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9:祈り姫、魔獣に遭遇する。

「うん……よく分かんないけど……やってみる」

 不安そうなジェイドは姉の穏やかな笑顔に後押しされ、深呼吸すると農地の前に立つ。アイリスは背後からそっと彼の肩に手を置く。自分の魔力を弟の力に乗せる。補助魔法は得意なのだ。二人は血族で魔力の本質が近いから出来るのである。


 目を閉じて祈るジェイドにアイリスも倣う。

 

 __毒を除き豊穣なる地になりますように__


 ジェイドの浄化を広げてゆく。やがて白光が汚れた大地を覆った。


「おおー」


 小さなざわめきが感嘆の喝采に変わる。目の前の農地が茶色に戻る。ガスはもう吹き出していない。

 ジェイドは信じられなくて口を大きく開けたまま呆けている。アイリスもここまで回復するのかと驚いた。


「これがジェイド殿下の癒しの力……」

 守護騎士のハービックが呟く。小さな主君の力を初めて目の当たりにして驚くのは当然だった。


「これは姉様の魔力も加わってるからできたんだ」

 ジェイドが正直に言う。

「いいえ、私には浄化の力は無いからジェイドのおかげよ。ありがとう」

 アイリスはジェイドの手を握り労う。ジェイド自身はよく理解しないまま魔力を解放しただけだ。それでも大好きな姉に褒められたので相好を崩す。


「魔力の相乗か……」

 姉弟の魔法を観察していたジルが小さく呟いた。


「す、すごい! 以前より上質の土です!!」

 立ち会っていた村長が土を確認して興奮している。

「シードルー様! 早速種蒔きをしてもよろしいですか!?」

 はっと我に返った令息が「ああ、要塞城に避難させている農民たちを呼び戻せ」と許可を出した。


「姫様、殿下、水の浄化も急がないと」

 ジルの進言で大事な水を守る事をアイリスは思い出す。

「そうだ! 井戸水が毒まみれだった! 川と池も早くしないと!」

 自分の力が役立ったのでジェイドの方が気が逸って行動が早かった。要領を得て、浄化はスムーズにいった。


 ……これが王族の魔力。


 視察に“祈り姫”と八歳の王子を寄越すなど、随分国防領を舐めていると正直シードルーは憤っていた。形だけの王族の派遣するくらいなら、物資や金を持ってこいと言いたかった。

 しかし、まさか王族の子供にここまでの力があるとは……。シードルーはジェイドとアイリスに最敬礼をする。

「この地を救ってくださって感謝します」

「いえ、国境を守ってくださっているのです。あとで必要な支援について相談しましょう」


 女神か!? 女神なんだな!! シードルーは美しい“祈り姫”の笑顔に見惚れる。何故か姫の従者の少年が姫の前に立って不機嫌な顔でシードルーの視線を遮った。なんと不躾な奴か!! だが今はそんな私的な感情で文句を言う場面ではない。領民や部下たちが奇跡に目を奪われて感動しているのだから。


「あ、ありがとうございます! これでなんとか飢えずにすみそうです」

 村長は頭を地につけ平伏する。

 

 アイリスが村長に立ち上がるよう声を掛けていると、ウドルール山の方角から馬の急ぐ足音が近づいてきた。やがて現れた馬上の若い騎士が「副団長殿!!」と声を張り上げた。その切羽詰まった声に場が緊張する。


「大変です! 魔獣が降りてきているとの報告が要塞城から!!」


 シードルーの元に伝令が現れた。今、魔獣に喰われないよう農民たちを保護している強固な城は、農村とウドルール山との空白地、すなわち緩衝地にある。戦争や魔獣の襲撃に備えての籠城戦向きの城には高い見張り塔があり、常に山と海を監視している。そこからの報せにシードルーは唇を噛む。


「せっかく立て直しの目処が立ったのに! 規模は!?」

「そ、それが、目視だけで大型中型、十数頭確認しております!」

「なんだと!? ヤノン! すぐに援軍を!!」

「はっ!」

 連絡の騎士をそのまま辺境伯の元へと向かわせる。


「姫、殿下、このまま馬車で本邸にお戻りください。私たちが魔獣を食い止めますからご安心ください」


 振り返ったシードルーにアイリスは「いいえ、同行します」と首を振った。

「なっ……! 数頭では無いのですよ! 危険すぎます!!」


「私は補助魔法が得意です。ジェイドの回復魔法も役に立つでしょう。それに我々の騎士も助けになります」

「あなたたちがもし傷付いたら!!」

「問答は時間の無駄です。急ぎますよ」

 ジェイドとハービックを促してアイリスは馬車に乗り込む。ジルは無言でアイリスに続く。馭者は否応ない王族の命令には従わざるを得ず、急いで山の麓へと向かった。ナルモンザたち守護騎士が馬車の周りを固めて並走する。仕方なくシードルーたちも後を追う。


「……うわっ! でっかいよアレ、牛の倍くらいある! 飛んでるおっきいのは何!?」

 麓付近で魔獣に遭遇した馬車の窓からジェイドが外を見て恐怖で叫ぶ。

「殿下と姫はここでお待ちください!」

「分かったわ!」

 弟を一人にさせるわけにはいかないのでアイリスは馬車に残る。そして騎士たちに魔法をかける。


「……え?」


 辺境騎士たちが纏わり付く魔力に困惑して立ち竦んでいる横から、抜き身の剣を片手にジルが飛び出す。アイリスの補助魔法には慣れている。体が軽い。更に防御魔法もかけられた。


 魔獣に向かって一直線に走っていくジルをハービックたちは追う。同じく王族の守護騎士としてそれなりに付き合いのある少年の後ろ姿に、ハービックは心の中で苦笑する。あれではまるで騎士団の切込隊長だ。“祈り姫”の守護騎士としてはどうかと思う。


 だがジルは十三歳とは思えない戦闘能力を有している。更に主君の身体能力向上の補助を受けた彼は圧倒的な戦力でもって、自分の倍もある大きさの熊に似た魔獣の懐に、躊躇なく飛び込んで袈裟懸けに剣を振り下ろす。怒り狂った魔獣がジルめがけて殴り掛かるが、鋭い攻撃を軽くいなす。そして更に一文字に胴体を切り裂くと、魔獣は口から毒を撒き散らすがそれも躱した。そうして魔獣は断末魔の叫びを上げ、どうっと地面に倒れる。

 

 少年の危なげない討伐に他の者の士気も上がった。

 空から襲いかかる翼獣を弓騎士がいつもの倍以上の威力の矢で撃ち落とす。そこへ斧や剣を手にした騎士たちがとどめを刺していく。


 その様子を馬車の中で見守るアイリスは多様種な魔獣の襲撃に疑問を持つ。どの個体も肥えていて飢えているとは思えない。人里に来る目的はなんなのか。


「うわあ姉様! 蜘蛛の化け物、気持ち悪いよお!!」

 ジェイドがしがみついてくるので抱きしめてやる。

「確かにあれは気色悪いわね」

 ジェイドくらいありそうな赤黒い胴体に長い黒脚の化け蜘蛛は、縦横無尽に動いて人間を翻弄していた。吐く太い糸は麻痺成分があるのか、糸に絡まった騎士が倒れる。単調な攻撃の獣型よりタチが悪かった。


「怪我人はこちらへ!!」


 アイリスが叫ぶと、攻撃を受けたり麻痺や毒を喰らった騎士たちが運ばれてきた。

「ジェイド、神殿で治療している人たちと同じように治してあげて」

「う、うん」

 

 思ったより蜘蛛型が多くて苦戦したが、辺境騎士団本部の援軍がやってきた時には粗方片付いていた。


「翼獣五羽、熊型二頭、猪型三頭、蜘蛛型が八匹。意外と多かったな。守護騎士殿と殿下たちがいなければまた人里が荒らされたかもしれない」

「もう十数頭も羊が食われているし、要塞城に今以上に騎士を置かなければならないでしょうな」

 シードルーと駆けつけた第一騎士隊長は、魔物の死体処理を眺めながら暗澹たる思いを隠さなかった。

 

 魔獣処理に長けた騎士たちは、解体して使える部位、毒や麻痺液の採取に余念がない。これらは稀有な防具や武器になるからである。死闘を繰り広げるから比較的綺麗な状態で倒せる事はまず無い。今回は特別なのだ。


「姫様……、結界は国境限定なんでしょうか」

 ウドルール山を険しい目で見上げながらジルがアイリスに問う。

「<祈りの間>を通じたらそうなるでしょうけど」

 アイリスはジルの意を汲む。


「目の前で結界を張ればいいと思ったから、あなたも海岸線の防衛を提案したんでしょう?」

 ジルの隣に立つとジルに笑いかけた。ウドルール山はシャクラスタン国内にあるから保護されている。だが山を障壁で囲んでしまえば魔獣の侵入はまず抑えられる。


「やってみるわ」


 祈る。魔獣が住処から出ないようにと。

 ウドルール山のすぐ向こうはハルマゴール帝国だ。隣国側の魔獣被害も防げるはずである。


 手応えを感じた。確かに結界が張られていく。

 胸の前で組んでいる両手にそっとジルの右手が重ねられる。アイリスは驚いてジルを見上げた。

 

「俺の魔力も足します。俺も姫様みたいに譲渡ができると思います」


 アイリスの魔力に乗っかったジルの譲渡魔力はアイリスの拡散型と違って強化型だった。

「どこまで器用なの?」

「俺の魔力量は豊富ですから何にでも変換できる方が役立つでしょう」

 簡単そうにジルは答えた。


「あーっ、ジル! 何してるんだ!? 姉様の手を握るんじゃない!!」


 気がついたジェイドが二人の間に割って入ろうとした。存外大きな声はあたりに響いて、守護騎士やシードルーの目を引く。


「握っていませんよ。俺の魔力を姫様に上乗せしているから触れているだけです。殿下、姫様は祈りで魔獣が入ってこないようにしている最中なんで、邪魔しないでもらえますか」

「いくら姉様のお気に入りだからって! 僕に生意気すぎるぞ、おまえ! わっ、なんだ!?」


 重なっていた二人の手が金色に光り、驚いたジェイドは思わず後ずさった。


 その光は先程ジェイドが大地を浄化した時と同じようにあたりに広がる。しかし金色の光が収まっても、目に見えての変化はなかった。それでもジルもアイリスも満足そうに頷く。


「想像以上の出来栄えですね」

「ええ、ジルの魔力が強化してくれたから強固な障壁になったわ」


「“祈り姫”様……、さっきの光は一体?」

 近づいてきたシードルーに「山に結界を張ったの。魔物が外輪山を越えられないように」とアイリスは平然と答えるのだった。





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