四十二、魔物たち
(ミノタウロスさんですか?)
(誰だ、おまえは! 今、忙しい!)
おっとー、結構まともじゃん。
(ベヒモスと相撲中のところ、申し訳ないんですが、お話、きいて貰えませんか? 相撲のあとでいいですから)
(うるさい、話しかけるな!)
ミノタウロスの悔しそうな気持ちが伝わって来た。
ベヒモス相手に苦戦しているみたいだ。
魔物図鑑でベヒモスの項目をみる。サイの魔物とあった。
(ベヒモスって重心が低いんじゃないですかね、こちらも低くしないと負けますよ)
(わかったような事をいうな!)
気になって、自分自身をサイコキネシスで持ち上げてみた。
うまくいかない。
自分自身じゃだめなのね。
だったら、着ている服を持ち上げるイメージでやってみよう。
三十センチ程持ち上げる。
うまくいった。
けど、これって、服がぬげたらやばくない?
床に降りて、バトラーにかごを出して貰う。
目の前に出て来たかごに乗って、これをサイコキネシスで持ち上げて、、、。
よし、浮いた。
屋上から二十メートルくらい上がった所で、遠眼鏡を使う。
すると、ミノタウロスが相撲をしているのが見えた。
反発してたけど、結局、ミノタウロスは重心を下げたみたい。
頭をベヒモスの顎の下に潜り込ませ強く押し込んだ。
ぐぐぐっと押しまくって、ついにベヒモスをひっくり返した。
起き上がったベヒモスは一目散に逃げて行った。
ミノタウロスが勝利の雄叫びを上げる。
(おめでとうございます!)
(きつい事を言ってわるかったな。誰か知らんが、おかげで勝てた。こっちこそ礼を言う。で、おまえの名前は? 儂に何の用だ?)
(申し遅れました、あたし、アズサと申します。えーっと、あのう、お住まいはどちらでしょう? 出来ましたら、お住まいの方にお帰り願いたいんですが)
(俺様にここを出て行けというのか!)
(いえいえ、そうではなくて、本来、こちらにお住まいではなかったかと思うのですが、いつのまにか、こちらに連れて来られたのではないかと思うのです。人族の中に不埒な者がおりまして、魔物の皆さんを勝手にこちらに集めてしまったのですよ、それで、自由になったのですから、住み慣れた場所に戻られた方が良いかと思いまして)
(確かに、気がついたらここにいたからな。それより、お前、何か食い物を持ってないか、出来たら新鮮な果物がいいのだが)
(少々、お待ち下さい)
腹が減ってるとか、すごーーーく危険な事、いいだしてる。
でも、果物がいいって、なんで?
急いで、塔の屋上に降りる。
「おい、どうなった?」とスタッドさん。
「ちょっと待って! 果物が欲しいって言ってるの」
(バトラー、果物出して! なんでもいいから、新鮮な奴!)
(承知致しました)
まもなく、大皿に果物が山盛りになって出て来た。
(こちらはいかがでしょう? ブドウ、ベリナル、ロズサイ、カンタン、アマイチでございます)
バトラーってまじ、有能!
(ありがとう、これをミノタウロスにあげてみるわ)
あたしは果物の乗った大皿をサイコキネシスで持ち上げ魔物領に向かわせた。
森の上を沼地の方向に飛ばす。
(ミノタウロスさん、空に向かって手を伸ばして下さい)
森の上に手が見えた。遠眼鏡でミノタウロスの方へ大皿が飛んで行くのを見守る。
「ミノタウロスはベヒモスとの相撲に勝って、お腹が空いたから果物を寄越せって言ってるの。今、受け渡し中!」
スタッドさん達に説明した。みんなで大皿の行方を見守る。
(ミノタウロスさん、今、あなたの頭の上に大皿が浮いていると思うのですけど、見えますか?)
(ああ、見えたぞ!)
大皿をゆっくり降ろす。
ミノタウロスの手が大皿を受け止めるのが見えた。
(おお、これはありがたい)
早速、果物にかぶりついたのだろう、美味しい物を食べた充足感が伝わってくる。
(この森は果物が少ないので困っていた。儂の住んでいた所では、住民が供物を捧げてくれてな。ふむ、そうだな、あの地に戻るとしよう。たしか、こっちの方に転移のサークルがあった筈)
(転移のサークルというのは?)
(今、思い出したんだが、卵を取られたキングワイバーンが人間に復讐するという強いメッセージを受け取ってな。卵を取るとか許せない、人間をやっつけようって声が聞こえてきて、近くにある転移のサークルにのれば、卵を取った人間の近くに出られるというんだ。それで、みんな転移のサークルに乗ったのさ)
(その強いメッセージを送ったのは、誰かわかりますか?)
(うーん、わからんな。なんだか、甲高い声だった。あれは……、鳥? そうだ、鳥の声のようだったな)
(鳥ですか? 人の男の声ではなく?)
(ああ、鳥だったな。さてと、儂はとりあえず、転移のサークルに乗ってみるとしよう。帰りたい故郷のイメージを強く持てば、帰れるんじゃないかと思う。別の場所に出る可能性もあるが、まあ、なんとかなるだろう。果物をありがとうよ。これは礼だ、受け取ってくれ!)
ミノタウロスが何か大きな物を投げ上げた。
思わず、空中でキャッチする。
鹿の死骸かな?
(ブラックムースだ。儂は肉はあまり食べんのだが、この辺りに果物がなくてな、仕方なく仕留めた。これはおまえにやろう)
(ありがとうございます。あ、あの、実はもう一つお願いがありまして)
(なんだ?)
(この辺りにいる強い魔物達を一緒に連れて帰って貰えないでしょうか?)
(おまえ、相当図々しい性格をしているな)
(あはは、時々、言われます)
(だが、無理だな)
(それはまた、何故?)
(あのな、魔物同士というのは種族が違えば、戦うのが普通だ。協力するとかありえん)
(しかし、あなた様のような知的な魔物もいるのでしょう?)
(いるにはいるが、そいつらに言う事をきかせようとしてもだな。大抵、喧嘩になるのだ。あきらめろ。だが、お前の声には説得力がある。呼びかけてみてはどうだ? 応じる者もいるだろう)
(あ、ありがとうございます。やってみます)
ミノタウロスは、大皿を抱えたまま歩き出した。
ブラックムースの死骸は森の上を飛ばして引き寄せ、バトラーに収納して貰った。
あたしは、ミノタウロスのアドバイスに従って、魔物達に自分の巣に戻るようメッセージを送った。
題して「魔物さん、ふるさとに帰ろう」キャンペーンだ。
魔物の気配一匹一匹に、「転移のサークルに乗れば帰れますよ」と言ってまわる。
特に強い魔物達は、何かを思い出したかのように転移のサークルに向かい帰って行った。
その中で、白い巨大猿の魔物の長が奇妙な事を言った。
(メスってのは、勝手だな。来いと言ったり、帰れと言ったり。おまえ、魔石を持ってるか、持ってたら寄越せ)
(え? 魔石ですか? 持ってますけど、その前に教えて下さい。メスが来いと言ったと言いましたよね! どういう意味ですか?)
(言葉通りだ)
(え? 鳥の声ではないのですか?)
(鳥? うん? ああ、あれは! くっくくく。魔石を寄越せ、そしたら教えてやるぞ)
あたしは、バトラーに魔石を出して貰って、森の上を飛ばした。
魔石を受け取った猿の長は、吟味するように眺めていたが、ポイッと飲み込んだ。
(あの、石を飲み込んで大丈夫なんですか?)
(ああ、魔石を取り込めば魔力が増すからな。おまえの持って来た魔石、質のいい魔石だな。これはいい! いいぞ!)
白い巨大猿がピカッと輝いたかと思ったら、一周り大きくなった上に毛並みが銀色に変化する。
(おおお! 進化したぞ! これから俺はシルバーコングだ! これなら、あいつらに勝てるに違いない)
(あいつらと言いますと?)
(決まっておろう、コボルト達だ)
(あの、では、教えて頂けますか? 誘って来たのは鳥ではなくなんだったのでしょう?)
(女の頭をした鳥の魔物だ。ハーピーと呼ばれている。そいつが、俺達にここへ来いと言ったのだ。あの鳥に言われるがままに来てしまうとは、俺様、最大の不覚であった。来ても何もいい事はない。コボルト達と喧嘩になっただけであった。が、しかし、仲間を殺された敵は打たねばならん。コボルトの長と戦って、決着を付けたら、俺達も故郷へ帰ろう)
シルバーコングとなった猿の長はそう言い捨てて、コボルトと戦いに行った。
あたしは引き続き他の魔物達へ故郷に帰るようテレパシーを送った。
と、その時、シルバーコングの物凄く驚いた声が響いた。
「なんだ、これは!」
周りにいたホワイトコング達も驚き狼狽えている。
(シルバーコングさん、どうしたんです?!)
(コボルトの奴らが皆、やられている)
シルバーコングはコボルトの集団がいる場所へ、奇襲をかけようと出かけていったのだが、そこにはコボルトの死骸が点々と転がっていたという。
(この足跡は……、リザードマンだ! リザードマンがコボルト達を全滅させたのか。いや、しかし、数が合わん、合わんぞ。うーむ、おい、引き揚げるぞ)
シルバーコングが走り出す。仲間のコング達が後に続く。
樹上に飛び上がり身を潜めたようだ。
(シルバーコングさん、何があったんですか?)
(おかしい。リザードマンが死体を持ち去っている)
(巣に持ち帰って、ゆっくり食べてるとか)
(リザードマンの集団を見たが、コボルトの2~3匹もあれば、食料としては十分なんだ。というか、食料にするなら、もっと別の弱い動物でもいいんだ。危険を犯す必要はない)
(魔石が欲しかったんじゃあ?)
(ここにいるコボルト達は皆、魔石を持ってない。まあ、待ってろ)
シルバーコングと仲間達が息を潜めて樹上に待機した気配がわかる。
あたしも、高所から遠眼鏡で観察しようとしたのだが、見えない。
シルバーコングの目を通して見えたらいいけど、残念ながらその能力はないのよね~。
しばらくすると、コング達の心に緊張が走った。
リザードマンが現れたらしい。
シルバーコングに話しかける。
(どうなりました?)
(コボルトの死骸を担いで行った。ついて行ってみるか)
シルバーコングによると、リザードマンは魔物の死骸を集めて積み上げているのだという。
場所は沼地の北側だそうだ。
(ふむ、わかったぞ。リザードマンの目的がな。俺達は元の住処へ帰る。コボルト達がいない以上、約束だからな)
(リザードマンの目的というのは?)
(それを教える義務はない)
(そんなこと言わずに教えて下さいよ)
(いづれわかる)
シルバーコングは謎の言葉を残して去って行った。




