裏と表
夕刻になり、空が赤く染まるまで村中を歩き回った結果、俺はなーんか違和感を抱いていた。
街中には車一台走っていないし、舗装されていない道には馬が闊歩して糞をまき散らしている。
質素な家々はレンガの隙間から草が生え出し、塀は今にも崩れそうなほど不揃いで牧歌的だ。
待ち行く人々皆どこか薄汚れていて、藁敷の出店で売っているのはその辺で採ってきたような野草や果実、素性不明な小動物の肉...。
まるで中世ヨーロッパ。
なーんか某アニメみたいに転生したみたいだ。あるいは大きな映画のセットに迷い込んだか。
アメリカで原始的な生活を送ってるっていう、アーミッシュっていうあの宗教団体の村な可能性もある。
でも愛車で谷底ダイブして死んだ気はするんだよなぁ。やっぱ転生したか。
神よ主よ、第二の人生をありがとう。よく分からないがとりあえずそういうことにしておこう。
「ただいまぁ!」
「おかえりぃー!」
扉を開けるとエミリーが笑顔で出迎えてくれた。
「って実家みたいなノリで帰ってきましたねー!まぁいいですけどー!」
さすがのエミリーだ。すぐ許してくれる。
「イヤァ、それが俺この世界にあんまり馴染みがないみたいでね。」
「右も左も分からない」
「お金も使えないみたいだし、エミリーしばらく泊めてくれよ。宿代くらいはしっかり働くからさぁ」
「えぇー、少しの間だけですよぉー」
エミリーが少し困ったようにはにかみ笑いする。うん、やっぱり可愛い。
案外すんなり泊めてくれてよかった。
もしエミリーに拒否されたら見知らぬ異世界でいきなり野宿する羽目になっていた。
まぁ少し押せばエミリーは泊めてくれるだろうという打算的なところがなかったわけではない。
お人好しだし、腐女子だし。うん、たぶん確実に泊めてくれただろう。
エミリーと素朴な味の夕食を共にした後、当然のようにエミリーのベッドに寝転んで誘ってみる。
「ほらおいで。ここやで。」
トントン
「ななななにしてるんですかー!そういうのはまだはや...いやだめですよー!」
慌てて赤面するエミリーもやはり可愛い。
「冗談だよ。俺は今夜どこで寝ればいいかな?」
「えっ考えてなかっ...じゃじゃあここのソファを使ってくださいー!」
エミリーはてきぱきとソファにシーツを引いて藁編みの布団を用意してくれた。
質素だがなかなかに寝心地がいい。
「おぉ。快適だよぉ。ありがとエミリー。」
「じゃあもうランプ消しますからねー。カズキさんおやすみなさいー。」
「おやすみエミリー。」
怒涛の一日だった。ゆっくり考えてみると異世界に転生しただなんてとんでもない。
以前の人生は不満もあったが、物質的には満たされていた。
心からの趣味もあった。
でもこの世界はどうだろう。
これから少しばかり働いたところで得られるものはたかが知れている。
心湧くスポーツカーなんて望むべくもない。
街中で見た冷たい人々の視線。
異物を見るような、警戒するような視線。
近づいて来るな、一歩でも近づけば殺すぞと言わんばかりの視線。
この世界で俺はあきれんばかりの異物だ。
世界から拒否されていることを今日一日、全身でひしひしと感じた。
この世界でわずかに見えた光といえばエミリー、そうエミリー。
彼女の優しさだけが、他人の顔をしたこの世界に、一筋の強烈な光として差してくれている。
しばらく時間が経った頃、エミリーの寝息が聞こえる。
「エミリー、もう眠ってしまったかな?」
「エミリー、俺は実はとても感謝しているんだ。」
「俺は気を失っていつの間にかここにいたとか、記憶を失くしてこの世界のことが分からないとか。」
「そんなことを言ってたけどたぶん違うんだエミリー。」
「俺はこの世界のことを最初から何も知らないし、この部屋に現れる前、俺はたぶんこの世界のどこにもいなかった。」
「別の世界から突然飛ばされてきてしまったんだよ。」
「だからねエミリー、君が俺を救ってくれなかったら、手を差し伸べてくれなかったら、俺は世界でたった一人ぼっちでさまよって。」
「世界の誰にも気にされることなく野垂れ死んでいたと思うんだ。」
「だから君が怖がらずに信頼してくれて、お喋りしてくれて、世界を教えてくれて、食事を用意してくれて、泊めてまでしてくれて。」
「本当に感謝しているんだエミリー。」
「この恩は一生を懸けて返していくよ。」
「そう決めたんだ。おやすみエミリー。」
エミリーの背中に静かに語りかけて、カズキは深い眠りについたのだった。