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5:祈り姫、忠誠を誓わせる。

よろしくお願いします。

「それで、姫様は孤児を拾って帰ったと」


 ナルモンザがソファーに座ってお茶を飲んでいるアイリスを見下ろす。彼女はカップをテーブルに置いて筆頭守護騎士を上目使いで見る。物心ついた時からの護衛で気心は知れている。おてんば王女は彼の説教に慣れていた。


「犬猫じゃないのよ。養護院から正規に引き取ったんだってば」


「なんですか、その仕草は……」


 顎の下でぎゅっと両手を握り締め、ナルモンザを見上げるアイリス。

 カミル直伝[あざと可愛いおねだりポーズ]である。こんな小手先の所作で?と半信半疑なアイリスに『強く言ってこられないはずよ』とカミルが言った通り、意外にもナルモンザには有効だった。

 よく分からないが、[小首を傾げてきょとんとする]も追加すれば良いと言っていたので、アイリスは姉の助言に従う。


「くっ! おい、お前たちもなぜお止めしなかった!!」

 ナルモンザはアイリスから目を逸らし、苦言の矛先をイーグスとジョルジュに変えた。


「魔法士としても剣士としても大成しそうな彼を、手元に置きたいとおっしゃるので」

「姫様のご意向ですから」

 少しばかりの恐縮さを見せつつ彼らは弁明する。


「どちらにしろ、彼はもう私の従者よ。今は執事見習いってとこね」

「守護騎士見習いではないのですか」

 不思議そうにナルモンザが尋ねると「護衛を兼ねた執事を目指してもらうわ」と笑顔で答えた。

 平民が一級魔法士になるには貴族並みの立ち居振る舞いと教養が必要だ。ジルには執事の素養もあるはず。


「随分と姫様は彼を評価しているのですね」

「そりゃね。無詠唱で火を出せるのよ。私たち王族はともかく、そこいらの貴族や本職の魔法士だってそんなに多くないわよね」

「無詠唱? それはまことですか」

 ナルモンザは騎士爵だが、元は子爵家次男である。魔力持ちの貴族の方が少数派になってきた昨今、自身も魔力はない。ただの孤児が魔力持ちとは信じられなかった。


「この目で確かに見ました」

 ジョルジュが肯定するとイーグスも「はい」と頷いた。


 ナルモンザは思案する。確かに逸材かもしれない。アイリスも魔力は高いらしいけれど、女性は生活魔法しか習わない。彼女を守る駒の一つとして、魔力持ちの側近は役立つのではないか。


「見た目から出生は帝国と思われますが、二年前に路地裏で瀕死の状態で発見されたようです。痩せこけて大怪我を負っていたそうです」

 イーグスの報告にナルモンザは痛まし気に顔をしかめた。

「生死を彷徨っていた時に名前と年齢を告げたけれど、落ち着いた時には記憶を失っていたそうです。仕方ないので帝国に多い“ベイチェック”姓を名乗らせる事にしたらしいです」


「分かりました。責任を持って我々が剣士として鍛えましょう」

 記憶を失うほどの忘れたい過去なのだろうか。哀れになったナルモンザは承知した。


「頼んだわ。シャール、あなたも指導してね。教養とマナーと魔術の教師の派遣もお願い」

 サクサクとアイリスは執事長に指示を出す。

「かしこまりました」


 離宮の時からアイリスに仕えていた執事のシャールは、“祈り姫”になってからの主人の変化に内心驚いている。すごく大人びているのは中身のせいだが、カミルと過ごして色々教わったからだと納得していた。



「姫様……、どうでしょうか」

 

 質のいい白シャツと黒のトラウザーズ姿のジルがおずおずとアイリスの前に現れた。

 風呂に入れられ綺麗になり、適当に伸びていた髪を短く整えられた彼は、慣れない自分の姿に戸惑っている。


「いいわね! 貴族のおぼっちゃまに見えるわー」

 アイリスは、可愛いと口走りそうになるのを耐える。あまりお姉さん目線なのはおかしい。


「整った顔立ちとは思ってたけど、なかなか佇まいも品がある」

 イーグスが感心してジルの全身を眺める。


「若い美形の側近は王族にとってはステータスなんです。姫様自ら市井で見出したのがいい。どこからも横入りが入らない。騎士団から見てくれのいいのを引っこ抜くと大抵貴族になりますしね」

 平民もいるのはいるけれど、裕福な商家などに護衛騎士として雇われる目的で入団して鍛えている。

 カミルの騎士をしていたジョルジュは内情に詳しい。アイリスが専属に抜擢するのは王族の寵愛を受けるのと同義である。ひいては貴族の派閥争いにも繋がるのだ。


「ジル、いいこと?」

 アイリスはジルの目の前に立つ。王族らしく堂々と。


「あなたを縛るのは私だけよ。私に忠誠を誓いなさい」


 ただの少年であるジルが王女に跪いて頭を下げた。どこで覚えたのか、右手を自分の心臓の上に置き忠誠を誓う騎士の真似をする。

「“祈り姫”アイリス王女に忠誠を捧げ、全力でお守りすると誓います」

 少年の精一杯の誠意だった。


 こうして、アイリスは前生に於いて敵対者であった、ジル・ベイチェックを手に入れた。


 アイリスは前生のジルの肩書きを知っているので彼のスペックの高さを承知していたが、その成長ぶりは周囲が驚くほど著しかった。


「おまえ、ホントにスジがいいな。教え甲斐があるぜ」

 イーグスは弟分の少年の頭を撫でながら褒める。

「確かに、国軍が欲しがりそうだ」

 ナルモンザも認めた。

「もう従者見習いとして姫様のお付きになっても良いのでは?」

 執事のシャールが合格点を出せば、ナルモンザも「ふむ」と考える。

「守護騎士としてはまだまだ認められんが、経験を積むために従者としてそろそろ同行させるか」

「本当ですか!?」

 やっと憧れの姫に付き従える。ジルはぱあっと顔を輝かせた。


「姫様! 姫様!」

「ジル、城内を走るのは危急時だけですよ」

 ちょうど自室から出てきたアイリスにジルが嬉しそうに駆け寄ると、彼女の侍女に咎められた。


「あっ……、失礼しました」

 ジルが居住まいを正す。

「ふふっ、何かいい事があったの?」

 ジルは喜怒哀楽を隠さない。それを現さないようにする修行中だが、かつての彼の常に不機嫌そうな顔を思い出すと、それよりは好ましいと思ってしまってアイリスは対応が甘くなってしまう。


「配下のあなたの態度如何は、姫様への評価に繋がるのだから気を抜いては駄目」

「申し訳ありません、……ソヤ」

 アイリスのこの筆頭侍女は貴族の未亡人である。敬称をつけないように言われても、まだジルは慣れない。


「徐々に慣れればいいし、私の評判なんて今更でしょ」

 屈託なく笑うアイリスにソヤは呆れる。街に出ては平民と関わる変わり者の姫だ。意のままに行動していると噂されていた前任“祈り姫”のカミルよりも、更に自由に振る舞う彼女は市井では親しまれている。


「ジル、我々の敵は?」

 ソヤの小声の問いに「他の王族と貴族です」とジルも小声で即答する。

 これはアイリスを慕う使用人たちの共通認識として、合言葉のようなものだ。平民にも優しいアイリスの姿は、高貴な者達の反感を買っている。孤児のジルを従者見習いとして雇ったのは、貴族社会であっという間に知れ渡っている。


 自分が貴族社会に外れた言動をすると『あんな下賤な者を側に置いて』とアイリスの足を引っ張る事になると、聡い少年はよく理解していた。だからソヤに戒められてジルはキリリと顔を引き締める。

 

「で、どうしたの、ジル」

 アイリスに用件を問われ、彼は恭しく礼をする。

「ようやく姫様のお付きを許可されました」

「まあ、思ったより早かったわ」

 アイリスは手放しで喜んだ。


 それからはアイリスの後ろにジルも控えるようになった。王城では特に好奇の目に晒される。貴族たちは眉をひそめるも“祈り姫”に面と向かって意見する者はいない。すれ違いざまにジルにだけ聞こえるように侮辱する。

 わざとぶつかろうとしたり足を引っ掛けようとされるのをジルは悉く躱す。窓から盥の水を掛けられても飛び退いて水を被らない。その身体能力の高さに貴族の護衛たちは[顔がいいだけじゃない]と気がつき、少年がただの執事ではなく守護騎士見習いだと悟る。 

 数々の嫌がらせにもジルは無表情を貫いて反応しない。背筋を伸ばして堂々と主人に従うだけである。

 

 貴族の大人気ない態度にアイリスの使用人たちは憤慨するが、養護院で暴行を受けていた事を思えば、ジルはその程度の嫌がらせは平気だ。問題児として養護院を追い出されると困るから抵抗しなかっただけである。アイリスに会った時は、好きでもない女の子を巡っての言いがかりにいい加減嫌気がさして反撃しただけだ。自分がその気になれば同年代の五人くらい一瞬で半殺しに出来ると知っていたから、本当に脅すだけのつもりだった。

 滅多にしない攻撃を“祈り姫”に見られたのは僥倖だ。まさか彼女の目に止まるとは。運命が大きく動くのを感じた。


 孤児のジルを雇うなんて破天荒なアイリスに、それからもジルは驚かされる。


 王族個人に割り当てられる庭で、アイリスは密かにジルと剣や魔法の訓練を望んだ。

 姫君が何故?と混乱するジルに「幼い頃から修行しているので相手を頼みますよ」と、執事長が平然としているのが信じられなかった。


「頼もしい守護騎士がいるのにどうしてですか?」

「自衛手段は多い方がいいからに決まってるじゃない」

 ジルの疑問にアイリスは当然のように答える。クーデターの時、守られて逃げ惑うだけの自分の無能さに後悔したのだ。どうせ型破りな“祈り姫”だ。強くなってやる。女性は高度魔法を覚えなくていいなんて常識はおかしい。所詮男優位の社会を保つためだろう。せっかくの魔力を使わないなんて宝の持ち腐れだ。


 ジルは魔法の基礎座学や生活呪文を教わると、アイリスの指示ですぐに習うのを辞めた。

「火をつけたり、涼風を送ったり、姫様の快適な生活のためだけなので」

 そう言わせて軽く発動させ見せて終える。講師にジルの魔力の多さを知られる前に切ったのだ。基礎を学ばせたのは、荒削りなジルが効率よく魔力を魔法に変換するため。

 天賦の才能だけでも十分やれるのだろうが、出来るなら回帰前と近いレベルになってほしいと思う。


「私ってば、攻撃魔法、下手よね。初級レベルだわ。お父様の半分でも使えたらなー」

 アイリスの愚痴に「無理です。陛下は規格外です」とジョルジュが答えた。

 ジョルジュは王と共に戦場に出た事があり、王の魔法を直接その目で見た。


「何百人もの敵兵に一撃で無数の炎の槍を降らせたり、川の水を操って敵陣を飲み込んだりと、とにかくすごいです」

「うわー、えげつないわね」

「それ、話には聞いてましたけど、誇張無しなんですね」

 イーグスも驚いている。


「全魔力を一撃に込めて高難度魔法を放つ短期決戦型なんですよ。そうして数を減らしたあとは戦意喪失した敵と我々、騎士や兵士が戦っていくんです。効率いいですよね。陛下ありきの戦法です」


 普通は一気に全魔力放出なんて出来ない。命の危険を感じて無意識にリミッターがかかるのだ。アイリスは“戦闘狂王”の真髄を知った。


 クーデターの成功のためには王の魔法封じは欠かせない。何人もの高位魔法士が協力したのだろう。もしかしたらジルも封印に参加していたのかもしれない。

 父王の高度魔法は発動が早いのがいやらしい。<攻撃は最大の防御>を地で行く父王は、魔力を攻撃特化に振り切っていたから防御魔法を覚えていない。いや、素質が無くて切り捨てたのかもしれない。それでも守護魔道具である程度対処出来る。その守りの時間中に父が魔法を使えれば父の勝ちだ。ちなみに高難度魔法使い故に父の剣の腕は一般兵並みらしい。


「まあね……私は防御と支援が得意だからそれを伸ばすわ。いざって時はあなたたちに補助魔法かけられるように頑張るから!」

「命をかけて姫様を守るのが我々ですよ」

 と、ナルモンザが「必要ありません」と首を振る。

「あなたたちが全力で戦える事が結局私の身を守るのよ。あなたたちを失いたくないから方針は変えないわ」


 あの最期の日、イーグスはアイリスが自室にいると見せかけ、陽動で時間稼ぎをしてくれた。他勢に無勢では無傷でいられなかったはずだ。状況的に殺されたと思う。クーデターでないにしろ、自分を庇って死ぬなんて絶対させない!




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