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8:祈り姫、辺境に赴く。

2話続けました。

「姉様! 綺麗な海岸ですね!」

「そ、そうね……」

「ジェイド殿下、もう少し静かにされては?」

 ジルが冷めた目で王子を見る。

「初めての遠出だぞ! はしゃいで悪いか!」

「俺、子守りは嫌なんですけど」


 東の辺境へ地方巡礼という名目の視察。父と神殿の了承を得たアイリスに、なぜか弟のジェイドが同行している。

「僕も行きたい」と父に直談判して“祈り姫”の助手として同道許可を得たのだ。


 八歳になり、ジェイドはアイリス同伴の元、“癒し”の魔法が使えると初めて王に伝えた。神官のその血筋が欲しくてジェイドの母を娶った王は、その結果を知り喜んだ。やがてジェイドを大神官長にして、神殿をも牛耳るつもりだろうとアイリスは思っている。


 まだ幼いのに無謀にもあの王に願い出るとは、ジェイドは怖いもの知らずだ。彼は単純に姉と旅行に行きたくて父に強請り、父王は執務室に突然やってきた息子の、自分を恐れない姿を面白がって許可した。


 五日かけてやってきたグインヒルに入り、真っ直ぐと領主邸を目指している。馬車の中にはアイリスを挟んでジルと侍女のソヤ、そして対面にはジェイドの守護騎士ハービックにジェイド、侍女クレアが座っている。


「おまえ、いいかげん不敬だぞ!」

 ジェイドは目を吊り上げてジルを非難するが、ジルは涼しい顔だ。王子との三年の付き合いは伊達ではない。当初はハラハラして青い顔をしていたソヤやクレアもハービックも、すっかり慣れきって関わらない。


「姫様はお疲れのようですから、静かにしましょう」と、クレアはやんわりとジェイドを宥めた。

「そうなのか! すまない、姉様!」


「疲れているわけじゃないんだけど……」

 言い淀むアイリスに「国境が気になりますか」とジルが耳元で小声で尋ねた。アイリスは近さに驚いて耳を押さえる。

「ジル! びっくりするじゃない!」


「使用人のくせに姉様になれなれしすぎるぞ!」

「普通ですよ」

「当たり前のような顔をしたってだまされないぞ!」

「殿下だってクレアに膝枕とかしてもらってるじゃないですか」

 ぐぐっとジェイドは一瞬言葉に詰まった。が、首を振る。

「絶対違う! 絶対それとは別だ!」


 賑やかな一行はやっと領主邸に着いた。


 家令に案内された部屋でアイリスはすぐソファーに座る。顔色が悪いので皆に休むように勧められたのだ。


「驚きましたね」

 ジルが得心顔でアイリスを見やると彼女は小さく頷いた。

「初めて知ったわ。<祈りの部屋>で祈る意味を」

 アイリスは放心状態だったから具合が悪いように見えたのである。


 初めて訪れた国境。海岸沿いに見えない魔力の壁があった。悪意を排除する薄い膜のような障壁が。


「“祈り姫”の役目は国境に結界を張る事だったのですね」


 そう、国境を護る魔力はアイリスのものだった。高魔力の持ち主のジルもそれに気が付いた。


『ここに祀られている建国の女神の加護など紛い物だ!』


 かつてのジルの言葉が脳裏に蘇る。

「紛い物じゃなかったのよ」

 泣き笑いの顔でアイリスは傍らの少年を見つめた。ジルは訝しげに目を細める。

「確かに私は守っていたのよ」

 ジルを捉えているアイリスの双眸は、青年の彼を見ており、言葉は無くなった未来の彼に向けたものだ。


「? ええ、その通りです」

 紛い物とは?と、違和感を抱いたがジルは肯定する。

 アイリスだって分かっている。ジルに伝わりはしない。でも以前の自分が全くの役立たずではなかった証左だ。言わずにはいられなかった。


 <祈りの間>の女神像は、恐らく王家の魔力を遠方まで届ける媒体なのだ。


「でも弱い結界よね。あんなものなのかしら」

「そもそも、姫様は<祈りの間>で何をしていらっしゃるのです?」

「今更そこ!?」

「平和を祈っていると、漠然としか聞いた事ないです」

「……そのまんまよ。国が平穏でありますようにとか、民が幸せでありますようにとか女神様に祈ってる」


「ええー?」

 腹心の少年が心底残念そうに見てくる。

「だって仕方ないじゃない! カミル姉様から聞いたのはその程度だったのよ!? 私だってびっくりしたわよ! 祝詞とか奉納舞とかあると思っていたもの。引き継ぎ書すら無かったんだから!」


「特に高魔力者が“祈り子”になる仕組みでもないんですよね」

「適性だって考慮なしよ。……もしかしたら口頭伝承がどこかで途切れたのかもしれないわね」

「ああ、後継者にだけ伝える鍛冶屋の技がそれで失われた話、聞いた事があります」


「護国結界なのにそれが忘れられて祈りだけが形骸化したのね。でも女神像のおかげで辛うじて機能している、と」

「……建国時は今の三分の二くらいの国土だったと習いました。結界が弱いのは当時より国境が広がったためかもしれませんね」

 ジルは顎に手をあて、考え考え意見を述べた。


「有り得るわね。大体広げたのは今代よ。全く、あの“戦闘狂王”ときたら……」

「姫様……」

「隣のハルマゴール帝国に喧嘩を売らない分別があるのが救いよね」

 娘は父に対して辛辣である。


『シャクラスタンは小集落単位で暮らすバラン族の統一を果たすための建国だった』

 父王は<建国王の悲願>としてそれを大義名分に掲げていた。初代アレスキア王の姉によれば土地の平定が目的だったのだが。分かりやすい民族統一に塗り替えたのだろう。


 ただ、奪った土地もすんなりシャクラスタンに併合されてはいない。西や南の辺境では反発して独立運動や暴動が起こっていてなかなか平定出来ない。奪われた他国が国境の地を取り戻そうと狙ってもいるのだ。だから今は防衛戦が多い。


 歴史ある隣国はシャクラスタンと反対側に更に勢力を伸ばしていて、益々多民族国家の様相を呈している。

 ハルマゴール帝国と戦争になれば恐らく泥沼と化す。双方それを理解しているため、現在は同盟を組んでいて平穏だ。


「海岸線の向こうはハルマゴール帝国よね。あちらの建物がはっきり見えるほどこんなに近いとは思わなかったわ」

「少数民族たちが住んでいた半島ですが滅ぼされましたね。今は帝国の軍事基地や貿易港として重要拠点です」

 ジルがなんでもないように言ったが、アイリスは彼の顔を見つめる。


「俺の出自は関係ないです。今はシャクラスタン王国人で、あなたの忠実な近侍です」

 きっぱりと言い切るジルに、アイリスは「でも……」と言い淀む。


 今は帝国となった対岸のユールラマ半島には、山岳で生活する狩猟の民や、平原では少数民族が住んでいた。ジルの黒髪と金の瞳と薄褐色の肌の色は伝え聞く遊牧民の特徴で、アイリスはジルが帝国に滅ぼされたマルセール族の生き残りではないかと思っている。


 帝国では今も奴隷制度がある。もしマルセール族だったのなら、美しい子供だったろうジルは、愛玩用として奴隷商の手に落ちたかのもしれない。高価な指輪が彼の手に残っているのも、高貴な血筋を証明するためとも考えられる。そのほうが高く売れるから。


 尤もハルマゴール帝国に古くからいる同族系の外見の特徴にも近いから、帝国貴族の可能性もある。しかしズタボロで発見されたジルと、帝国の半島遠征の時期が重なる事実から、アイリスは半島民族の線が濃いと考えているのだ。


「……ジル、あなたの指輪は形見だと思うの。あなたはかなりの身分だったんじゃないかしら」

 三年前ジルにネックレスチェーンを与え、それに通した指輪は今も彼の服の下にある。

「俺は今更知りたいとは思いません」

 ジルは金色の目でアイリスの菫色の瞳を見返した。


「たとえそうでもたかが少数民族の中で、ですよ。もし元々帝国のレイブン人だとしても記憶にないのですから、どうでもいいです」

 投げやりとも取れるジルの言葉にアイリスの気は重くなる。

 “ジル”は単なる愛称かもしれないし、“ベイチェック”は便宜上の姓にすぎない。アイリスは彼に本当の名前を取り戻してもらいたいのだ。


「それより、今後は祈りの方針がはっきりしてやりやすくなりましたね」

 ジルが分かりやすく話題を変えたので、アイリスも仕方なくそれに応じる。

「そうね。国境を守る意思を持って祈るわ。今よりずっと強固な結界になるはずよ」

「姫様。せっかくこの地にいるのですから海岸に直接結界を張るのを試してみませんか?」

「……それもそうね。魔物の件が片付いたらやってみるわ」

 なんせ、目の前に仮想敵国の軍事基地があるのだ。ジルの意図を察してアイリスも同意した。



「お久しぶりです。アイリス殿下、ジェイド殿下。この度は辺境まで足を運んでくださり本当に感謝しております」


 海岸線沿いのグインヒル領を治めているロンシード・ブリュンセル辺境伯は如才なく王族に接する。心中はともかく年端もいかぬ子供二人を蔑ろにする気配はない。

「妻のナンシーです」

 傍らの辺境伯夫人は紹介されると、丁寧に礼を取った。

 次に辺境伯は「嫡男のシードルーと娘のドロシーです」と側にいる子供達を紹介し、更に「次男は王都の騎士学校に寄宿しているので今回は不在です」と続けた。

 

「まあ、シードルー様はもうお父様の補佐を? すごいですわね」

 十七歳のシードルーが辺境伯騎士団の副団長と知り、アイリスは素直に感心した。

「国境を守るには経験が何よりの武器になるのです。私はまだ役職が名ばかりなので精進しています」

 外見年齢十三歳のアイリスが思うのもなんだが、シードルーは随分としっかりしている。さすがは次期辺境伯といったところか。


 翌日、シードルー率いる一個部隊の案内でアイリスたちは被害地を訪れる。


「まあ……」

 

 思わずアイリスは眉をひそめた。想像以上に広範囲の農地が荒らされていた。不気味な真っ黒な土に、所々黄色いガスが噴き出している。見る限り作物は壊滅的だ。

 これは補助が必要だろう。宰相に進言しなくては。


「普通の野獣被害と違って毒を撒き散らしますからね。あの黄色い煙は毒ガスです。中和する物質を加えていますが農地として使えるようになるには一年はかかります」

 

 過去から幾度となく被害に見舞われているので、辺境地は毒地を元に戻すノウハウを持っていた。シードルーの言葉に頷くと、アイリスは「ジェイド」と弟を呼ぶ。

 毒に汚染されたという井戸を覗き込んでいた彼は、急いでアイリスの元に駆けてきた。


「あなたの癒しの力は浄化作用でもあります。ここで祈ってみなさい」

 ジェイドは優しく告げる姉に困惑して彼女を見上げる。

「どうやって?」

「この黒く変色した土が豊かな大地に戻りますようにと祈ればいいの」

「女神様に? リューディア様に?」

「どちらでもいいわ。ジェイドの思うままに。願うの」


 神殿では女神に祈り、彼女の力を分けてもらって人々を治癒する。その修行をしているジェイドが畑相手に戸惑うのは当然だった。だからリューディアの加護が必要なのかと問うたのだ。それに対するアイリスの答えは単純である。

 なんでもいい。結局魔力変換できるのは願いの強さなのだ。




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