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五十三、陛下の私室にて

「よくぞ、戻った。待っておったぞ。手紙が来ないので心配しておった。で、首尾はいかがであった」

「はい、そのまえにお人払いをお願い出来ませんか? 陛下にのみお話した方が良いように思うのです」


 魔法使いの長、オルグさんと陛下が顔を見合わせた。


「オルグなら大丈夫だ。報告せよ」

「わかりました」


 スタッドさんの忠告通りにしようと思ったのだけれど。

 陛下の命令とあれば、仕方ない。

 あたしは、闇の神の体に入ろうとして、魔素を喰らっていた怪獣を倒したと報告した。


「つまり、魔素を作る器官に怪獣が住み着き魔素を喰らっていたと」

「はい、さようでございます」

「しかしまあ、運の良い方でございますなあ。たまたま、剣をさしたら怪獣の急所をつらぬき倒してしまったとは」


 長があきれたように言う。


「それで、そなたに怪我はなかったのか?」

「はい、怪獣が飛び出して来た時に跳ね飛ばされましたが、特に大きな怪我はありませんでした」

「それは良かった」


 陛下って優しい!

 まず、あたしの体を心配してくれるなんて!


「ありがとうございます。でも、その後、怪獣が爆発しまして、怪獣がばらばらになってしまったのです。その上、怪獣のかけらが世界に飛び散ってしまいまして、大きなかけらは女神様の使途様達が回収してくれたのですが、小さなかけらはあたし達人間がなんとか出来るだろうと、女神様が。かけらには魔素が大量に含まれてて、かけらを喰らうと怪物になるそうなんです」

「なんと!」

「女神様が、このネックレスを下さいました。かけらに近付くと、中央の石が赤く光るそうです」


 陛下と長が難しい顔をした。


「そのかけらの色と形状は? そなたの首飾り以外では、どこにあるかわからぬのか?」

「えーっと。大きさは拳大から人の頭くらいの大きさまで様々ではないかと。えーっと、あくまで、あたしのイメージですが、色は黒っぽい茶色じゃないかと思います。怪獣は、百足のような体をしていました。黒っぽい茶色でてらてらしてましたから」

「雲を掴むような話だな」

「あたしの責任です。考え無しに行動してしまって」

「自分を攻めるな。それで、そなたは回収の旅に出るのか?」

「はい、あたしの責任ですから行こうと思います」

「参考になるかどうかわかりませんが、昨夜、夜空に九つ、星が流れましてございます。もしや、そのかけらではないかと。幾つかは魔物領に落ちたようにございます。これは早めに回収せねばなりますまい」


 魔法使いの長、オルグさんが白く長いヒゲを撫でながら言う。


「もし、このかけらが悪しき者の手に渡れば、強力な力を手に入れた事になります。早急に対応せねばなりますまい。隕石の落ちた場所はある程度絞り込めると思います」

「すぐに、冒険者ギルドに連絡せよ。余も探索隊を組織してすぐに回収に向かわせよう。あくまで、隕石の回収としてな」

「はは」

「オルグ、席を外せ。余はアズサに話がある」


 え?

 陛下が話って何?

 オルグさんが退出した後、陛下があたしの手を取って呪文を唱えた。

 ああ、陛下の私室へ行くんだと思った瞬間、着いていた。

 魔法陣の外に出る。


「かけてくれ。今、茶をいれよう。ポット、お茶。余と客人に」


 いつかの夜のように、棚からお茶のセットが飛び出して来て、テーブルの上に紅茶が用意された。お茶の香りがあたりに漂う。

 陛下が唐突に言った。


「……、余の妃になって欲しい」

「は? 今、なんて? え? え? え? 妃?」


 え? どういう事?


「余の妃になって欲しいのだ。頼む」

「で、で、出来ません」

「何故だ。余が嫌いか?」

「ていうか、何故、あたしなんですか?」


 必殺返事伸ばし!

 質問に質問で答えて、返事を伸ばすのよ。

 その間に考えなきゃあ。

 陛下を傷つけずに断る理由を!


「そなたは余を人と認めてくれた。おかげで、どれほど自信がもてたか。余の正体を知って、尚、余を人間だと言ってくれたのだ。他の者は、余の正体を知ると必ず嫌悪する。母もそうであった。母がこのような体にしたというのに」

「あの、陛下の生い立ちには同情します。ですが、結婚は出来ません。なぜなら、あまりにも価値感が違い過ぎるからです。あたしが生まれて育った世界では、身分制度はありませんでした。ですが、陛下は身分制度の中でもっとも位の高い者としてお育ちです。無理です。一生添い遂げるなんて、絶対無理です。ですが、臣下として、精一杯お仕え致しましょう」

「つまり、命令には従うと」

「はい、あたしは、陛下を信じております。無体な命令はなさらないと」

「頭のいい人だ。そのように釘を刺されたら、無理矢理後宮にいれるわけにもいかぬではないか」


 陛下が薄く笑った。

 そして、ふっとため息をついて言った。


「では、そなたに命じる。世界に落ちた怪獣の破片を回収せよ。尚、我が領土に落ちた破片の回収は援助するが、我が国以外の領土に落ちた破片は、そなたの力で解決するように」

「つまり、他の国へ行く費用は出さないという事ですね」

「ああ、予算がないからな」

「そんな事言わずに出して下さいよ」

「そなた、金持ちなのだろう。自分で何とかせよ」

「もう、ケチ!」


 陛下が笑いだした。


「余にケチと言ったのは、そなただけだ」


 あたし達は顔を見合わせて笑った。

 これでいいいのだ。

 陛下とあたしとの距離は。


「あの、報告が遅れましたが、実は、創造神様から魔素が減っている原因を解決したので褒美を遣わすと言われ何か望みはないかときかれましたので、陛下を人の体にして差し上げて下さいと望みました」

「それは、まことか!」

「はい、それと同時に、アレクシス様を静かな眠りに付かせて下さいと」

「それで、創造神様はなんと?」


 クリスタルのビンをポシェットから出してテーブルの上に置いた。


「本人達が望むなら、これを飲ませるようにと」

「これか、これを飲めば、人の体になれるのだな」

「はい、ただ、アレクシス様は眠りにつく事をお望みでしょうか?」


 ビンに伸ばされた手がピタッと止まった。


「おじいさまか、わかった。説得してみよう。しかし……」


 陛下が何事か考えておられる。

 そして、もう一度ビンに手を伸ばして一気にあおった。


「えええ、ダメですよ! アレクシス様の気持ちを確かめないと」


 が、陛下の体はすでに変化が始まっていた!


「うわああああああ」


 陛下の体が青白く光る。

 体が発光して、崩れていく。

 どろどろのゼリー状になったかと思ったら、二つに分かれた。

 一方が人の形になって行く。

 もう片方は白いエンペラ−スライムになった!

 エンペラースライムの体の表面に男の顔が浮かぶ。


「これは、なんだ! 何が起きた!」

「せ、先輩!」

「梓、君か! 君が僕をエンペラースライムにしたのか?」

「ち、違います。えーと、あの、魔素が減っている原因を突き止めようと闇の神の体に入ろうとしたんです。女神様から貰った剣で喉に穴をあけて、そこから入ろうと。医学ドラマで時々やってるじゃないですか。そしたら、魔素を作っている器官に怪獣が住み着いてて、そいつが魔素を食べてたんで魔素が減ってたんですが、たまたま、剣で怪獣を刺し貫いてしまって、その倒してしまって。つまり、魔素減少の問題を解決しました。えーっと、科学は使わずに、その、あたしの運だけで」


 あたしは、一気にまくしたてた。

 支離滅裂っぽいけど、先輩には伝わったみたい。


「運だけで解決しただと! いや、やっぱり、科学を使ってるよ。そうだろ、喉に穴を開けるなんて、医学ドラマを見てて考えついたってことは、ドラマを作って配信する技術のおかげで、君は喉に穴を開けようと思いついたわけだ。科学が無ければ、やはり無理だったってことさ。それより、何故、僕はエンペラースライムになった?」

「えーっと、魔素減少の問題を解決したから、創造神様から褒美を与えると言われて、何か望みはないかときかれて、陛下を人の体にと願ったんです。そして、先輩を静かに眠らせてほしいと」

「なんだって! なんてことを願うんだ。いつ、頼んだ、永遠に眠りたいなどと!」

「でも、でも、エンペラースライムの体を使って、生き延びるなんて、間違ってます」

「それは、君の考えだろう。僕の考えでも望みでもない。僕は永遠の命を手に入れたんだ。この体がダメになったら、また、エンペラースライムの体にこの体をいれれば、永遠に生きられるんだ。だれが、死を望んだ!」

「でも、でも。お願いですから、やめて下さい。そんな事」

「それで、ヴォルフガングはどうなった?」


 あたしと先輩が言い争っている内に、陛下の体は完全な人型になっていた。

 お召し物が破れてぼろぼろだ。

 床に倒れた陛下に駆け寄る。


「陛下、大丈夫ですか?」


 呼び掛けると、陛下がうっすらと目を開けた。


「ああ、大丈夫だ。ポット、水!」


 陛下がゆっくりと起き上がった。

 苦しそうだ。

 飛んで来たお盆の上のコップからゆっくりと水を飲んだ。


「これが、人の体か、さほど、変らぬな。良かった」

「おい、ヴォルフィー、そなた、なんという事をしてくれたのだ。おかげで、儂は追い出されたではないか」


 あれ、言葉使いが先輩と違う。

 ああ、そうか、陛下と話す時は、陛下のお祖父様になっているのね。


「お祖父様、やはり、そうなりましたか」

「なんだと」

「薬を貰った時、アズサは、これを飲めば余は人になりお祖父様は死ぬと思っているのだと、理解しました。しかし、余の解釈は違います。薬は余とお祖父様を分離する物だと直感的に判断しました。それで、あなたにお伝えする前に薬を飲んだのです。やはり、思ったとおり、あなたと余は分離しましたね」


 陛下が立ち上がった。


「アズサ、礼を言う。創造神に余の体を人に戻してほしいと願ってくれて。これで、何に臆する事なく生きていける」

「儂はどうなるのだ! このような、エンペラースライムの体になって、そなたの魔力がなければ、ひ、人型を保てぬではないか! これでは、魔物として狩られてしまう!」

「やはり、私の魔力がなければ、人型になれぬのですね。子供の頃はあなたの力が必要だった。だが、成人した頃から、あなたに魔力を使われているような気がしていた。余を守ってくれているあなたに魔力を使われたからといって、どうしてあなたを責められよう。ですが、余は人の体になりたいのです。どうか、此度の行いをお許し下さい。あなたは、余がテイムした魔物と致しましょう。それなら、誰もあなたを傷つけますまい。そして、もし、眠りにつきたくなったら、この薬を飲めば良いのです」


 え? クリスタルのビンが青い水で満たされている。

 変ねえ、薬は陛下が全部飲んだ筈なのに。


「どういうこと?」

「この液体は、ただの水なのだろう。余とお祖父様が飲んだ時だけ、効き目が現われるのだ。お祖父様、どうします? これをお持ちになりますか?」


 その時、先輩が、エンペラースライムが陛下に襲いかかった。


「もう一度、儂と合体するのじゃあ」


 エンペラースライムが、叫びながら膜を大きくはり陛下を包もうとする。

 陛下の顔がエンペラースライムでおおわれる。


「だめー、そんなことしたら、陛下が死んじゃう!」


 夢中で、エンペラースライムを引き離そうとした。

 だけど、強い力で投げ飛ばされた。


「先輩、やめて!」

「梓、僕はもう君の先輩じゃない。この国の王、アレクシス・デルズネールだ!」


 サイコキネシスを使って、思いっきり先輩を引っ張る。

 だけど、顔からはがれない。

 腕が自由になった陛下が剣をエンペラースライムに刺した。

 が、先輩はダメージを全く受けてない。


「エンペラースライムを剣では倒せぬと習わなかったのか、え、ヴォルフィー!」

「ぐう」


 陛下がうめいている。

 スライムを倒すには、核をつぶさなきゃ。

 でも、エンペラースライムの核ってどこー?

 白く濁った体のどこに核があるの?


「ぎゃあ」


 エンペラースライムの体が凍てついた。

 陛下が剣に付与されていた氷魔法を発動させたのだ。

 凍ったエンペラースライムの体がぐらりと傾いた。

 陛下がエンペラースライムの体を押し退け立ち上がる。

 壁にかかった斧を取り上げ、エンペラースライムの体に降り降ろした。

 砕かれた氷のかけらが四方に飛び散る。

 その中から赤黒いかけらを取り出してさらに打ち割った。


「それが、核だったんですね」

「そうだ。これで、やっと、お祖父様から開放された。やっとだ」


 陛下は、エンペラースライムの死骸を見下ろしてしばし呆然と立っていた。

 それから、大きく息を吐いて、ソファにどさりと横になった。

 呼吸が荒い。疲れたのだろう。


(バトラー、ポーションだして)


 目の前に現われたポーションを陛下に差し出した。


「陛下、ポーションです。少しはお疲れがとれるかと」

「ああ、ありがとう」


 起き上がってポーションを飲む陛下。

 少し、顔色がよくなった見たい。


「さあ、戻ろう。オルグが心配している」

「はっ」


 陛下と共に魔法陣に入り長の部屋へ戻った。


 


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