三十五、宮殿生活スタート
外に人のいる気配がする。
テレパシーを伸ばしてみた。
十人ほどの人々が墓所の前に集まっている。
「アズサ様、サンドラです。スタッドも一緒です。どうぞ、お出ましなって下さい。陛下がお待ちです」
え?
一体、どうしてここにいるってわかったんだろう。
扉をそっと開けた。
外を伺う。
サンドラさんのにこやかな笑顔。
「さ、どうぞこちらに。国王陛下がお待ちです」
「え? どういう事?」
「お話はあとで。陛下に、どうぞご挨拶を」
思わず、スタッドさんを探した。
サンドラさんの後ろにいたスタッドさんは、あたしを見たけどふいと目をそらした。
え? なんで?
サンドラさんが、あたしの手を取って促す。
人々の先頭に立派な身なりの若者が立っていた。
嘘! 先輩だ!
思わず駆け寄る。
「先輩! やっぱり生きてたんですね! もう、本当に死んだかと思ったじゃないですか!」
「女、その口の利き方はなんだ! 国王陛下に向かって無礼な! 跪け! 身分を弁えよ!」
左右の衛兵が、声を荒げ槍を出してあたしの行く手を阻んだ。
急いで跪く。
「も、申し訳ありません」
「良い、いきなり余の前に出たのだ。礼儀知らずであって当然であろう。余はそなたの先輩ではない。そなたが先輩と呼んでいるお爺さまなら、亡くなられて久しい。面を上げよ。其方、名は? 名はなんという?」
先輩そっくりのその人が問いかけて来る。
違う、声が違う、話し方が違う。
どんなに似てても先輩じゃないんだ。
「アズサと申します」
「それは家名であろう? 名前は?」
「アカネです」
「そなたがお爺さまの言っていた異世界からの旅人か?」
「はい、左様でございます」
「アカネ・アズサ、お爺さまの予言通りであるな。時を超えて異世界から旅人がやってくるとお爺さまが言っていたが、その通りであった。そなた、お爺さまとは親しかったのか?」
「はい」
「そうか、それは残念であったな」
ああ、また、涙がこぼれそうになる。
「旅人よ、よくぞ、我が国に参った。余はヴォルフガング・デルズネール。そなたの世界には、我が国、いや、この世界にはない知識があると聞いている。ぜひ、我が国の発展に協力して欲しい。宮殿に部屋を用意させよう。ローリンゲン公爵夫人」
ローリンゲン公爵夫人と呼ばれた女性が前に進み出た。
宝石商ゴメルで見かけたあの女性だ。
「この者の世話を頼む」
「はい、承知致しました」
「では、後ほど。食事の席でぜひ珍しい話を聞かせてくれ」
え? あたしが、国王陛下と食事をするの。
ぼーっとしていると、サンドラさんが「お返事を」とささやいてきた。
「あ、はい、承知致しました」
国王陛下一行は、踵を返して行ってしまった。
「では、サンドラ、その者と一緒に来なさい」と、ローリンゲン公爵夫人。
「は!」
「あの、サンドラさん。状況を説明して貰える?」
「お話は後ほど。さ、参りましょう」
「参りましょうって、どこに?」
「先程、国王陛下が宮殿に部屋を用意するとおっしゃっていたでしょう?」
「ええ、でも」
「そちらに参ります。お話はそれからです」
なんというか、うむを言わせぬ強引さ。
これが貴族のやり方なのね。
しかしまあ、王様、先輩そっくりだったな。
やっぱり孫なんだ。
「ねえ、どうして、あたしがここにいるってわかったの?」
「先々代の陛下の墓所に異世界からの転移者が現れたら、墓所が光って鐘が鳴るようになっていたのです。墓所を守る衛兵は国王陛下が来るまで誰も出してはいけないと命じられていたのですが、あなたがなかなか出て来なかったので、私が声をかけました」
「なるほど」
あたしが、先輩からのメッセージを読んだり、先輩のお墓にお参りしている間に集まったんだ。
宮殿に用意された部屋で、状況を説明してほしいと言ったのだが、「まずはお支度を」と言われ、風呂に入れられ、国王陛下のお食事の相手にふさわしい格好に着替えさせられた。
テレパシーを使って状況を探ってもいいけど、敵意がない相手の心を読むのは気が引ける。
支度が終わったあたしを見て、ローリンゲン公爵夫人が「ヨハンナ、ご苦労様、素敵に仕上がったわね」と侍女を労った。侍女が嬉しそうに腰をかがめる。
「さて、改めまして、私はローリンゲン公爵夫人、マリールイーズと申します」
そういって、公爵夫人は深々と頭を下げた。
え? えええ!
お貴族様があたしに頭を下げるなんて!
「あなた様のお世話を陛下から申し付けられております。こちらにお茶を用意しております。どうぞ、お寛ぎ下さいませ」
ソファに座って用意されたお茶をすすった。
いい香りだ。
ローリンゲン公爵夫人があたしにニコニコと笑いかけて来る。
四十代くらいかな、金茶の髪を結い上げた上品な方だ。
紫のドレスに金のネックレス、ネックレスの真ん中には大きな紫の石、アメジストがはまっている。アメジストが光の加減で赤紫から青紫へと色を変えて行く。
あんな大きなカラーシフトするアメジスト、初めて見た。
って、宝石に気を取られている場合じゃない。
「あの、どうして、こんなによくして下さるのですか?」
「アレクシス様から、あなた様が現れたら必ず丁重に扱うよう命じられておりますので」
「そうなんですね」
先輩が書き残していったメッセージにも書いてあったっけ。
「私、宝石商であの似顔絵を拝見しました時、本当に驚きましたのよ。アレクシス様にそっくりでしたから」
「あなたは先輩、じゃない、アレクシス様に会った事があるのですか?」
「ええ、子供の頃に。私の初めてのダンスの相手はアレクシス様でしたのよ。ホホ。それからまもなくあのお方は亡くなられて。私、お若い頃の肖像画を見て育ちましたから、お顔はよく存じていたのです。あの時、宝石商であなた様は婚約者を探しているとおっしゃっていました。それで、多少混乱したのですわ。アレクシス様の婚約者が今の世にいる筈がないのですから。アレクシス様はカロライン様と結婚され王になられた。他人の空似だろうかと。私はサンドラを差し向けてあなたの守りにあたらせると共に、アレクシス様の本当の名前を言わせるようサンドラに命じました」
「サンドラさんに?」
「ええ、そして、本当の名前を言いさえすれば、墓所に来ることはわかっていましたから。もし、墓所から出てくれば、あなた様が本物の異世界からの旅人と証明されるわけですから。一体、何故、アレクシス様の婚約者などと名乗っていたのですか?」
「アレクシス様を探すのに、異世界から来た人間を探していると言ったら、どんな事態になるかわからなかったのです。あたし自身、異世界の人間ですし、この広い世界で身元を明かさずに、どうやってアレクシス様を探そうかって思った時、婚約者を探しているといえば、いろいろ詮索されなくていいかなと思ったのです」
「女が一人で若者を探しているといえば、確かにいろいろ訊かれるでしょうね」
「それに、アレクシス様のあたし達の世界での名前を知っていても、こちらで何と名乗っているかわからなかったのです。第一、この王都に来ているかどうかもわからなかったんです。とにかく、手掛かりを探して王都に来ました」
あたし達が、女神に召還された事、この人達は知っているんだろうか?
先輩は話したのかな?
女神が能力者を集めている事、闇の神が吐き出す魔素が減っている事。
「あの、先程、サンドラさんに命じたっておっしゃいましたけど、サンドラさんはあなたの?」
「遠縁の者ですの。あなた様が女性の護衛を探していると聞き、彼女を思い出しましたの。剣の腕が立ちますし、あの美しさでしょう、きっとお気に召すと。何故って、ゴメルで宝石をご覧になっていらしたから、きっと、美しい物がお好きなのだと思いましたの。それなら、サンドラを見て気に入らない筈がございませんもの」
確かに、あたしは彼女を気に入った。彼女があんまり美しかったから、何かの密命をおびているなんて、全く思わなかったんだわ。
「サンドラが何か?」
「いえ、そういえば、サンドラさんから何度も『先輩のお名前はなんというのですか?』と訊かれました」
「きっと役目を果たそうとしたのでしょうね」
「名前を言えば、あの部屋に行けるとサンドラさんは知っていたのですか?」
「ええ、存じてましたよ。事情を話していましたから」
だったらそれをあたしに教えて欲しかったな。
そしたらもっと早く、先輩の墓所に行けたのに。
でも、いきなり先輩の遺言を見せられたら、きっと凄いショックを受けただろうな。
絵師の所で先輩の絵を見て、初めて未来に飛ばされたってわかって、先輩が死んでしまってるってわかって、それから墓所に飛ばされたから、まだ、ショックが少なくて済んだんだわ。
彼女に感謝しなきゃね。
結局、あたしから先輩の本当の名前を引き出すのに成功したんだもん。
「サンドラさんのおかげで、あたしは先輩の本当の名前、異世界での名前を言う事が出来たのですね。感謝しかありません」
公爵夫人がニッコリと笑った。
「そろそろ刻限でございます。陛下の元へまいりましょう」
部屋を出ると、スタッドさんとサンドラさんが扉の外で待っていた。
王の元へ向かうあたし達の後ろから二人が付いて来る。
二人に話したい事がたくさんある。
だけど、今はそれが出来そうにない。
「あの、食事の後は宿に戻れるんでしょうか?」
ローリンゲン公爵夫人が足を止め、あたしを見て首をかしげた。
「宮殿にお部屋を賜ったのです。宿に戻る必要はないかと。ああ、お荷物ですか? それなら、侍従に取りに行かせましょう」
「いえ、荷物はアイテムボックスにいれてあるのですけど、一緒に仕事をしているラーケン船長に無事を知らせたいんです。庶民は宮殿に入れないのでしょう?」
「許可証があれば入れますよ」
「あ、そうなんですね。許可証はどこで発行して貰えるのでしょう?」
「書記官に申し付ければ宜しいですよ。今夜は手紙を言付ければ良いでしょう。私の従者に届けさせましょう」
「公爵夫人、発言をお許し下さい」とサンドラさん。
「許します」
「その件でしたら、私が手配しておきました」
「手配とは?」
「絵師にアズサ様が宮殿に招かれたので心配ないとラーケン船長に言付けるよう頼んで置きました」
「そう、だったら、明日、許可証を届けさせましょう」
「何から何までありがとうございます」
部屋に入ると、大きなテーブルの向こうに王がいた。
見れば見る程、先輩にそっくりだ。
席につくと、食事が始まった。
ローリンゲン公爵夫人が隣に座ってくれて、あれこれアドバイスをしてくれるのだが。
なんというか、こんなに緊張した食事は初めてだった。味がわからないのだ。王の質問に対してどこまで答えていいのか、考えながら食事をしなければならないのだ。
先輩は私達の世界の話をどこまでしたんだろう?
とにかく、迂闊な事はいえない。
こちらの魔法の技術とあたし達の世界の様々な分野の概念を組み合わせたら、とんでもない道具が出来上がる。それを、よりよい民主国家を作る為に使ってくれたらいいけど、征服戦争に使われでもしたら大変だ。
「口数の少ない方だ」
「あ、すいません、うまく話せなくて」
「では、こちらの世界に来てから、王都に着くまで、どう過ごされていたのか? 訊く所によると船を何隻も持っているとか」
テトとメリーの事は言えない。
もし、テトを討伐に行くとかいう話になったら大変だもの。
「親切な老夫婦が岩場に倒れていた私を助けてくれたんです。二人は、あたしが異世界から来たと知ると、とても良くしてくれて。彼らは寂れた村の最後の生き残りで、魔法や剣は二人が教えてくれました。あたしが大きなアイテムボックスを持っているとわかったら、彼らも大きなアイテムボックスを持っていて、自分達は老い先短い身なのでと財産を譲ってくれたんです。あたしが元の世界に戻れるようにと」
お宝持ってる幽霊に憑かれましたとか、絶対言えないよね。
「その財産を持って王都に出てくれば、山の中より豊かな生活が出来ただろうに、其の者達は何故、山の中にとどまっていたのか?」
そう来たかって、なんとか誤摩化さないと!
「二人が言うには、人の世は生きにくいから、自分達はこのままでいいのだと言っていました。でも、あたしが二人の元を旅立って、一日もしないうちに、村の方から火の手が上がって。気になって急いで引き返したのですが、魔物に襲われた後で、二人は死んでしまいました」
あたしって、嘘つきだなあ。
よくもまあ、こんな作り話をスラスラと出来るなあ。
「ふむ、その村を出てどうしたのだ」
「老夫婦から地図を貰っていたんです。一番近い都がここルフランだとわかって、それで、ここに来ました。王都はたくさんの人が集まりますから、アレクシス様を探す手掛かりがあるかもしれないと思ったんです。アレクシス様が残されたメッセージを読むと、アレクシス様はあたしが、王都に来るのを予想していたようでした」
「ほう、あの青転の間にメッセージが残っていたとは。そもそも、お爺さまとそなたはあちらの世界では、どのような関係だったのか?」
「同じ宝石商に務めていました」
「まあ、宝石商に!」
公爵夫人が思わず声を上げた。
「それで、アレクシス様は宝石にお詳しかったのですね」
えっと、先輩は宝石商に務めていた事、話してなかったんだ。
やば!
話して良かったのかな?
「あの、アレクシス様のお部屋は残っていないのでしょうか?」
「お爺さまの部屋なら残っている。研究室や書斎も。そなたが見たいなら書記官に申し付けておこう。それと、あなたの身分だが、外つ国からやってきた貴族の姫としよう。お爺さまの遠縁の者で、そうだな、一族の者が魔物に殺されたのでお爺さまを頼って来たという事にしておこう。あなたもそのように振る舞うように」
「はい、承知しました」
「今夜は楽しい一時であった。今宵はゆっくり休まれるが良い」
「ありがとうございます」
こうして会食は終わった。
あー、疲れた。
部屋に戻ったら、スタッドさんの鬼のような尋問が待っていた!




