四十四、事件を推論する
話はナシムの街で起きた魔法使いの死から始まる。
或る日、冒険者パーティ夜明けの鉄剣の魔法使いウーリッヒが、いつもの集合場所に来なかったので、リーダーのハンスは魔法使いを探しに彼の家へ行った。扉を叩いたが返事がないので、裏手に回って板窓の隙間から中を覗いたら、寝室のベッドの上に魔法使いが寝ているのが見えた。名前を呼んだが起きない。窓をどんどんと叩いてもぴくりともしない。おかしいと思って、表に戻りドアを破って中に入った。名前を呼びながら寝室に飛び込み魔法使いを揺さぶったが既にこときれていたという。
魔法使いウーリッヒはいい年だったので、寝ている間に死が訪れたのだろうと、皆さして疑問に思わず聖教会に届けて遺体を埋葬して貰った。
冒険者パーティ夜明けの鉄剣は、レッドボアに深眠の術をかけ、生きたまま王都に運ぶのを生業としている。深眠の術をかける魔法使いがいないと困るので、ギルドに新しい魔法使いの募集をかけた。
その時応募してきたのが、新人のアンジェラだった。アンジェラが持って来た魔法魔術学校の卒業証書は確かな物だったし、特に彼女を疑う理由はなかったので、冒険者ギルドは彼女を冒険者パーティ夜明けの鉄剣に紹介した。彼らもまた、アンジェラを雇わない理由はなかったので、新規メンバーとして採用したという。
ところが、彼女がレッドボアにかけた深眠の術は浅く、レッドボアは運搬の途中で目を覚まし大暴れして船を壊して逃げ出し大河ラングを泳いで渡る途中、大型船レッドスター号を沈め魔物領へ逃げて行ってしまう。
「我々は、スタッドに逃げ出したレッドボアを殺処分する仕事を依頼したのです。聖なる大河ラングを泳いで渡る魔物は確実に殺さなければなりません。街に戻って来られては大変ですからね。ところが、その個体は既に死んでいたのですよ。大河ラングから上がった後、まっすぐ走って岩に激突して死んでいたそうです」
「そうなんだ。いくら、大河ラングに浸かって正気を失っていたからといってもだな、まっすぐに走っていくというのは、どう考えても異常なんだ。途中にある木々をなぎ倒し、身を隠そうともせず、草原を突っ走りまるで、前が見えなかったように大岩に激突するとか、どう考えてもおかしいんだ。それで、まさかとは思ったが、冒険者ギルドにアンンジェラを調査した方がいいんじゃないかと言っておいたんだ」
「ナシムの街の冒険者ギルドから、アンジェラについて照会があったので調べた所、魔法魔術学校を卒業したアンジェラなる女魔法使いは確かにいました。しかし、彼女は卒業した後、実家のある田舎に帰ると言っていたらしいのですが、もちろん彼女の実家はナシムではありません。ナシムとはまったく関係ない村なのです。で、村長にアンジェラについて訪ねる手紙を出したら返事が来ましてね。村には帰ってないというのですよ。では、ナシムの街に現れた女魔法使いはアンジェラ本人で、レッドボアの奇妙な暴走はやはり大河ラングに浸かったからなのか?」
ジラックさんが言葉を切って、紅茶を一口すすった。
「やはり、それはおかしいのですよ、どう考えても。そこで、ナシムの街を出た後のアンジェラの行方を探したのです。ところが、船の賠償金を奴隷落ちして払った後、行方がわからなくなっているのです。彼女が取引した奴隷商人に行方を尋ねようとしたら崖から落ちて死んでましてね。先程ハーピーが現れたと聞いて、ハーピーがアンジェラに化けレッドボアに妙な暗示をかけて死に至らしめたのではないかとスタッドと話していたのですよ。ハーピーなら出来ますからね」
ジラックさんが、もう一度、紅茶のカップを取り上げて一口すすった。小指にアウイナイトが嵌った指輪をしている。
なんて鮮やかなコバルトブルーなの!
こんな時でなかったら、見せて貰うのになあ。
ああ、宝石用のルーペを使ってあのアウイナイトを覗き込みたい!
ジラックさんがあたしの視線に気付いたのか、ちらっと指輪を見てあたしにニッと笑いかけたがすぐに表情を引き締めた。
「では、どこで、ハーピーがアンジェラになったのか? おそらく、アンジェラがナシムの街で冒険者登録した後でしょう。冒険者に登録するさい、鑑定を受けるのですが、鑑定を受けたら、ハーピーだとわかってしまいますからね」
「田舎に帰ると言っていたアンジェラがナシムの街に行ったのは、ハーピーが暗示をかけたからじゃないかと思う。つまり、ずっと前からハーピーは王都の近くにいたってわけさ。王都には結界が張ってあってテイムされた魔物やスライムみたいな弱い魔物以外は入れないからな」
「だとすると、魔法使いのウーリッヒさんは殺されたんでしょうか? だって、王都からナシムまで二週間近くかかるのに、彼女がナシムの街についたら偶然死んでたなんて、ありえない」
「その可能性が高いな。魔法使いウーリッヒを自然死に見せかけて殺し、冒険者パーティに潜り込む。レッドボアを操ってレッドスター号を沈め、用が済んだらレッドボアを自死させる」
「でもでも、何故、ハーピーがレッドスター号を沈めるの?」
「今回の魔物大暴走にハーピーが関係していとわかったから、推論出来るんだが、大型船を沈没させたのは、航路を塞いで王都に小麦を運ばせないためだったんだろうと思う。もっと、いえばだな」
「私が説明しよう。小麦が不足したらどうなると思いますか? アズサさん」
「え? 王都の人が飢えるんじゃないですか?」
「人間は飢えると荒みます。暴力が日常茶飯事になり、王都は内部から崩壊するでしょう。結界があって魔物が入って来なくても、人々によって王都が破壊される事になりかねません」
「えー、それって大変じゃない!」
「では、人々を飢えさせないためにはどうしたらいいか、簡単です。飢饉の為に備蓄した小麦を放出すればよいのです。しかし、飢饉の為の麦を放出するとなると、人によってはパレードの観客を集めるために小麦を配ったなどという悪口を、現王の治世の間、いや、子々孫々まで語り継がれる事となるでしょう。飢饉の為の備蓄の小麦を飢饉以外の理由で放出するというのは大変不名誉な事なのです。現王の評判が地に落ちれば、退位を迫る事が出来ます。つまり、現王の兄上、妾腹のディートハルト様を王位につけやすくなる」
「そのとおり。さっきもオルグと話していたが、ハーピーとテイマーはディートハルト様を王位につけようと暗躍しているのだと思う」
「今回の二つの事件、レッドスター号の沈没と魔物大暴走が、ハーピーによってつながりました。アンジェラに化けたハーピーが王都に入った可能性があります。皮をかぶって人に化ければ王都の結界を通り抜けられますからね。アンジェラの似顔絵を作って探させましょう。魔法魔術学校の教師なら彼女の顔を覚えているでしょう」
「アンジェラの似顔絵か、それなら、ラーケンに頼んだ方がいい。アンジェラに最後にあったのはラーケンだからな」
「至急、ラーケン船長に依頼して似顔絵を作って貰って下さい。私はこの件を魔法使いの長オルグ様に報告します」
みんな役目を決めてばたばたと動き出した。
あたしもスタッドさんと一緒に水運ギルドに向かう。
「ねえ、どうして魔法魔術学校にアンジェラの似顔絵を頼まないの?」
「アンジェラが顔を変えている可能性があるからな。最後にあったラーケンの方が適任なんだ」
「顔を変える?」
「魔法魔術学校を卒業した女生徒は、ちょっとした整形をする者が多い。薬草の知識を使ってそばかすを消したり、イボをとったり、アバタを消したり髪の色を変えたりするんだ。だから、最後に会ったラーケンの方が適任なのさ」
どこの世界の女の子も皆、キレイになりたい!って思うのね。
お肌からそばかすが消えただけで、印象が変わるものね。
道すがら王都の復興状況を見てまわる。少しづつ街が立て直されているのがわかる。
水運ギルドの屋根は元通り修復されていた。対岸の魔物の脅威が減ったので、中止されていた通常業務が再開されていた。
ラーケン船長がいないか探していると、職員の人が「ラーケン船長なら港に行きましたよ」というので、港に向かった。
港は、魔物の脅威が収まったので王都ルフランに戻ってくる人々でごった返していた。
テレパシーを使って探そうかと思った時、港の桟橋を大河ラングに向かってまっすぐ歩いて行くラーケンさんを見つけた。
「ラーケンさん!」
大声で呼んだつもりだったが、聞こえなかったのか、そのまま歩いて行く。
どこに行くつもりだろう。
(ラーケン船長!)
とテレパシーで話しかけた。
(まっすぐ歩いていくのよ。河に向かってまっすぐ。河に着いたら飛び込みなさい)
という声がラーケン船長の心の中に渦まいていた。
「だめーー!」
と叫んだその瞬間、ラーケン船長が河に飛び込んでいた。
サイコキネシス全開でラーケン船長を掬い上げる。
港まで運んで、そっと地面に横たえた。
気絶している。
スタッドさんが、ラーケン船長の顔をパシッパシッとはたいた。
「おい。起きろ、ラーケン!」
耳元で大声で叫ぶ。
「うーん」といいながら目を覚ます船長。
幸い水を飲んでいなかったみたい。
「おや、皆さん、お揃いで。どうなさいました?」
「ラーケン! 気がついたか!」
「え? 私はなにを?」
ビショビショになった自分の服を見て顔をしかめている。
「私は水に落ちたんですか?」
「いえ、自分から飛び込もんだのですよ」とサンドラさん。
「え! 私が?」
「話は後だ。水運ギルドに戻ろう。あそこには救護室がある」
「ラーケンさん、横になって。運ぶから」
あたしはがたがたと震えているラーケン船長をサイコキネシスで持ち上げた。
そのまま、並走して走る。救護室に飛び込んだ。
救護室の職員達は慣れているのだろう、テキパキと処置を始めた。
職員達にラーケン船長をまかせて、部屋の外で待つ。
「大丈夫かな? ラーケン船長」
「大丈夫だろう。あいつは頑健だからな。それより、港に魔物がいないか、探してくれ。ハーピーが近くにいるかもしれない」
「わかった」
あたしはテレパシーを薄く伸ばして索敵を開始した。
港の周りに魔物の気配を探す。
「テイムされた魔物なら何匹かいるし、下水道にスライムがいる以外、ハーピーらしい魔物はいないわ」
「そうか、だったら、アンジェラを探せるか?」
「無理! 人が多すぎる。『アンンジェラさん』と問いかけて、向こうが返事をしたらわかるけど、一人一人の心を覗いて名前を探すとか、絶対無理だから」
話しているうちに、ラーケン船長が出て来た。
とりあえず、顔色はよくなっている。
食堂に行って暖かい飲み物を注文した。
「あんた、アンジェラに会ったか?」
「ええ、会いましたよ。どうしてわかるんです?」
「そいつ、恐らく、ハーピーだ。あんたを殺そうとした」
「私を? 何故です?」
「この王都でアンジェラの顔を知っているのはあんただけだからな」
「で、では、アンジェラがハーピーだというのですか?」
「ああ、そうだ。俺達はあんたにアンジェラの似顔絵を作るのを協力して貰おうと思って、探しに来たんだ」
「そうでしたか。港でアンジェラを見かけましてね。アンジェラは男と一緒でした。私がアンジェラに声をかけたら、男が凄い目で睨んできましてね。で、『こいつになんかようか?』というのですよ。ナシムの街で一緒に仕事をしたと言ったら、態度を和らげてくれましたが、急ぐからと言って早々に行ってしまいました。結局、アンジェラとは言葉を交わせませんでした。その後、……そうだ。思い出した。甲高い鳥のような声が聞こえたのですよ。『船が着いた。桟橋に着いた』と。それで桟橋に行かなければと思って歩き出したのですが、その後は、覚えていません」
「完全にハーピーの手口だな。獲物の欲望を刺激して行動を起こさせ、死に誘う。やっかいな魔物だ。アンジェラの似顔絵を急ごう。まだ、王都にいるかもしれん」
ラーケン船長が元気になったので、絵師のフィンケルさんの店へ行き似顔絵を描いて貰った。




