお金だ。


「すまねぇ。お金は持ってないんだって。働いて返すから何か手伝わせてくれねぇかな?」

「ふーん、仕方ないやつだね。・・・そうさね、今日はアンタのせいでリンゴも売れないし、付いてきな。」

老婆は意外なほどテキパキと店じまいをし、俺を老婆の家まで案内したのだった。


――村のはずれまでしばらく歩くと、森に囲まれた小さな家が見えてきた。

案外に手入れが行き届いており小洒落ている。

「よっこらせっと。じゃあ荷物も運んだしいいかい婆さん?」

玄関扉に荷物を下して帰ろうとすると老婆が呼び止めた。

「待ちな。アンタ金が欲しいんだろう?リンゴ代は荷物運びでチャラでいいから、薪を割っておくれ。一本50ギルで買ってやろう。」

「ついてきな。」

おお、ありがたい。

正直なところなんでもいいから現金収入のある仕事が欲しかった。

いつまでもエミリーのヒモでいるのも申し訳ない。

それに薪割りであればたまにキャンプで経験していた。


「ここだよ。ほれ、斧だ。この薪割台を使いな。」

案外に広い裏庭に案内され、ぽんっ、と使い込まれた斧一本を渡された。

「オーケー。それで材料は?」

周りを見渡すが丸太の一本もない。

「材料?そんなもの森から採ってくるに決まっとるさね。」

「ほれ、この小道を行けば適当に倒木が見つかる。腐ってないものを選んで持ってきな。」


・・・この斧で、木を切って、ここまで運んで、薪に割る?

労力を考えると気が遠くなる。

しかし考えてみればあまりにも当然のことだ。

誰かが切らなければ木は丸太にならないし、誰かが運ばなければ丸太は薪割台まで動いてくれない。

前世のお手軽キャンプとは違うのだ。丸太は買ってくるものではない。

チェインソーも軽トラックもなく、あるのは自分の腕のみなのだ。


「何をぼーっとしてるんだい。さっさとお行き!」

バンっ、と老婆に背中をたたかれ、俺はこれから何往復とする小道を歩みだすのだった。

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