エミリー
チュンチュンチュンチュン――
なんだかやけに居心地がいい。あー快眠快眠。
全身にぬくもりを感じる。まぶたの裏が明るい。
「朝か...」
目をこすりながらゆっくりと体を起こす。
ん...日光?
「ヤベェ、寝坊したか!」
急に心拍数が上がって周りを見渡したが、そこに広がるのはいつものコンクリートに囲まれた自分の部屋ではなく、見知らぬレンガ造りの小屋の中だった。
「???アレェ??」
あまりの意外性に思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
窓の外では木々が穏やかに揺らぎ、差し込む光が質素な机を黄金色に照らしている。
荒っぽい削りの床板に、ほこりっぽい土と藁の匂い。
どうやら床で大の字になって寝ていたらしい。それにしてもここは――
ガチャ
「うわぁぁぁぁぁぁあああー!」
真横の扉が開いたかと思うと両手いっぱいに本を抱えた小柄な少女が倒れこんできた。
ドサドサドサッ
本がなだれのように落ちてきて体中に覆いかぶさる。
「アデデデデ、おいちょ――」
最後の仕上げと言わんばかりに少女が全体重を預けて倒れこんできた。
「ゴヘェェー!」
みぞおちにきれいなエルボーが決まる。
「わわわ、ごめんなさいー!」
丸眼鏡を掛けなおして落ち着いた少女が謝ってきた。
「ととというか、どなたー!?」
たぬき顔の愛され真面目キャラっていう印象だ。混乱している姿が大変に可愛い。
「イテテ、ちょっと待ってくれ。こっちが聞きたいんだが、ここはどこだ?」
積み重なった本と体のほこりを払いながら聞いてみた。
割と落ち着いてしまっているが混乱しないといけないのはこっちかもしれない。
「知らないですよー!それよりどうしてヒトの家に勝手に入って寝てるんですかー!」
少女はポコポコと殴ってくるが痛くない。
「イヤ...ホントに分からないんだ。さっきまで峠を攻めてて、ハンドル操作間違って死にかけていたんだが...」
殴ってくる少女の手をそっと掴んで少女の目を真っ直ぐ見ながら言ってみる。
「ココはドコ...私はダレ...」
しばらく少女と話しているうちに話がだいぶ掴めてきた。
ここはオースチン国、国王がいて、領主がいて、今俺がいる場所はその領主の屋敷からほど近い村の本屋の離れらしい。
少女の名はエミリー。
普段本屋で働いていて、この離れで生活している。
本を読むのが好きで、本屋から持てるだけ持ち出しては離れで読みふける日々を送っているとのことだ。
「ヘェ~、エミリーはいつもどんな本を読んでいるんだ?」
「えーっといつもはぁー、偉い人の伝記とかー、旅行記とかー、冒険記とかー」
「恋愛小説とかー・・・」
ん?ちょっと目が泳いでる?
「ヘェ、じゃあそのファンシーな表紙の本も恋愛小説?」
「えっええっ、これはその・・・、そう!恋愛小説!」
「へー、それにしては表紙の二人、どちらも男っぽい服装してるけど」
「え”っ、...そう、男の子同士の...恋愛小説」
恥ずかし気ににやけながらエミリーが答える。
そうか、この子はそうか。お腐りになられておるのか。
「それにしてもオースチン...そんな国聞いたことないぞ?どのあたりの国だ?」
「ええっ、そんなはずはないはずですよー。だってこの大陸には4つしか国がなくってー、オースチンは一番大きい国ですよー?」
「ああっ、カズキさんは他の大陸から来られたのですねー!失礼しましたー!」
エミリーは少しバツの悪そうな顔で詫びている。
「いや...4つしか国のない大陸...?そんなのあったっけな?」
地理には疎いが5大陸くらいは分かる。その中で一番大きな国なら聞いたこともあるはずだが?
「ああっ、世の中にはまだまだ交流の少ない大陸もありますからねー!カズキさんは相当遠くからいらっしゃったのですねー!」
ウーン、気を遣ってくれたのだろうか。
いったんスルーしておくがいくらなんでも大陸単位で知らないなんてことは...。
「イヤしかしすっかり邪魔したね。うっかり迷い込んで気を失っていたみたいだ。」
エミリーが出してくれた紅茶を楽しんだあと、こう別れを切り出した。
あまり女の子の部屋に居座るのも悪いだろう。
「何か思い出すことがないか辺りを探検してみるよ。エミリー、いろいろとありがとう。」
「いえいえとんでもないー!何か思い出せるといいですねー!」
「カズキさーん、困ったらまたいつでも戻ってきてくださいー!」
エミリーは笑顔で送り出してくれた。
突然部屋で寝ていた男にこんなに親切にしてくれるとは、エミリーはなんていい子なんだ。
悪い男に騙されないよう願うばかりだ。
そうしてカズキはレンガ造りの街並みへ繰り出していくのだった。