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超えろ限界!異世界転生

「お疲れさまでしたー」

夜も10時を回って死んだ目をしている同僚を脇目に、地下の駐車場へ向かう。

カビ臭く暗いエレベータのドアが開くと、そこは俺――しがない会社員カズキにとって夢のようなガレージだ。


「フンッフフンッフフー♪」

鼻歌を歌いながら駐車場を進んでいく。

GT-R、BMW、ジープ―

アウディ、カマロ、フィアット―


車好きの多いこの会社の駐車場はさながらモーターショーの展示スペースのようだ。


―コツ、コツ、コツ――

コンクリートに靴音が良く響く。

火照った顔に地下の冷たい空気が心地いい。


ポルシェ、NSX、フェアレディZ―

立ち並ぶ高級車は錚々(そうそう)たる面々だ。

しかしいつ何時でも俺の目に一番に飛び込んでくるのは駐車場の一番奥に停まっている1台の車だ。

滑らかな曲線を描きながら深緑に艶めく車体、小柄なボディに秘めたるパワー。

カーキ色の(ほろ)が特徴的な車はそう、マツダ NA8Cユーノスロードスターだ。

いつ見てもゴキゲンな顔付きが気分を高揚させる。


ガチャッ―

プラスチックの変質した少し古臭い匂いがする車内に体を滑り込ませ、一呼吸おいてキーを回す。

カロカロカロッグヲォォォン!

1800ccのBPエンジンは今日も快調だ。

カコカコッ

小気味良く入るショートストロークのシフトノブを1速に入れ、クラッチの感触を足で味わいながら車を出す。

「イエェェア!!」

否応なしに高まるテンションのもと、思わず叫ばずにはいられない!



――ビルの明かり(きら)びやかな街中をしばらく転がし、夜間無料のハイウェイを一通り飛ばすと、いつもの黒い山体が見えてくる。

虹臼峠

曲がりくねった山道、いわゆるワインディングコースが続く楽しいコースだ。

カズキは夜な夜なロードスターのタイヤで虹臼峠のアスファルトを切りつけていくのが趣味だった。

キュルキュルキュルキュル!

タイヤと道路の摩擦でゴムが焼ける匂いがする。

ガタガタガタガタ!

激しい振動でロードスターの小柄な車体がきしむ。

チャカチャカチャカチャカテカテカ♪

車内に響くユーロビートに合わせハンドルを切り込む。

ガードレールが、センターラインが、カーブミラーが、次々と流れ過ぎ去っていく。

次のカーブ、次のカーブ、、、

いくつもの難所をギリギリでかわしながら、集中はますます深まり、呼吸は浅さを増す。

(まばた)き一つのワンミスが死を招く緊張感、冷や汗が頬を伝いハンドルを握る手は滲む。

最高だな!


――虹臼峠を登りきるとちょっとした駐車場と販売機がある。

興奮ですっかり出来上がった体とエンジンを夜風で冷やしながら、いつものように外灯の下でホットな缶コーヒーを開ける。

もはやルーチン化して儀式じみた行為だが、この休息こそが生の実感を与えてくれる。

白い吐息を吐きながら缶コーヒーのぬくもりで手を温めると、殊更に頭が冴える。

俺はこのままの人生でいいんだろうか。

好きだったはずの車に囲まれ好きだったはずの車をこの手で生み出していく今の仕事。

ただ最近はマンネリを感じる。

本当に作りたいのはこのロードスターのように乗っていて楽しい車だ。

エンジンの(とどろ)きが、車体のいななきが、ガソリンとタイヤの焼けるフレーバーが、心の底から感性を震わせる!

しかし今の会社の方針は違う。

とにかく売れる車。万人受けする車。無個性なスタイルで量産され無味無臭なモーターで"動く"だけの物体。

毎日毎日こんな下卑たモノを作り出すためだけに働くのであれば、俺の人生の意味は何なんだろう?

このまま無為に定年まで働くだけなら、そろそろ転職先でも考えた方がいいのだろうか?


「フーーッ!」

今日一白く大きい吐息をつくってから、飲み干した缶コーヒーを自販機横のゴミ箱に投げる。

スコーンッ

うまいシュートが決まった。気分は上々だ。

そろそろ戻ろう。


――虹臼峠の下り。下りこそ総重量1トンにも満たない軽いロードスターの車体が活きる場面だ。

ほんの少しエンジンを吹かして勢いで山を下る。

迫るカーブに車体を滑らせ、路肩の草にテールリップでキスをする。

思いのままだ。車体も、それを操るこの体も、流れる道路も、空気さえ、すべて俺の支配下だ。

今より機械と溶け合って一体になれたことはない。


そう思った次の瞬間だった。

ヘッドライトに浮かぶ、気味が悪いほど白い肌に白いワンピース。

――人。

道の真ん中に立っていたそれを避けるため、反射的に大きくハンドルを切ると、限界ギリギリで走っていた車体はすぐにバランスを崩した。

ギャギャギャギャギャギーーーッツ

一度スピンし始めた車体はどんなにあがこうと制御できない。

流れる風景の中で一瞬だけ避けたものの正体が見えた。

なんだ、木綿か。

ガシャアァ

ガードレールを突き破る、我が愛車、深緑のロードスター。

宙に浮かぶその姿を外から見れたらどんなに美しかろう。

まぁ、愛車と逝けるなら悪くないかな?


カズキとその愛車は遥かな谷底へ落ち、爆発炎上した。

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