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三十一、サンドラ

 エスタンさんだ。

 忙しいのだろう、額に汗が浮いている。


「お待たせして申し訳ありません。本日はお気に入りの品がなかったとお聞きしました。何か、お探しの物があれば、ぜひご用命下さい」

「あの、ジュエリーではなくて、サリーさんにも頼んだのですが、実は婚約者を探していまして、似顔絵を見せたのですが、似顔絵を持ったまま戻ってこないのです」

「おお、これは失礼しました」


 手に持っていた似顔絵を両手で広げる。


「こちらですね。サリーからきいています。皆に聞いたのですが、誰も見た事がないという返事でした」

「そうなんですね。お手間を取らせて申し訳ありません。彼は宝石に詳しいのです。もしや、宝石商を訪ねているかもしれないと思ったのですが。残念です」

「この似顔絵は一枚しかないのですか?」

「冒険者ギルドにもう一枚ありますが、今、持っているのはこれだけなんです」

「そうですか、こちらでお預かり出来たらと思ったのですが。もし、何か噂を聞きましたらご連絡しましょう」

「ありがとうございます。あ、あの、もう一つ教えて欲しいのですが」

「はい、なんなりと」

「今日頂いた紅茶、とても美味しかったのですが、どちらでお買い求めに?」

「お気に召して頂けましたか?」

「はい、とても」

「あれは私がブレンドしたのですよ。あとで、ドルフィン亭にお届けしましょう」

「いえ、とんでもないです」

「いやいや、王都に小麦を運んでくれた恩人にささやかなお礼がしたいのです。どうか、受け取って下さい」


 どうしよう、ここで断るのも、かえって失礼かしら。


「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

「私のブレンドした紅茶より、あなた様のつけられている微かな香りの方がよほど、良い香りでございますよ」


 まずい、シャンプーの香りだ。


「ポプリの香りだと思います。今日はいろいろありがとうございました」


 いささか急いで馬車に乗った。

 鼻のいい人ってどの世界にもいるのね。


 ドルフィン亭に戻る馬車の中でスタッドさんから注意された。


「宝石に詳しいなんて、一言も言ってなかったじゃないか。冒険者ギルドに提出した書類に書き加えた方がいいぞ」

「うーん、なんていうか、あまり詳しく特徴を言うと偽者が出て来るんじゃないかって思ったもんだから」

「宝石に詳しい者となると、かなり絞られますよ。前にも言いましたが、宝石に詳しくなるには、宝石商に子供の頃から務めなければなりません。婚約者の方は務めていたのですか?」

「もともと、宝石商の護衛として雇われたんです。腕の立つ人だったから。でも、宝石を間近でたくさん見るようになって魅入られたんですって。それで、宝石商を目指すようになったって、両親からききました」


 『梓、見ろよ、この石。引き込まれるみたいだろ』


 先輩がコーンフラワーブルーのサファイヤをピンセットでつまんで、あたしに見せてくれたっけ。


「おい、御者、行き先を冒険者ギルドにしてくれ」


 スタッドさんが勝手に行き先を変えている。

 仕方が無い、ここは素直に従っておくか。

 彼らの方がこの世界について詳しいものね。

 冒険者ギルドへ行って、特徴を追加する。ついでに何か手掛かりになるような情報はなかったかときいたけど、昨日の今日なので「まだ、有りませんよ」と言われた。女性の護衛もまだ見つかってないそうだ。

 些か落胆しながら宿に戻った。

 先輩はどうしているんだろう。

 せめて何か手掛かりがあれば。

 あー、待ってるだけって辛い。

 酒場とか、人が集まりそうな場所に行って、似顔絵を見せて聞いて回りたいって、スタッドさん達に言ったらそれはやめた方がいいって言われた。


「そんな事をしたら、偽者が湧いてでるぞ」

「待つのが辛い気持ちはわかりますが、ここは我慢して冒険者ギルドにまかせましょう。きっと良い結果がでますよ」


 って、ラーケンさんが慰めてくれた。

 でもでも、何か出来る事はないだろうか?

 メリーが言っていた『黒の三姉妹』の事、調べてみようか?

 でも、あれはイメージだって言ってたし。

 誰かがあたし達を召還したのは確かなのよ。

『能力者は二人か?』って声がしたんだもの。

 先輩は自由なんだろうか?

 それとも監禁されてる?

 この世界に来てから、およそ四十五日。

 ああ、スマホが使えたらねえ~。

 そしたら、先輩のスマホに電話したり、メールしたりするんだけどなあ。

 とりあえず、テレパシーを薄く伸ばして先輩に呼びかけてみよう。

 夜、宿で一人になった時、テレパシーを使った。

 薄く薄く、遠く遠くへ。

 そっと、「先輩」と囁く。

 でも、何の返事もない。

 いや、一度でめげちゃだめ。

 明日もやってみよう。

 もっとテレパシーの能力が高かったらね。

 たくさんの人の心の声が聞けて、先輩を割り出せるかもしれないのに。

 テレパシー能力を磨くしかないわね。

 中型船の小麦の納品が終わったら河向こうにレベル上げに行きたい。

 けど、レベル上げの為に魔物を殺してはいけないってテトが言ってた。

 何もしてないのに殺されるのは理不尽だって。

 でも、魔物に戦いを挑んむならいいって。

 自分より強いか、同じくらいの相手と勝負しろって。

 小麦の納品が終わったら河向こうに魔物と勝負をしに行こう。

 そして、テレパシー能力を鍛えよう。



 翌日、スタッドさんと剣の練習をしていたら、受付に冒険者ギルドからジャイアントサラマンダーサーペントの解体が終わったと連絡があった。

 解体した結果、骨、皮、肉、血、魔石、内蔵毎に査定額が出てて、結構な金額になっていた。


 冒険者ギルドのギルドマスタージラックさんが金貨五百枚入った重たい袋を渡してくれた。

 みんなでそれぞれ取り分を分ける。


「ジョーイ達も喜ぶでしょう。故郷に戻ったら大金が待っていたなんて夢のような出来事でしょうからね」とラーケンさんが言った。

「あと七匹分の死骸があるというのに引き揚げられないとはな。残念だ。実に残念だ」


 スタッドさんが悔しそうだ。

 頭無しの死骸で一匹あたり金貨二百五十枚とか、もの凄い金額だものね。

 お金の分配をしていると、受付カウンターのお姉さんが声をかけてきた。女性冒険者が見つかったというのだ。「あちらにお待ちですよ」というので、振り返るとすっごい美人がにこりと笑った。

 まるで、ベルサイユ宮殿で近衛兵をしていた男装の麗人のようだ。


「あの、あなたが護衛をして下さる冒険者さんですか?」

「そうです、あなたが依頼主ですか?」

「はい、アズサと言います。宜しく」

「サンドラと申します。こちらこそ宜しく」


 金髪碧眼、長身、足長! 

 肌は透けるように白くて、赤いバラをミルクに沈めたようなバラ色の頬ってこれは、王妃マリーアントワネットへの賛辞だけど、そっくりそのまま、この人に送りたい!

 そしてそして、低く落ちついた声。

 もうもう、ベルサイユ宮殿の近衛兵、男装の麗人そのままじゃん!

 萌える!!!!

 萌えるわ~!

 って、あかん、幻想に浸っている場合じゃない!


「あの、こっちは、護衛のスタッドさん」

「スタッドだ。宜しく」

「こちらは、一緒に仕事をしているラーケン船長です」

「アズサさんの船舶全般の管理運営をしております。宜しく」

「宜しく。ギルドの資料によると、婚約者を探しているそうですが」

「そうなんです。王都には婚約者を探しに来たんです。実は、あたし」

「待て。俺が先に質問する」


 スタッドさんが遮った。


「あんた、なんで冒険者になった? あんたみたいな美人が冒険者とかありえんだろ、俺は信用出来んな」

「は? それ、偏見だから。人にはいろいろ事情があるのよ。オ、じゃない、サンドラさん、いいたくなければ言わなくていいから」

「いえ、隠す程のことではありません。親が決めた婚約者と結婚したくなくて家を出ました。腕に覚えがありましたので、冒険者になろうと。薬草採取より、護衛任務の方が私にあっていると思い応募しました」

「え? 初心者か? 初心者に護衛任務は出来んだろう」

「ギルドの試験管と試合をして勝ちました。ランクはGですが、ソロの女性冒険者で腕が立つからとギルドが許可してくれました。この任務が完了すれば、Eランクになれるそうです」

「ふーん、だったら、俺と剣の試合をしてくれ」

「喜んで」

「待って! 二人が試合をしている間、誰があたしの護衛をするの?」

「え?」

「あ!」

「だったら、あんたと試合をしろ。こいつはまだまだだが、なかなか筋がよくてな。試合をしてみてくれ」


 きゃあ、男装の麗人と試合とか。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 ギルドの訓練場で相対する。

 練習用の木剣を構えた。


「はじめ!」


 スタッドさんの声が響く。

 が、試合にはならなかった。

 あっというまに間合いを詰められ、のど元に剣先を突きつけられた。


「こ、降参」


 スタッドさんが渋い顔をする。


「手加減してやってくれ。あんたの剣筋をみたいんだが、これじゃあ、話にならん」

「わかりました。じゃあ、適当に打ち込んで下さい」

「お、お願いします」


 スタッドさんに教わった型どおりに打ち込んでみる。

 最後に必殺の突きを出した。

 一瞬、驚いた顔をしたサンドラさんがさっとよけた。


「まあ、今の突きは素晴らしいです。アズサさんを侮っていました。もう少しで一本取られる所でした」

「だろ、こいつ、突きだけは一流なんだ。今、俺が剣士として育てている所だ」

「護衛任務だけじゃないのですか?」

「ああ、こいつから授業料を貰っているからな」

「私も手伝うのでしょうか?」

「いや、俺だけだ」

「練習には付き合わせて下さい。私も修行中の身ですので」


 それだけ剣が出来て、まだ修行中って、どんだけ理想が高いの?


「アズサさん、良かったですね。優秀な護衛が見つかって」とラーケンさん。

「ええ、あたしにはもったいないくらいです」

「ところで、アズサさんが探している婚約者はどんな方なんですか?」とサンドラさん。

「それが、親に決められた婚約者で会った事がないんです」

「会った事のない男と結婚するのですか? というより、会った事がないのに、どうやって探すんですか?」

「えっと、彼を描いたミニアチュールを持っているんです。あたし、そのミニアチュールをずっとみてて。ですから会えばわかるんです」

「見つかったとして、本人だとどうやって判断するんです?」

「それはその、親から、あの、えーっと、親から聞いてる話というか、話せばわかるんです」

「どんな?」

「え、えっと」

「まあまあ、ここは訓練場です。話は食事でもしながら、どうですか?」とラーケンさんが助け舟を出してくれた。

 嘘を付き続けるのって難しい。

 まさか「別の世界で一緒に仕事してました」なんて言うわけにいかないのよね。


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