二十九、エルフは剣マニア!
港に来ている。
今日はジョーイ達がナシムに帰る日だ。
ジョーイ達の乗る船、アルミナ号の船員達は出航の準備に忙しそうだ。
「ジョーイ、奥さんにお土産買った?」
「ああ、リボン買ってきてくれって頼まれててよ。昨日、買っといたんだ。ほら、見てくれよ」
ジョーイが荷物の中からリボンを取り出して見せてくれた。
「な、きれいだろ!」
茄子紺色のリボンが風に揺れる。
「うん、凄くきれい、奥さんに似合いそう。宜しく伝えて!」
「ああ、アズサさんも元気で。ナシムの街に来たら声かけてくれよな!」
「うん、またね。みんなも元気でね」
ジョーイ達を乗せた船アルミナ号が港を離れる。
魔物のいるこの世界では、いつ、何が起きるかわからない。
いや、あたし達の世界も同じか。
いつ、何が起きるかわからない。
だからといって悪い未来ばかりを思い悩んでも仕方ない。
今出来る事を一所懸命やる。
いい結果になるよう頑張る。
「絶対に先輩を見つけるんだ!」
「何か言ったか?」
スタッドさんが耳聡く聞いて来る。
「別に、、、ただの独り言」
船の後ろにイルカの背びれが見えた。河下の方をみると、遠くの浅瀬に男達が立っている。
「ねえ、昨日の話だけど、イルカ漁の話があったじゃない?」
「ああ、イルカに魚を追わせる話な」
「あそこ、イルカ漁をしているのかな?」
「この時間ですと、もう終わっている頃だと思いますが行ってみますか?」とラーケンさん。
「ええ、ちょっと聞きたい事があるんです」
港の桟橋から馬車で移動する。
急いだつもりだったが、やはり漁は終わっていた。漁師達が引き揚げた魚を水の張った木桶に入れている。
「何を聞くんだ?」
「ジャイアントサラマンダーサーペントの死骸だけど、イルカに尻尾を持ち上げてもらうって言うのはどうかな? イルカを使えないかと思って」
「おい、良いこと言うじゃないか。よし、あの漁師にイルカを貸して貰えないか訊いてみよう」
イルカ漁をしていた漁師の長は、不愉快そうな顔をした。
「あんた達、勘違いしているようだから教えてやるが、イルカ漁ってのはな、イルカ様に俺達が使われているんだ。俺達が使っているんじゃねえ。イルカ様のおかげで漁が成り立ってるんだ。勘違いするな!」
「え! そうなんですか?」
つい、水族館のイルカショーのノリで思いついたアイデアだったけど、さすが異世界、イルカ様とはね。
「いや、実は、河にジャイアントサラマンダーサーベントの死骸が七匹分沈んでいてな、河の底なら水温が低いし、死骸が残ってるんじゃないかと思うんだ。それで、死骸を引き揚げるのに、イルカを使えたらと思ったんだが」
「ジャイアントサラマンダーサーベントの死骸が七匹分だと! それは凄いな。まあ、あんた達の気持ちはわかるが、……沈んだのはいつだ?」
「四~五日前なんだが」
「場所は?」
「ここから三日程の、河の上流だ。運河を利用してだが」
「もし、イルカ様に頼んだとしても、イルカ様は運河を利用出来ない。最速で取りに行ったとして、河に沈んで十四~五日は過ぎているだろう。死骸は無理だな。水温は低くても、魚に食べられてるさ」
「だが、凄く大きな獲物なんだ。確かに肉はだめだろうが、皮や骨、魔石は残っているだろうからな、出来たら引き揚げたかったんだが、無理か」
「ああ、諦めな。今までも、河に沈んだ物を引き揚げようとした奴らが大勢いたが、大抵失敗してる。諦めろ」
「わかった。仕事の邪魔してわるかったな」
宿に戻る馬車の中で、いささか落胆した様子のスタッドさんに聞いてみた。
「ねえ、なんでそんなにお金が欲しいの?」
「なんでって、金が欲しいのは当たり前じゃないか?」
「まあ、そうだけど、例えば何か欲しい物があるとか」
「あのな、エルフってのは長生きなんだ。当然、それだけ金がかかるってことさ」
「あ、なるほど」
「まあ、欲しい物もあるがな。俺の剣は鋼で出来ているが、時々ドワーフに磨いて貰っている。そうしないと切れ味が悪くなるからな。その費用だって馬鹿にならないんだ。俺が雷撃で魔物を一発で仕留めるようにしているのも、魔物を切ると魔物の油で刃がなまって切れにくくなるからなんだ。ただ、世の中には切れ味が変わらない魔剣っていうのがあってだな」
あたしは、ツボを押してしまったようだ。
いや、地雷、あたしにとっては地雷だわ。
スタッドさんは嬉々として、剣の話を始めた。
どこそこのドワーフが鍛えた剣、ダンジョンで発見された剣、だれそれが持っている魔剣、とかとか。
宿に着かなかったら、まだまだ、続いただろう。
それこそ、永遠に!
(バトラー、この世に一本しかない珍しい剣ある?)
(ございます)
(どんな剣?)
(竜を倒した勇者の剣が最も珍しい剣ではないかと)
それは珍しすぎる!
(他には?)
(そうでございますね。ミスリル製の剣がございます)
(ミスリル製の剣、五本用意出来る?)
(残念ながら出来ません)
(じゃあ、三本は?)
(はい、ご用意出来ます)
(そのうちの一本、一番新しい剣を出して)
(それは、製造が一番新しい剣でしょうか? それとも、一番新しく手に入れた剣でしょうか?)
そうだった。バトラーに曖昧な指示はだめだったんだわ。
(作ったのが一番新しい剣)
(承知しました)
あたしの手元に一本の剣が出て来た。
軽い。
「それはなんだ?!」
「ミスリルの剣よ」
「見せてくれ」
スタッドさんとラーケンさんがしみじみと見ている。
「いい剣だ」
「素晴らしい剣ですね」
「護衛任務の間、貸して上げる」
「いいのか?」
「だって、あたしには豚に真珠だもの」
「は?」
「つまり、あたしが持ってても宝の持ち腐れでしょ。道具っていうのは、それを一番使いこなせる人が持つべきよ。それに、他にもあるし」
「他にもって、そんなに持っているのか?」
「あと二本、ミスリル製があるけど」
「見せてくれ!」
「後でね。さ、宿についたわよ」
簡単に見せて上げない。
これで、スタッドさんに言う事を利かせられるかもしれない。
「アズサさん!」
水運ギルドのギルドマスター、ネルケルさんだ。
「探しましたよ。水臭いじゃありませんか? 私共を頼って下さいよ。あなたは恩人なのですから」
「え? えーっと、何の事でしょう?」
「宝石をお買い求めになりたいと聞きました。昨日、宝石商ゴメルを訪ねられたでしょう?」
「ええ、追い返されましたけどね」
「その時、船主だと名乗りましたよね」
「ええ」
「それで、うちの方に問い合わせがあったのですよ。嘘だったら、警ら隊に連絡するつもりだったそうです。最初から警ら隊に連絡しようとしたらしいのですが、一緒にいたスタッドがB級冒険者だと、店の者が気づきましてね。これはもしかしたら、あなたは本物の船主かもしれないと。それで、確認の連絡をして来たのですよ」
「そうだったんですね」
「ゴメルの店主のエスタンとは懇意にしてましてね。良ければ、これからゴメルの店に行きませんか? 私が案内しましょう」
「え! 本当ですか? それはぜひ。あ、でも、この服装では、お店に失礼になると思います。着替えて来ますので、それから連れて行って貰えますか?」
「もちろんです」
部屋に戻って、バトラーに街着用のドレスを出して貰った。
(大変申し訳ないのですが、些か古いドレスでございます。もしかしたら、流行遅れと笑われるやもしれません)
(うーん、いいわ。とりあえず、このドレスにしましょう。だけど、着方がわからないわね)
ネルケルさんに女性スタッフを呼んでもらった。
「このドレス、流行遅れかしら?」
「庶民の街着でしたら問題ないと思いますよ。庶民は皆、古着を着ますので。お着替えお手伝いしますね」
シルクで手縫いとか、凄く贅沢だなあ。
上品なブラウンの街着、襟も高く黒のリボンが装飾に使われている。
「まあ、よくお似合いですよ」
と女性スタッフが褒めてくれた。
あたしからみると、中世のコスプレなんだけど、褒められると嬉しい!
ロビーに降りて行こうとしたら、裾をふみそうになった。
少し裾を持ち上げてと。長いスカートは裾裁きが肝心。
「これはこれは。一段とお美しいですな」とネルケルさん。
「見違えましたよ、アズサさん」
「ありがとうございます!」
えへへ、口角上がっちゃうじゃん!
ちらっとスタッドさんを見上げる。
フンとそっぽを向かれた。
「馬子にも衣装だな」
「は! あんたに褒めてもらおうとか思ってないから。さ、それでは行きましょうか?」
「まて、そのドレスで走れるか?」
「大丈夫だと思うけど」
「ならいい。何かあった時、場合によっては全速力で逃げなきゃならん時もあるからな。裾をふんでこけるなよ」
「その時は、裾をからげて走るわよ!」
むかつくけど、スタッドさんの言う事ももっともだ。護衛する立場からだと、あたしが走れるかどうかは重要な問題なんだろう。
とりあえず、この世界のドレスは、コルセットを使っているけど、ぎゅうぎゅうにしめつけてないし、恐らく走っても苦しくはないだろう。
……
予行演習した方がいいかな?
店に着くと店主と思われる恰幅のいい男が店の前に立っていた。




