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村長ギャレット

「ねぇエミリー」

朝食を二人で囲みながら話を切り出す。

朝食といってもぼそぼそとした黒パンを切っただけの質素なものだったが。

「この村に村長さんみたいな人はいる?一度会って挨拶をしておきたいんだけど。」

「ギャレットさん?村長ならギャレットさんだよー。この書店のオーナーさん!」

エミリーは朝一から元気に答えてくれる。眩しいなぁ。

「そうかこの本屋のオーナーか!ぜひ一度お会いしたいな。」

「それだったらこの後ギャレットさんの部屋に行きますかー?昨日カズキさんのことを話したら興味深そうに聞いてましたよー!」

「話してくれていたのか!さすがはエミリー、ありがとう!」


それなら話は早い。すぐに会って話をしなければならない。

この異世界で生き抜くためには地域に溶け込む必要がある。

村長との信頼関係はその第一歩だ。


「えへへー。どういたしましてー!じゃあ顔を洗ったら行きましょうねー!」

エミリーはてきぱきと食器を下げてくれた。


――コンコン

「失礼しますー!エミリーですー!」

「あら、いらっしゃーい」


書棚に囲まれた部屋の中央に鎮座したデスクで迎えたくれたのは、スレンダーな美魔女だった。

朝日を背によく手入れされた白髪が輝やいており、思わずうっとりしてしまった。


「ギャレットさんおはようございますー!」

「おはよぅ。あら、そちらが昨日のお話のカズキさん?」

美魔女が書類を書く手を止め、興味深そうな目を向けてくる。

「はい、カズキと申します。よろしくお願いします。」

「ギャレットよ。よろしくぅ。」

「あら、女の子の家に突然転がり込むなんてどんな不届き者かと思ったけど、意外と高貴な身なりしているのねぇ。」

「それに結構イケメンだしぃ。エミリーが入れ込むのも分かるわぁ。」


美魔女が全身をチェックするように見てくる。

高貴な身なり...。

転生したままのスーツ姿な俺は、確かにこちらの世界基準で言えばしっかりしているんだろう。

服装こそ時代にそぐわず奇妙とはいえ、ほころびがないジャケットやしっかりと折り目が付いたパンツ、黄ばみなど一切ないシャツは、昨日見た村の人々の黄ばみきって黄土色になった質素な麻衣とは一線を画している。


「ななななんてこというんですかぁー!入れ込むなんて違いますよー!」

エミリーが両手を前に突き出して赤面しながら必死に否定する。

「あらそんなに否定しなくてもいいじゃない。私が若かったら飛びついちゃうんだけどねぇー。」

美魔女は余裕に満ちた笑顔を浮かべた。

「そうだぞエミリー、俺はいつでもいいんだからな。」

「カズキさんまでからかってぇー!はぁぁぁわぁぁ。」

「あらあら、うふふふふ。」

エミリーが赤面して顔をいっそう伏せる様子を見ながら、美魔女は笑顔を深めた。


「それはそうとギャレットさん、この度はご挨拶と、お話したいことがあって参りました。」

「あらぁ、そう。私も聞きたいことがたくさんあってねぇ。」


美魔女の表情がスッと"仕事モード"に変わる。

経験上こういう表情の変化を見せる人はデキる人だ。油断ならない。


「まずは突然のご訪問失礼しました。エミリーよりギャレットさんがこの村の長であり、かつこの書店のオーナーとお伺いしましたのでご挨拶をと。」

「あらぁ、そんなにかしこまらなくていいのよぉ。」

「いえいえそんな。お恥ずかしながら私、無一文の身でして。しばらくこの村に居候させてもらいたいのですが、どうかお許しいただけないでしょうか。」

「あらぁ一文無し?どうしてそんなことになっちゃってるのぉ。」

美魔女が身を乗り出して聞いてくる。

「はい、私も記憶がないのですが、気が付くとエミリーの部屋に倒れていまして。」

「その時には着の身着のまま、ほとんど何も持たない状態だったのです。」

「へぇ、おかしな話ねぇ・・・。旅人だったら大きなカバンの一つくらい持っているだろうに。」


「そもそももしかしたら私はただの行き倒れではないと思います。」

「私が今まで住んでいた国とこの国はあまりにも違いが大きすぎます。」

「時代も、文化も、エミリーから聞いたこのオースチン国のことも、元居た世界からは大きくかけ離れているように思えます。」


「聞きたかったのはそこよぉ。あなた一体、どこから来たの?」

「正直、私はここの世界とは全く別の世界から来たと思っています。」

「ふぅん?」

美魔女は少し疑ったような眼をしてこちらを見ている。


「例えば通貨...。こちらをご覧ください。」

ポケットから財布を取り出し、中の現金をデスクの上に広げる。

「これは私が普段使っていた通貨です。10円、100円、500円、千円札、1万円札...。」

「いかがでしょうか。こちらの通貨とは違いがお分かりになると思います。」

「ふうぅん・・・」

美魔女はいくつかの硬貨と紙幣を手にとりまじまじと見つめた。

見れば見るほど目を丸くして度々驚いている。

「これは...確かにすごいわねぇ。この紙幣なんか特に、絵の細密さもすごいけどこのキラキラしたものはなぁに?魔晶石の欠片かと思ったけどよく見ると絵柄になっているし。ずっと見ていたいわぁ。」

「硬貨もどれも完璧に丸いわねぇ。まるで王都で見る精密時計の部品みたい。」

美魔女が感心したようにこちらを見返す。


その様子を見ていてふと気が付いた。

硬貨や紙幣は額面の価値では使えなくとも、その券面の美しさや加工の精密さそのものが美術品としての価値を持つ。

これは良い取引材料になりそうだ。


「もしお気に召されたのでれば、お近づきの印にこちらの青い紙幣を差し上げましょう。」

千円札を美魔女に差し出す。

「あらぁ、ありがとう。見れば見るほど素晴らしいわねぇ。一体どうやってこんな細い線を描けるのかしら。」

「王都で見るどんな肖像画よりも素晴らしいと言っても過言ではないわぁ。」

「こんなの貰っちゃっていいのかしら。お礼といってもなんにもできないけど・・・。」

「お礼なんてとんでもない。ただ私にこちらの村に滞在する許可と、エミリーの部屋で一緒に生活するご許可をいただければ・・・。」

後半は営業スマイルで言ってみた。

「あらあらまあまあ!うふふふふ、いいわよぉ。エミリー、しっかりお世話なさいね!」

美魔女は口元を扇子で覆いながら上品に笑った。


半分冗談だったが通じてよかった。

初対面の相手にこんな不躾なことを言うのは人によっては激怒されかねない。

相手に取り入る上で、まずは一つ賭けに勝ったと言っていいだろう。


「ふえぇぇぇぇええ!?ずっと一緒ですかぁー?」

エミリーが期待通り顔を抑えて赤面している。

この反応が見たかった。


「昨日も泊まったしいいだろう?エミリーだっていつでも帰ってきていいと言っていたじゃないか。」

「それとも俺が嫌か?」

「えぇぇぇ。嫌じゃないですけどぉー。」

「じゃあ決まりだな。改めてよろしくエミリー!」

「よ、よろしくお願いします・・・。」

エミリーに手を差し伸べるとおずおずと握手してくれた。


「んぅー、なんか言いくるめられた気がしますぅー!」

村長ギャレットの部屋を出ながらエミリーがふくれっ面を見せた。

「あははははは!」

半分本望、半分策略、そこは笑って誤魔化しておいた。

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