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4:祈り姫、青田買いをする。

よろしくお願いします。

 特にロデリックときたら。王と王太子が公務に追われている中、ふらふらとしている姿をよく見かける。第二王子がまるっきり暇なはずはない。側近や侍女が彼を探しているのも日常茶飯事だ。

 そして昼間っから空き部屋に女性を連れ込んでいるのを何度か目撃した。


(ばか兄め! ちゃんと防音魔法を使いなさいよ!)


 外見が十歳なので分からないふりをしている、こちらの身にもなってほしい。彼の守護騎士や侍女たちが慌てて自分を不自然に遠ざけようとするので気の毒だ。


 女性陣は茶会に夜会に買い物にと多忙で、国政に全く興味がない。無関心は過去のアイリスもそうだったので批判は出来ない。これからは彼女たちを反面教師にする所存である。

 それにしても三ヶ月に一度、王妃だけ集まる茶会があるって怖すぎる。誰がこんな害にしかならない催しを始めたのだろう。




◇◆◇◆

 

 初めて城の外に出る日がやってきた。お供はイーグスとジョルジュだ。行き先は巻き戻し前と同じく王都の本神殿近くのグロリア教会。しかし寄付金を準備していた前回とは違う。

 今日は視察のみ。帰ってから執事たちと寄付額を相談するつもりだ。場合によっては現物支給も考えている。教会運営の養護院や診療院に急ぎの必要物資があるなら、むしろその方が早い。


「“祈り姫”ご就任、おめでとうございます」

 グロリア教会でアイリスは並んだ神官たちに出迎えられた。“祈り姫”の威厳を精一杯見せて鷹揚に「有難うございます」と答えるに留めた。


 教会で祈りを捧げたのち、隣の養護院に足を運ぶ。神官の案内は断り近道の裏口からまわる。

 養護院の裏門を潜ったところで、いきなり子供達の声が聞こえた。


「ちょっと魔法が使えるからって大きな顔するな!」

「マリーとベタベタすんなよ!」

「出て行け! 外国人!」


 見れば洗濯場で、五人の少年が蹲っている黒髪の少年を足蹴りにしていた。ああ、既視感がある。前も出くわした場面だ。一回目と同様にアイリスはイーグスを見上げ、止めてと目で訴えた。王女の意を汲んでイーグスが少年たちに近づこうとした時。

 

「わっ!!」

 一人の少年が蹴っていた足を掴まれ転ばされた。一方的に蹴られていた少年が反撃に転じたのだ。

 被害に遭っていた少年が、落ちていた枝を素早く拾い、その先に火を点けそれを振りかざす。

「あっつ! やめろよ!」

「魔法は禁止だろ! 言いつけてやる!」

「メシ抜きで折檻だな!」

「武器は卑怯だぞ!!」


 少年たちはさっきの威勢はどこへやら、黒髪の少年から距離をとる。


「五人がかりの方が卑怯じゃないかな」

 穏やかにイーグスが声を掛けたら全員がびっくりして、弾かれたようにアイリスたちの方を向く。

「マリーちゃんて子に気に入られているから、その子を虐めるのかい?」

 ジョルジュが呆れている。


 分が悪いと悟ったのか少年たちは一目散に逃げていった。被害者の黒髪の少年を残して。黒髪の少年は慌てて木の枝を投げ捨てると、足で火を踏み消した。


 アイリスは過去を思い出す。そうだ、ここで虐められていた少年がいた。


「あなた……」

 

 大丈夫かと声をかけようとしたアイリスは絶句した。

 

 ぼさぼさな黒髪、金色の瞳に小麦色の肌。汚れているが整った顔立ち…。幼いが間違いない。ジル・ベイチェックだ。

 

 そうだ、会った。……この少年だったのか!


 無詠唱で火を出した彼に興奮して『あなた、魔力が高いのね! 魔法士になるといいわ!』と言った。

 確かに言った……。木の棒に一瞬で火を点ける火力なんて、強大な魔力の持ち主に違いないから絶賛するに決まっている。アイリスは心の中で頭を抱えた。


(私と出会って未来を決めちゃったかー! ごめんね。魔法士にならなかったら、フローラ姉様の目に留まらなかったのにー)


 言葉を失っているアイリスに代わって騎士たちが話しかける。

「君、名前は? いくつ?」

「ジル……、十歳、です」

 ジョルジュの問いかけにぼそりと答えた。痩せすぎで小柄だ。とてもアイリスと同い年とは思えない。

「栄養状態が悪い。食費が足りていないのか?」

 イーグスは眉をひそめている。


「君さあ、戦士の素質あるよ。ただ振り回すんじゃなくて威嚇攻撃してたよね。動きも状況判断もいい。騎士か軍人になるといいよ」

 ジョルジュがいい笑顔でベイチェックの肩を叩いた。

 アイリスが魔法士を勧める前に、前回はいなかったジョルジュが戦士を勧めている。

 

(どういう事? これで今度はベイチェックが騎士か軍人を目指すの!?)


「魔法がすごいじゃない」

 アイリスは口を出す。

「私は魔法は分かりませんが、この子は身体能力がずば抜けています。戦い方は剣士向きです」

 ジョルジュの言葉に「確かに、優れた剣士になるでしょうね」とイーグスも頷く。

「本当ですか!?」

 ベイチェックが目を輝かせて乗り気だ。実力者の二人が太鼓判を押すのだから適性があるんだろう。

 

(でも国軍や騎士団で頭角を現して出世したら、結局フローラ姉様に目をつけられるんじゃない? 今が私と同い年なら逆行前のあの時十七歳よね? 背が高いし精悍な顔だし、絶対二十歳以上だと思っていた。……じゃあこの子、十四、五歳の頃からフローラ姉様の愛人をやらされてたってわけ!?)


 フローラに弄ばれ病んでしまって、クーデターに身を投じたのかもしれない。

 

 閃いた!!


「ねえ、ジル! 私の守護騎士になりなさい!!」


(フローラ姉様の毒牙にかかる前に、私が囲い込めばいいのよ!)


 突然のアイリスの宣言に、三人がぽかんとする。


「もちろん見習いからよ。剣術もだけど、魔法も覚えてもらうわよ!」

 

「姫様、それは……」

 才能は認めても、身元も分からぬ少年を側に置くわけには……とイーグスが口籠る。

「剣術に魔法ですか?」

 ジョルジュはアイリスの意図に首を傾げる。


「魔力持ちは魔法士へ、肉体派は戦士へ、なんて型に嵌る必要ないじゃない! 両方の才能があるなら魔法剣士になってもらうわ」

「なんですか、魔法剣士って」

 イーグスの疑問に「今、思いついたの」とアイリスは笑う。

「魔法を剣に纏わせて戦う剣士。見てみたいわ」

 ジル・ベイチェックは平民で若くして一級魔法士まで登りつめた男である。その上の特級や聖級なんて階級は貴族限定だ。だからもしかすると王に次ぐ実力だったかもしれない。そんな男をただの剣士にするなんて勿体無い。もちろん国に管理される魔法士にもさせない。

 

 ベイチェックは自分より背の高いアイリスを真剣な顔で見上げる。

「それが可能なら両方修行したいです。喜んであなたの騎士になります! ぜひお願いします!!」


「いいわ、私に仕えなさい」

 

(ベイチェックは私に仕えたかったと言った。前みたいな大人しい“祈り姫”じゃないから、がっかりするかもしれない。でも少なくとも私は性的搾取はしない)


「早速連れて帰るわ。ジョルジュ、責任者と話つけてきて」

「姫様! 即決は……」

 ジョルジュとイーグスは、今日ナルモンザを留守番[姫の部屋の扉番係]にした事を後悔した。彼ならこの事態の収拾が出来たであろうにと。


「騎士は五人までつけられるんだから問題ないでしょ。個々の裁量の範囲内よ」

「姫様……どこでそんな言葉覚えるんですか……」

 

 結局押し切られたジョルジュが「“祈り姫”が彼の才能を見出した。いますぐ引き取りの手続きを頼む」と交渉する。養子になるのではなく王族個人が雇うので後日正式な書類を送る旨を伝え、簡易書面だけで仮契約し、少年はそのままアイリスたちと同行する事になった。


「いる物だけ持っておいで」


「王女様、服を含めて全て共有の物です。私物はありません」

 院長にそう言って送り出されたベイチェックの物は、首に掛けた古びた紐に通された指輪だけだった。


「ねえ、ジルって呼んでいい?」

「はい。姫様のお好きなように」

「その指輪は大事な物なのね?」

「多分。……ずっと握りしめていたって」


 ジョルジュとイーグスは顔を見合わせる。

 言葉遣いも所作も丁寧だ。ひょっとしたら没落した貴族か、破産した裕福な商家あたりの出身か。育ちは悪くない。


「ねえ、細工屋と、この子を着替えさせたいから古着屋に寄ってくれる?」


 一度目の生では立ち寄らなかった場所だ。

 城に仕立て屋が来るし商人の出入りも多かったから、外で買い物なんて発想すらなかった。

 王妃たちが競って装飾品を買っていたのを見ると、必要ない装飾品を買うくらいなら寄付金に回した方が良いと信じていた。


 カミルが、街で買い物をするのは経済を回す意味もあるのだと教えてくれた。だから今、あちこちに差し入れているものは、メイドに頼んで人気の菓子などを買いに行ってもらっている。

 カミルはそういったお使いの者には、駄賃や菓子のお裾分け、小物などを渡していると聞いた時はびっくりした。彼女は使用人や守護騎士にも時折お礼をしていたのだ。

 

『人気取りだけじゃないわよ。誰だって感謝してお礼されたら嬉しいじゃない?』

 姉の言葉に納得した。なるほど。確かに偉そうに言葉をかけるだけなのは人として傲慢である。

 王族の言葉を賜るだけで配下の者は光栄なのだと習ったアイリスは姉の聡明さに感嘆した。


「どういった細工品をご所望ですか?」

 馬車を護衛する騎士に尋ねられ、「首飾りみたいな丈夫なチェーンが欲しいの」と答えると、兵士や騎士、冒険者たちが利用する武器防具屋に連れて行かれた。


「ねえ、ちょっとそれ貸して」

 ジルが首にかけている紐を軽く突くと、彼はしばらく躊躇したのち紐を外してアイリスに手渡した。それを手にしたアイリスを不安そうに見る。取り上げられるとでも思っているのだろうか。

「ちょっと待っていてね」

 少年を安心させるように笑ったアイリスは、場違いな店に入って行った。


 店内は剣や防具の他に、まじない付きの装飾品など実用的な物が所狭しと並んでいる。

 アイリスは兵士の認識証板を通すチェーンに目をつけ、軽くて丈夫なアマタイト製の物を選ぶと、早速指輪をチェーンに通す。そして改めて指輪を観察した。


(材質は何かな。薄く桃色がかった綺麗な金色。浮き彫り細工も繊細だわ。意匠は<蔦と小鳥>っぽい。家紋って感じでもないわね。ゴツいから男性用かしら)


 馬車に戻ると、所在なさげに座っていたジルがアイリスを見るとほっとした顔をした。

「あんなすぐ切れそうな紐じゃ駄目よ。はい、これを着けて」

 渡された鎖にジルは目を丸くした。

「これを俺に?」

「あなたを従者にするんだからね。それなりの格好してもらうわよ」


 俯いたジルの目から涙が一粒こぼれた。アイリスは慌ててジルの手を握る。

「給料から引いたりしないから! 純粋に贈り物だから安心して!」

 とても十歳の王女のセリフではない。


「嬉しいんです……。大事な物を守るためにと考えてくださって……」

 

 顔を上げたジルは満面の笑みで「有難うございます! がんばります!」と礼を言った。


(幼い頃はこんなに表情豊かだったんだな)


 いつも不機嫌そうだった未来のジルの顔を思い出して、アイリスはちょっと切なくなった。

 



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