三十四、墓所にて
世界が灰色に包まれた。
同時に、何かに引っ張られる感覚がして。
気がついたら、青く光る魔法陣の真ん中に倒れていた。
アニメみたい。
魔法陣の光が消えると同時にあたりが明るくなった。
石造りの四角い部屋。
窓はない。
壁に何か書いてある。
日本語だ!
『梓、よく来てくれた』
これ、先輩だ。先輩が書いたんだ!
『梓、よく来てくれた。
まず、君に謝らなければならない。
あの時、君を突き飛ばして、すまなかった。
許してくれ。
僕は元々こちらの世界の人間で、こちらから君の世界に転生したんだ。
ターソンで爆発が起きた時、元の世界に戻されるのだと直感した。
それで、君を突き飛ばしたんだ。
君が召還されないようにと思って。
だが、それが、間違いだった。
少し長くなるが、何故間違いだったか、聞いてくれ。
僕達を召還したのはこの世界を統べる女神の一柱で、人々の才能を司っている才の女神ククチュウレだ。
彼女はこの世界から魔素が減って行くのを憂えていた。
この世界の魔素は、闇の神の体内で作られ、呼気によって世界にばらまかれている。
君はこの世界の成り立ちを聞いただろうか?
まずは、この世界の成り立ちを話そう。
昔々、創造の神と破壊の神との間に戦があった。
戦は創造の神が勝ってこの世界が出来た。
破壊の神は弱小化して、創造の神の軍門に下った。
破壊の神の眷属に闇の神がいた。
闇の神は、最後まで抵抗した為、捕らえられ、つながれた。
この世界には魔素が必要だったから殺される事はなかったが、獄につながれ眠らされた。
長い時が流れ、闇の神の体内で魔素はつくり続けられていたのだが、世界から魔素の量が減り始めたのだ。
原因は、闇の神の作り出す魔素が減ったからだと女神は言った。
何故、減ったのか、原因はわかっていない。
この状況を憂えた女神は、人々にスキルを与える事を思いついた。
スキルは魔素をほとんど使わない。
魔力があれば、発動出来る。
魔力は消費するが、使う魔素が極端に少なくてすむ。
スキルの種は世界樹の花が咲く時、世界にばらまかれる。
世界樹の花を咲かせるには、能力者が祈りを捧げる儀式をしなければならない。
僕たち能力者が、世界樹に祈りを捧げ、自らの能力を差し出して世界樹にスキルの花を咲かせるのだ。
僕は女神の要請に応じて、祈りを捧げた。
世界樹に花が咲いて、スキルの種が世界に放出された。
役目が終わったので、僕は元の世界に戻れると女神に言われた。
もし、僕が君を突き飛ばさず、共に世界樹に祈りを捧げていれば、一緒に元の世界に戻れたんだ。
僕が君を突き飛ばさなければ良かったんだ。
本当に済まなかった。
女神は僕に一人で帰るかときいた。
元の世界ではなく、君のいない世界線に帰る事になるというんだ。
君がどうなったかきいたら、君は未来に飛ばされていて、およそ五十年から百年先の未来、この地方に現れるだろうと言われた。
僕は君を持つ事にした。
僕はこの地にきて、この辺りを治めていた王家に取り入り、姫と結婚して王になった。
君が来た時、すぐに会えるようにしておきたかった。
君が僕を探すとしたら、きっと、僕の名前を言うだろう。
僕の名前を言ったら、この部屋に転移するよう王都全域に魔法をかけた。
この部屋は王宮の墓所、僕の墓の真後ろに設置した。
出口の向こうは墓所になっている。
僕の子孫達には、この部屋、青転の間から出てくる者がいたら、それは僕を探しに来た者で、必ず丁重に扱うよう命令してある。
安心して出てくれていい。
君が帰りたければ、女神に会い世界樹に祈りを捧げれば元の世界、僕のいない世界線に帰れる。
台の上の箱の中にターソンで見た石が置いてある。
触れば女神の元へ行ける。
もし、君がすぐに戻らないのであれば、一つ頼みがある。
この国の為に、バルテスを発展させる為に協力して貰えないだろうか?
僕はこの国で一生を過ごした。
すっかり愛着が出来てしまってね。
勝手な頼みだとわかっているが、協力してくれたら嬉しい。
この部屋はオパールを持って出たら元に戻れない仕組みになっている。
メッセージも消える。
出来れば、君と一緒に元の世界に戻りたかった。
僕はすっかりおいぼれてしまったよ。
まもなく寿命がつきる。
君が幸せな人生を送るよう祈っている』
台座においてある箱を開けてみた。
ガラスの内蓋の下にオパールが納められていた。
確かにあの時見たオパールだ。
真っ黒な石に燃えるような赤い十字の模様がある。
これにふれたら、あたしは女神の元に行くんだわ。
はあ~、どうしよう。
(バトラー、いる?)
(はい、こちらに)
(良かった、一緒に転移出来たのね)
(はい、よろしゅうございました)
(ねえ、どうしたらいいと思う?)
(迷う事はないのではございませんか? お国に帰れるのですから)
(確かに、そうなんだけど。でも、先輩が)
(お気持ちはわかりますが、出来る事は出来る時にしなければ、後々後悔する事になるやもしれません)
(確かに。そうよね……、とりあえず、このオパールの入った箱、預かっておいてくれる?)
(承知致しました)
ここを出て先輩のお墓に参ろう。
先輩!
あたしを待たずに帰ってくれて良かったのに!
ああ、だめ、また、涙が。
しっかりしなきゃ。
……
このメッセージ、スマホで取っておこう。
バトラーにバックを出して貰って、スマホでメッセージを撮影した。
これ、先輩の遺言なんだ。
また、涙があふれる。
ハンカチがぐしょぐしょだ。
メッセージが書いてある壁の反対側に扉があった。
どうしよう、ここを出たら二度と戻れないんだわ。
もう一度、部屋を見回した。
何もない。
魔法陣も消えた。
オパールに触って女神の元へ行くか、部屋を出るか。
女神の元へ行くのはいつでも出来る、と思う。
先輩のお墓にお参りしてから、もう一度考えよう。
あたしは扉を押して外に出た。
出たら、扉はなくなって壁になった。
メッセージに書いてあった通り、墓所に出た。
ここもあの部屋と一緒で、石造りの部屋だった。天井はさっきの部屋より高い。やはり壁がうっすらと光っていて部屋全体は明るい。
部屋の奥に壇があって、その上に棺が置いてあった。棺はガラスのドームで覆われている。まるで、白雪姫のガラスの棺みたい。
おそるおそる近づいてみる。
棺の中に老人の遺体がある。
これが、先輩なんだろうか?
棺にプレートが貼ってあった。
「アレクシス・デルズネール
最強の戦士にして優れた王、科学を信奉した賢者、ここに眠る」
ご遺体の顔を眺めてみた。
老いた顔だが、確かに先輩だ。面影がある。
先輩ったら、アレクシスって名前にするなんて!
アレキサンダー大王に憧れているからって、大王ゆかりの名前にするなんて!
思わず笑ってしまった。
けど、胸がつまる。
「先輩、せんぱい…」
どうして、死んじゃったの?
どうして?
あたしなんか、待たなくて良かったのに。
元の世界に帰れば良かったのよ。
こんな姿になるまで、待ってたなんて!
待っててくれって、あたし、頼んでない!
先輩のバカー!!!!!!!
わーああああああ!
元の世界に返して! 返して!
先輩を返して!
元の二十七歳の先輩を返してーーーー!!!
勝手に人を拉致して、何が魔素が減ってるからよ!
人の人生、むちゃくちゃにするな!!
女神のバカー!!!!!!
……
……
散々泣いて、泣いて泣いて、ふと気がつくと、扉をドンドンと叩く音がする。
「アズサ様、サンドラです。どうぞ、お出ましになって下さいませ」




