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続編7:王太子、姉に引導を渡す。

 王太子の婚約披露パーティは恙無く終わった。


 幸いな事にジルの転移能力について、披露宴時には大きな騒ぎにはならなかった。目撃者が少なかったのと、王太子たちの祝慶に水を差すのを“祈り姫”が嫌い、彼らに口止めしたからである。


 そしてもう一つ、“祈り姫”の結婚話について特筆すべき事もあった。


 現在の“祈り姫”の有能さは他国にも知れ渡り、任期終了後に娶りたいとの申し込みが山のように届きすぎて、王国は『現“祈り姫”は生涯“祈り子”を務める事が決定しているので、結婚しても王城、若しくは王城近くに住むのが配偶者の最低条件である』と正式に発表した。

 ジルがどうして婚約者候補なのか、に対しての解でもある。しがらみのない彼は条件を満たしているのだ。


 レジン首領国の招待客が「それにしても相手が孤児とは」とつい否定的な言葉を口にして、それが王の耳に届いてしまい、周囲が『陛下が内政干渉だとキレやしないか』とひやひやする中、王は客を見据えて獰猛な笑みを見せた。


「あやつはレダ王国のアーティファクトの保持者だから、まず間違いなくレダ王家の末裔だ。その上、高魔力の持ち主、剣技も一流。次の戦争には間違いなく私の右腕になって活躍してくれるだろう」


 ここで戦闘力に言及するのが“戦闘狂王”である所以だ。しかしこれはレジンの謀反への牽制でもあるのだろう。それに気が付いたレジンの招待客は顔を青くした。


「ほら、姉上、実質もう<婚約者>じゃん」

 近づいてきたジェイドが小声で話しかける。確かに『まだ候補の一人だ』と言われていない。


「候補としたのは絶対父上の嫌がらせだって。僕だって父上にお願い事する度に、何かしらの条件を付けられるんだよ? そういう性格なんだ」


 幼かった異母弟も随分逞しくなったものだ。父王に願い事とは、すなわち交渉である。父王は嫌がらせと言うより、自分が優位に立ちたいがためのような気がする。ただの我儘じゃないかな、とアイリスは最近呆れている。



「クラリーサ様、お疲れ様でした」

「アイリス王女殿下、お気遣いありがとうございます」

 披露パーティ後にアイリスが労うと、気が張っていた顔を緩めたクラリーサは礼を述べた。そのまま着替えの為に王太子と別れる。アイリスも同様にジルに「また後で」と告げて去った。



「……王太子殿下、お時間よろしいですか?」

「ん? 何かあったのかい」

「フローラ王女殿下についてなのですが」

「ああ、退座していたね。腕組んで一緒に消えたのは、遊び人の男やもめの侯爵だったから見逃したんだが」


 ジルは眉をひそめた。他の男を見繕ったか。弟のめでたい婚約披露宴なのに実に節操がない。王太子はそれ以前のフローラの動向は知らないようだ。


「実は……」

 ジルはケーン・イドに話をはじめた。





◇◆◇◆



 フローラ王女は王太子に執務室に来るように呼ばれた。父王に呼ばれるならまだしも、弟に指図されるのは苛つく。帰国後は父に自由にさせてもらっていたから、余計に用件が気になる。


「王太子殿下、お呼びでしょうか」

 それでも笑みを浮かべて弟を上目遣いに見た。媚が通じる相手ではないのは承知の上で、それでも幼少時よりこうして父王にも関わってきたから、三十路になっても今更やめられない。執務室の机の前には大宰相が控えているので公用だ。


「姉上の嫁入り先が決まりました。砂の国ゾビットの国王が、ハルマゴール帝国の前皇帝妃だった姉上に興味を持って、ぜひにとの事だ」


「砂の国の王!? 正式な妻を娶らず、後宮に大勢の女性を囲っている好色だという噂ではありませんか!」


「もともとゾビットはそういう文化です。子を成せば[子の母親]という名誉を受けられますが、女性に権力を持たせない仕組みになっているんです。魅力的な若い娘がひしめく後宮で、姉上がいつまで王の関心を得られるかは姉上次第です」


「なっ!?」


「ひと月後には輿入れです。私財は全てお持ちください。初婚時ほどではありませんが、王国からの支度もきちんとしますのでご安心を」


「なんであんたがそんな事決めるの!? お父様と話してくるわ!」


 踵を返そうとするフローラ王女に「無駄です。これは王命です」とケーン・イドは言葉を投げる。


「王命ですって!?」


「そうです。出戻りのあなたに何も言わなかったのは、あなたがご自身の財産で好きな事をしていたからです。国財に影響がない限り、陛下は既婚者や恋人のいる男にも手を出す“王家の徒花”に苦言を呈する事もない。お分かりですか? 陛下はあなたに興味がないから放っておいた」


 それは知っている。フローラは唇を噛んだ。


「だったら、今更、何故再婚などと」

 しかも普通の正式な婚姻ではない。側室ですらなく王の持ち物の一つになるのである。


「妹の婚約者に手を出すなど言語道断。さすがに私も見過ごせません」


「平民の分際で妹の婚約者候補だなんてあの男が、何か戯言を?」

 弟に告げ口したかと苦々しく思うも、フローラは顔色も変えない。


「しかも私の婚約披露パーティで彼を嵌めようだなんて、ふざけた真似をしてくれたものだ」


「何の事やら分からないわ」

 アイリスからジルを奪う計画も結局は未遂だ。何も起こらなかった。


「ジルが案内された個室に姉上がいたのは何故でしょうか」


 フローラはあでやかに笑む。


「さあ? それこそ彼が私に興味を持ったからじゃなくって? いきなり男が入ってきて驚いて叫ぶところでしたわ」


「あくまでジルがあなたの色香に迷ったと?」

「どうでしょう。妹を悲しませないでと諭したら出て行ったので、私たちの間には何もなかったですわ」


 王太子は眉間に深い皺を刻む。

「姉上、ジルはアイリスの守護騎士でもあるのです」

「そんな周知の事」


「披露パーティの時、一番近くで妹を守るあの男が、なんの対策もしないわけがない」


「どういう事?」


 ようやくフローラは不安になる。


 無言で王太子が何か小さい箱型の物を取り出すと、何やら操作をしたらしく、かちりと音がした。



«おまえに興味があったのに、アイリスの強固な拒否にあって手に入れられなかった。おまえは初恋に囚われすぎよ»

«運命の相手ですから»


王太子が調整して壁にそれを向ければ、壁に薄い映像ながら、しどけない格好をしたフローラの姿が映った。それと同時に声が響く。映像より音声の方が鮮明だった。


「!?」


何が起こっているのか分からない。しかし壁に映し出されているのは、間違いなく弟の婚約披露パーティの時のドレス姿の自分だ。


«私に恥をかかせるの? ここは私の控え室よ。安心して、妹は来ないわ。まだただの婚約者候補なんでしょう? 浮気にもならない»

«最低ですね。俺にだけ、ここがアイリス王女の控え室だと、嘘の情報を掴ませたのですか»

«さあね、もう無粋な話はやめて大人の時間を過ごしましょう»


 覚えがある! これは妹の大事な男を奪ってやろうとしたあの時のやり取り!


«……そう、残念ね。おまえの未来は終わりよ»

«どういう意味です?»

«ここにいるのは“祈り姫”の姉に懸想する不埒者だけだわ!»


 間違いない! ジルはアイリスの従者として映像を記録する魔道具を持っていたのだ。おそらく王太子の警護も兼ねていたから、不自然なくらい、あちこちに目を配っていたのだ。何かあれば証拠の映像が残せるように。


«私が叫んだら、警護の者やメイドがやってくるわ。内から鍵の掛かったドアを開けて見るものは……おまえに襲われて髪やドレスを乱して泣いている私よ»

 

«全く、くだらない。誰が信じますか»


「もうやめて、ケーン!!」


 自ら髪とドレスを乱す自分の姿に、居た堪れなくてフローラは叫んだ。もう“王太子殿下”ではなく、弟の名を呼んでしまうほど取り乱している。


«めでたい王太子の婚約披露パーティよ。国中から貴族が集まって、他国の大使だって呼ばれているのよ。醜聞の責任は取らされるでしょう。もうアイリスの側にはいられないわ»

«もうこれ以上、あなたと二人きりなんて耐えられない!»


そうして映像がぶれて、次の瞬間には壁には妹の驚いた顔が映し出されていた。


「姉上、これ以上ない証拠です。大体ジルを閉じ込めても無駄だったんだ。あの転移は魔道具じゃない。ジル自身の魔法なんです」


「だから……ずっと落ち着いていたのね。いつでも逃げられるから」


「そうです。そして転移場所は常にアイリスの側だそうです。呆れるくらいの忠心、いや、愛情でしょう?」


 たった一人を愛している……そんな男も[一夜の戯れ]に誘えば落ちたのに!


「ふふっ……純情すぎて他の女には目移りしなかったのね……」


「と言うかあなたには酷ですが、ジルはあなたに生理的嫌悪があります。あなたが準備した媚薬入りシャンパンをもし飲んだとしても、あなたには手を出さなかったでしょうね」


 警護中でもある。パーティ会場で給仕から直接手渡された飲み物など飲まないし、アイリスにだって渡さない。


「生理的嫌悪って……ケーン! ひどいわ!」


「数多の男に愛されているなんて幻想です。あなたが王女だから拒めなかった男性も多いのですよ?」


「嘘よ!!」


 ふっと王太子が笑った。彼には珍しく嘲りを含んでいた。


「納得してもらおうなんて思いません。その自信でゾビット王を陥落して、是非ともかの国で歴史上初の“妃”になってください」


 話は終わりだと、王太子は姉を追い出す。


 フローラ王女は最後まで不服そうに何か叫んでいた。あの調子だと父王に直談判しそうだ。だが王命が覆る事などない。ケーン・イドはフローラが自国にずっといる事の弊害を並べたて、国王はそれに納得したのだから。



「あとは……第四妃か……」

こちらは自分の嫁なのだから、正直、父王に対応してもらいたい! 追い出す役目を担うのが憂鬱である。




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