四十七、先輩の書斎
新王の祝賀行事が終わって時間が空いたので、以前から見たかった先輩の研究室を見に行った。
先輩がどんな生涯を過したか、いろいろな人から切れ切れにきいていた。
とりあえず、善政をしいていた事は教えてもらった。
そして戦争がない。
魔物との戦いはあっても他国との戦いがないのだ。
理由を訊くと、パルテス王国は魔物領と接しているので、他国から攻められる事がないのだそうだ。つまり、パルテスを征服すると、もれなく魔物領がついてくるわけで、いうなれば、パルテスのおかげで、他国に魔物達が侵攻しないともいえる。
むろん、魔物達はいろんな所にいるから、他国でも魔物は出るけど、被害は少ない。
先輩の書斎で日本語のノートを見つけた。
あの魔導砲の開発日誌だった。
それによると、まず、小型の魔導砲を作ったとあった。
つまり、小型モデルを作って、性能を確かめたってわけね。
それから、大型の制作に入ったみたい。
そして、こんな一文があった。
『これを改良すれば、銃として使えるかもしれない』
うーむ、これは。
書斎を探すと、埃をかぶった箱の中に小型モデルがあった。
テーブルに出して、使用説明書に従ってスイッチを入れてみた。
起動する。
スタッドさんが、険しい顔をして叫んだ。
「おい、やめろ。ここで、魔弾を発射させる気か!」
慌ててスイッチを切る。
でも、性能を調べてみたかったので、王宮の魔法練習場に行って起動して見た。
百分の一のモデルだったけれど、威力はバッチリ。十メートル先の的を粉々に出来た。
けれど、起動するまで時間がかかるし、やっぱり、周囲の魔素が薄くなった。
「この程度なら、魔法で魔弾を打った方が早いな。だが、周囲から魔素を集めるのではなく、魔石を使えば魔法を使えない人間でも魔弾を発射出来る。アレクシス陛下はその辺りを考慮して開発しなかったんだろう」
実際、日誌には小型モデルの話はそれきりだった。
書斎に戻るとヴォルフガング陛下が待っていた。
「何か、見つかったか?」
「はい、魔導砲の小型モデルがありましたので、性能を確かめて来ました。それと、私の国の言葉で書かれた魔導砲の開発日誌がありました」
「その日誌、我々の言葉に翻訳出来るか?」
「わかりません。ですが、あたしは言語習得スキルを持っておりますので、書き写したらこちらの言葉になるのではないでしょうか?」
「ふむ、やってみよ」
書斎にあったぺんとインクを使って、開発日誌と書いてみた。
だけど、変わらない。日本語のままだ。
「あれ、駄目ですね?」
「しかし、そなたの言葉は我々の言葉だ。日誌を読み上げてみてくれ」
あたしは、開発日誌の最初のページを読み上げた。
「わかった、もう良い。こちらの言葉に翻訳出来ないようだ。お爺さまがわざわざそなたの国の言葉で書いたのは、同じ物を作らせない為だろう。あれの威力は凄まじかったからな。……話は変わるが、此度はそなたのおかげで、ハーピーを退治出来た。礼を言う。近々、褒美をとらせよう。希望はあるか?」
「いえ、特には」
王様がふっと笑う。
「欲の無い人だ。そなた、宝石が好きだと聞いた。何か、考えておこう」
「あ、ありがとうございます!」
王様はマントを翻し、お供の人達と行ってしまった。
「うー、疲れる」
肩をこきこきさせて緊張をほぐす。
「王がアズサさんの好みを覚えておられたなんて! 私、感動してしまいました」
サンドラさんが目をキラキラさせて言う。
「王は独身です。近いうちに花嫁選びをされるでしょう。もしかしたら、アズサさんもその候補になるかもしれませんね」
「はあ~? いやよ。そんなの」
「何故ですか?」
サンドラさんが驚いていう。
「王妃になれるのですよ。これほど、名誉な事はないではありませんか?」
「……、好きでもない人と婚約とか、ありえん! しかも一方的に選ばれるだけとか、選ぶのはあたしよ!」
「まあ、仮にあんたが王を選んだって王妃にはなれんから安心しろ。なれても第二夫人までだな」
「だからぁ、王とどうのこうのって無いから。この話はここまで!」
いくら姿形が先輩と激似だからって、中身が違いすぎるってのよ。
「どうして、アズサさんは成れても第二夫人までなんですか?」
サンドラさんがヒソヒソとスタッドさんにきいている。
「王妃は有力貴族か、隣国の王族の姫と決まっている。知らなかったのか?」
「いえ、存じています。ですが、異世界からの姫ですよ。アズサさんの知識や能力を考えたら王妃になっても問題はないと思いますが」
「だが、貴族の血筋ではない。王家となると血筋が一番だからな」
「ですが、現陛下のお爺さまも異世界からの人でした」
「男は別だ。王の能力が低いと国が潰れるからな。だが、女は子供を産まなきゃならん。将来の王子の後ろ盾となる親戚は高位貴族や王族でなければまずいだろう」
「それは、アズサさんを有力貴族の養女にすればいいだけなのではありませんか?」
「確かに、養女にすれば問題ないだろうがな。あんた、アズサを王妃にしたいのか?」
「ええ、まあ、女としての最高の出世は王妃ではないかと思いますので」
サンドラさんの価値観がこの世界では一般的なんだろう。
でも、変ねえ。
王様って普通、政略結婚すると思うんだけど。
ここでは違うのかな?
「ねえ、王様に婚約者はいないの? 普通、王様の結婚って、政略結婚じゃない?」
「……、王の婚約者は亡くなられたのです。塔から落ちて。伝え聞いた所によると、その死顔は恐怖に満ちた顔をしていて、よほど恐ろしい目にあって逃げようとして塔から落ちたのではないかと言われています」
「その塔ってのは、北の塔だろう。普段は閉鎖されている」
「そうなんです、何故、宰相の姫が夜、そんな所に行ったのか、わからずじまいでした」
「え! 婚約者って宰相の娘さんなの」
「そうです。その後、他の方を婚約者にしようとしたのですが、王は亡くなった婚約者の姫を忘れられず、結局、誰とも婚約せずに王位に就いたのです。ですが、王になった以上、王妃を娶らぬわけには行きません。世継ぎの王子を早々に決めないと、ディートハルト殿下が王位を狙うかもしれませんから」
ふーん、王様って大変なのね。
「外つ国の姫君との縁談とかないの?」
「実は、戴冠式の後のパーティで外つ国の姫君達とお見合いをする予定でした。ですが、ワイバーンの襲撃でそれも適わず。結局、外つ国の姫君とのお見合いは流れてしまったのではないかと思います」
「お気の毒に。でも、候補はいるんでしょう?」
「ええ、います。外つ国の姫君ではなく我が国の姫君ですが、宰相の二番目の姫や、公爵家の五番目の姫君、あと有力貴族が名乗りを上げています。ですが、いずれの姫君も、普通の貴族に嫁ぐなら素晴らしい姫君なのですが、王妃となると些か難のある姫ばかりで……」
「でも、政略結婚なら、宰相に縁のある姫君がいいんじゃないの?」
「宰相の二番目の姫は、まだ、八歳。大人になるのを待つという手もあるが、王の兄君の挙動を考えると早急に子供を作って世継ぎを決めなきゃならん。では、公爵家ゆかりの姫、つまり宰相の妹なんだが、この姫は王より年上だし、しかも、聖魔法を使えるっていうんで、教会に入って尼になっている。還俗させてもいいが、教会がなんというか」
「ですが、性格、聖魔法の能力、聡明さ、品位のある美しさ。この方ほど王妃にふさわしい姫はいないでしょう。王家の男子と年回りが合いさえすれば、最高の姫君だったのですが」
王家の結婚問題は、お家騒動の定番だな。
とにかく政権が安定して、人々が政権交代による混乱のとばっちりを受けなければいいんだけどな。
机の中からスマホを見つけた。
何十年も経っているので、バッテリーが膨らんで壊れていた。
涙がにじむ。
スマホはあたし達にとっては、分身みたいな物だ。
いつも身につけていて、これで、世界と繋がっている。
それが無惨に壊れている。
先輩の死をひしひしと感じた。
「大丈夫ですか?」
サンドラさんが、背中にそっと手をおいてくれた。
「ええ、大丈夫。さ、行きましょう。一度で見てしまえる量じゃないし。何か探したくなったら来ればいいから」
あたし達は先輩の書斎を出た。
翌日、大広間でハーピーとドルクが起こした事件について報告があった。




