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6:祈り姫、弟の保護者になる。

本日2話目です。

 ある日アイリスとジルが剣を打ち合っていると、ガサガサと近くの茂みから小さい人影が現れた。


「……え? “いのりひめ”? 何しているの?」

 驚いて声を発したのは、子供のアイリスやジルより更に幼い少年だった。第三王子である。

 

「ジェイド殿下……」


 アイリスは驚いて剣を収め、側の東屋の椅子に急いで立て掛ける。


「ここは“祈り姫”の庭園です。姫の許可なく立ち入る事は許されていません」

 今日の守護担当のナルモンザとジョルジュは相手が王子なので静観する構えの中、大人の対応なんか知らないジルがアイリスを背後に庇う。


 銀髪に翡翠の瞳の王子はアイリスの五歳になる異母弟だ。現第四妃の一人息子である。ジルの威嚇に怯んで後ずさった王子は、それでも相手が子供だと思ってか、逃げ去らなかった。


「ごめんなさい」

 素直に謝るジェイドにジルは困惑してアイリスを振り返る。対応は任せた!の顔である。ジルの背後からアイリスはジェイドのもとへいく。


「いいのよ。いらっしゃい。でもお付きの人はどうしたの?」

 あとを引き取ったアイリスは少ししゃがみ、ジェイドの顔を覗き込んだ。


「葉っぱの間を通ってきた。ソフィは大人だからついてこられない」

 ジェイドは得意そうに胸を張る。ソフィとは侍女だろう。つまり庭園の生垣の隙間を縫って撒いてきたのだ。守護騎士も今頃慌てているに違いない。


「まあ、ソフィや騎士が心配していますよ。それに棘のある花もあるから、葉っぱの間を通るのはやめないと」

「特にばらとかキレイなのに痛いんだよな。ちゃんと痛いところは避けてる!」

 危ないと言い聞かせるアイリスに、ジェイドは自慢気だ。どうやら脱走の常習犯っぽい。ではそのうち迎えが来るだろう。


「冒険していたら剣の音が聞こえて、気になってのぞきに来た!」

 悪びれないジェイドに「冒険中だったのか……」とジルが呟いた。仕方ないな、という響きだった。男の子にありがちで共感したのだ。


「まさか姉上が剣のけいこをしているとは思わなかった」

 アイリスも見られるとは思っていなかった。魔法の練習中でなくて良かった。意図せず王子を傷つける危険があった。ジルや自分の魔法もできる限り秘匿する方針なのでその点でも安堵した。


「剣を使えたらいいなと思いまして」

「姉上は神にいのるだけでなく、せいきしも目指しているのか! すごいな!」

 聖騎士は女神に忠誠を誓う神殿の騎士だ。ジェイドは興奮して目を輝かせている。

「聖騎士にはなりませんが、強くなりたいのです」

「おんなは守られるものだと教わったぞ」

 そういう教育だ。


「そうですね。あまり褒められません。だからジェイド殿下、内緒にしてもらえませんか?」

「ふたりの秘密だな! っと、おまえもいたか。おまえ、どこの家の子どもだ?」

 二人きりの約束だと嬉しそうだったジェイドが、ジルの存在を思い出した。


「“祈り姫”の従者です。ジルと申します」

「そうか! 姉上をたのむぞ!」

 家名を名乗らないジルに不信感も抱かない幼な子だ。アイリスはくすりと笑う。


 ……ああ、可愛らしい。こんなに素直な子だったのか。


 巻き戻し前はこの異母弟と私的な会話をした記憶がない。そもそも“祈り姫”の庭園で剣の稽古などしないし、興味を持ったジェイドが紛れ込む事は無かった。


「お母様はお元気ですか?」

 社交辞令的に尋ねたアイリスにジェイドは目を曇らせた。

「多分な。今日はしばいを見て、明日からシュラン城に遊びに行くし」

 シュラン城は美しい湖を有する王家の保養地的な存在だ。アイリスは知識として知っているだけで行った事はない。

「まあ、今の季節だと湖で舟遊びが出来ますね。殿下も楽しみですわね」


「ぼくは行かない」

「え? そうなんですか」

「母上と仲のいい貴族たちだけで行くそうだ」

 

 公の場でしか二人が揃っているのを見た事ないが、第四妃はいつもジェイドにべったりと過保護気味だ。猫可愛がりされているジェイドは、今回置いてけぼりなのが不服で不貞腐れているのだとアイリスは考えた。


「大人だけの参加なのですね。それは残念でした」

「いや、母上はちゃんとした場所以外では、ぼくなんか見もしない」

「……え? そんな……」

「ぼくは王家の子だから乳母が見るんだ。母上のやくめは終わりだから、あとは好きにするって」

 少し目が潤んでいるジェイドにアイリスは絶句する。母に愛されていた記憶があるアイリスと違い、ジェイドは存命中の母に放置されているというのか? あの父王に愛情は求められまい。


「……今度、私と遊びましょうか」

 昏い表情の異母弟が哀れになってアイリスは提案した。ジェイドは弾かれたように彼女を見上げる。

「ほんと!?」

「ええ、でもちゃんとお付きの人に相談してね。勝手に来てはダメですよ」

「うん、わかった!!」


「ジェイド様!!」


 ようやく守護騎士がやって来た。申し訳ございませんと謝る騎士に「先に連絡さえくれれば構いません」とアイリスが伝えると、「姉様! 約束だよ!!」とジェイドが念押しする。

「ええ、またね」

 アイリスが小さく手を振ると、異母弟はブンブンと大きく手を振り返しながら去って行った。


「王子様と言っても普通の子どもと変わんないですね」

「そうね」

 忌憚のないジルの感想にアイリスも同意する。

「意外でした。一人息子ですし第四妃様の愛情をいっぱい受けているとばかり」

 公的な場での母子しか知らないナルモンザが呟く。


「いえ」

 ジョルジュが声を潜める。

「第四妃は神官の血筋を求められ、借金のある実家の援助と引き換えに後宮入りした方で、王子を産めば自由にしていいと王との盟約があったそうで、今は堂々と愛人を引き入れています」

 十歳のアイリスとジルには聞こえないように気を遣ったらしいが、アイリスには聞こえた。当然内容も理解する。


 ジョルジュはカミルの元騎士だけあって、そういった話に詳しかった。

 

 巻き戻しの生で、アイリスは様々な事情を知っていく。


 あの幼い異母弟もクーデター時は十二歳か……あの日は王族全てが城に居たはずだ。彼もきっと……。

 勉学も剣も嫌い、悪友たちと城下で遊び呆けていると聞いていた弟。気に入らないとすぐ暴力を振るう乱暴者だと、使用人たちからも距離を置かれていた。そんな傍若無人な彼に純粋な味方はいたのだろうか。


「母の愛情が得られないなら、姉が愛情を注げばよくない?」


 そんな不品行の片鱗すら見えない今なら彼の矯正も可能だと思ったアイリスは、周囲を見渡して同意を促す。

「姫様……」

 ジルが首を振る。

「姫様も子供なのに母の代わりは無理でしょう」

「肉親の愛情よ。母性とは別物だわ」

 カミルの『王子と関わるな』との助言に幼い第三王子は含まれないと思う。


「私はいいと思いますよ。王子と姫様が遊ぶ姿なんて、微笑ましすぎます。ああ、側にジルが控えていたら女官や令嬢たちが更に喜びますね」

 美形子供三人が戯れる情景を脳裏に浮かべてか、楽しそうにジョルジュが笑った。

「なんですか、それ」

 ジルは呆れるしかない。


「姉弟の仲が良い様子を見せれば王家の好感は上がるでしょう」

 希薄な家族感を少しは払拭できると、計算づくでナルモンザも反対しなかった。


 そんな大人の思惑関係なく、アイリスはジェイドを可愛がりたくなった。




◇◆◇◆


「姉様ー!!」

 無邪気に笑いながらジェイドが駆けてきた。アイリスは微笑んで立ち止まる。彼女の前に立ったジェイドは真面目くさった顔で「どうぞ」とアイリスに手を差し出す。その小さな手に手を乗せたアイリスを、恭しく馬車までエスコートする。馬車の乗降まで手伝いはできないから、悔しそうにイーグスに姉を託す。そして自分は手助けなく馬車に乗り込む。その小さな紳士の姿に、見送りの面々や護衛騎士たちも顔を緩めた。

 

 アイリスがジェイドと交流を持ってからもう一年近く経つ。庭園やサロンや図書室などで過ごし、時にはお忍びで城下で買い物を楽しみもした。


「森の中でごはんを食べるなんて初めてです」

「姉様もよ」

 今日は王家の広大な所有地の外れの森でピクニックだ。

 裏門を出て平原を突っ切った端に存在している<王家の東の森>と単純に呼ばれている場所。そこに行きたいアイリスが、それならばついでとばかりにジェイドを誘ったのである。全て王家の土地なのでいつもよりは護衛の数が少ない。


 ジェイドの筆頭侍女ソフィとジルが二人と同じ馬車に乗るのも、今や当たり前の光景だ。最初頃はアイリスの侍女が付き添わないのを不思議に思った周囲も、守護騎士見習いのジルが執事も兼ねていると知ったので文句はない。


「姉様! 羊さんがいるよ!」

 窓の外を飽きもせず見ているジェイドはずっとはしゃいでいる。


 目的地に到着すると、馬車を飛び出したジェイドはすぐに駆け回る。まるで子犬だ。

 森の中の開かれた場所にひっそりと佇む小さな湖。その周辺には色とりどりの花が咲き乱れ、ピクニックに最適の季節である。


「ジェイド、転ばないようにね」

 もうアイリスは異母弟を“殿下”とは呼ばない。それを第四妃に咎められる事もない。ジェイドと親しくするとよく分かったけれど、第四妃は驚くほど息子に興味がなかった。“祈り姫”と一緒にいるジェイドの様子を窺いに来た事も一度もない。アイリスの侍女たちに聞いたところによると、第四妃は『息子の様子は報告しなくていい』スタンスなので、ジェイドがアイリスとしょっちゅう会っているのも知らない可能性が高い。


「“祈り姫”様、こちらです」

 王宮騎士の一人が目的の場所にアイリスを案内する。アイリスに手を繋がれてご機嫌なジェイドは、一緒に連れて行かれる羽目になった。ゾロゾロと同行者も後ろに続く。


 泉の近くに洞窟があった。案内の騎士はその入り口手前で足を止める。

「この奥に祠があると聞き及んでおりますが、我々は入れませんのでここでお待ちします」

「また王家のひみつの場所なのか? 他に人がいないんだから一緒に行こう」

 ジェイドがその騎士の腕を引っ張る。


 王宮の<禁書庫><宝物庫>は分かるが、<祈り部屋>に、本神殿地下の<奥神殿の中の最深部>など、王族以外立ち入り禁止の場所は割と多い。ジェイドはそれらを馬鹿らしいと感じているので、単純に側近たちを連れて行こうと考えただけだ。


「うわっ」

 ジェイドに引っ張られた騎士は素直に動いたが、洞窟の入り口で見えない何かに弾かれた。

 自分の隣にいた騎士が後ずさったのでジェイドは「どうした?」と不思議そうに問うた。

「……何かに突き飛ばされた感じです。本当に我々は入れない……」


 本当に王族以外立ち入り不可の場所にはこうやって結界が張ってあるのだ。

 禁書庫もそうだ。アイリスは以前は入らなかったそこに入って、保管されている王家の系図や秘密文書を読み漁っている。知識は多い方がいい。そして封印魔法書なるものが存在し、それを読んで父の使用する大魔法は王家にのみ受け継がれているものだと知った。どのみち王族の血筋でも、攻撃特化の莫大な魔力保持者じゃないと使えない。今代では父しか無理だろうと納得した。


 そして秘密文書の一冊に、王家の所有地に結界を施した祠があると記載されており、アイリスはその場所<東の森>に行ってみる事にした。

 騎士たちが森の見回りもするので洞窟の存在は知られている。ただ入り口に王家の紋章が彫られているから、勝手に入るのは許されない決まりだ。だが、まさか結界に弾かれるとは騎士も知らなかったのだろう。洞窟は王子を守るための同行者すら拒むのである。

 アイリスは、[加護を得たければ訪れると良い]との記述を読み、どうせなら異母弟も一緒に連れて行こうと思ったのだ。洞窟の奥から嫌な気配はしない。歩を進めようとしたアイリスの腕をジルが掴んだ。


「姫様!」

 心配そうな顔の彼に「大丈夫よ。どんなものか見てくるだけ」と微笑む。

「ぼくが姉様を守るから心配するな!」

 虚栄を張ったジェイドがアイリスの手を引き、先に洞窟に入る。

「うわっ!?」

 一瞬何かに纏わりつかれた気がして、及び腰だったジェイドが悲鳴を上げた。


「これは初代アレスキア王の血が受け継がれているか、調べる空気みたいなものらしいですよ」

 アイリスは本の知識を披露する。


 こうして、まだ幼い姉弟は秘地に足を踏み入れた。

 


 

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