続編1:祈り姫、婚約者(仮)を得る。
続編です。よろしくお願いします!
「ほう、ジル。では婚約者候補となったんだね」
ケーン・イド王太子は、不服そうな顔のジルに「上出来ではないか?」と本音を述べる。
王に“祈り姫”との結婚を申し出るにあたり、王太子の助言をもらったので、ジルとアイリスは結果報告をしに、彼の執務室を訪れているのだ。
「前の“祈り姫”様はすぐに結婚の許可が降りたと聞きました」
「カミルの相手はシュワノスタ公国の皇太子だぞ。国際結婚で旨味があったからに決まっているだろ」
「カミル姉様は母親の第一妃様の後押しもあったし」
母親の実家が親戚として公国と縁付きたい欲得を、カミル自身が煽ったらしい。
そしてあまり仲の良くない母娘だが、カミルは母を真似た。
つまり『王太子以外には嫁がない!』と公言して若き日の現王に纏わりつき、他の有力令嬢を排除してまんまと第一妃に収まった母のように、『皇太子以外には嫁がない!』と押し通したのだ。
『全く、お前は母親似だったのか』
第一妃の嫁取り当時を思い出したのか、苦笑いした王は「望むようにするが良い」と、あっさりした対応だったとアイリスは聞いた。
「平民のジルと違って、国益として良かったんだよ、カミルの場合は」
「でも“祈り姫”は相手を選べるんだから実質許可だろ。良かったじゃないか、ジル」
何故かジェイドも執務室に着いてきて、常備されている菓子を頬張っている。慣れたもので、勝手知ったる兄の仕事場で寛いでいた。
「意外です。ジェイド殿下は相手が誰でも、結婚に反対すると思っていました」
シスコンだからなと、ジルは心の中でこっそり呟いた。
「……おまえは何があっても姉様を守り抜くと、信頼しているから。それだけだ」
不本意そうな顔をしながらもジルを認めるジェイドに、「へえ、お姉ちゃん子が成長したね」と王太子は感嘆する。
「ジェイド……」
アイリスは嬉しそうに弟の頭を撫でた。思春期なのにその子供扱いに甘んじているのが、彼がシスコンである証拠だ。ジルは若干冷めた目を彼に向けた。
「それで? 婚約者にするには、陛下は条件とか付けたんじゃないか?」
アイリスが降嫁して<祈りの間>に通えるのが最低条件で、ジルはそれを満たしている。あとは……素養の見極めか。
「その通りですよ、王太子殿下。次に国境を攻められたら、側近として参戦せよとの王命です」
「多分うわさの魔法剣士の技量を見たいだけだな、それは。アイリスの婚約者候補の名目なら側に置く大義名分ができる」
「そんな好奇心だけで……?」
ジルが脱力する。
「そうね。戦闘狂だもの。陛下にいいとこ見せようなんて無理しないでね?」
「私は内政担当で戦争の実経験が無いから、助言はしてやれん。ただおまえの度胸を試したいだけのような気もする。臆病風に吹かれるなよ」
王太子は十代のうちから国王代行を任されている。優秀な彼に家臣たちも不満はない。国璽は常時王太子が所持しているくらいだ。
国内の細かい事など煩わしいと考えている現王は、強い国の象徴であるけれど、賢王とは言い難い。
ジルには、前生で国王と同じ前線で戦った魔法士としての記憶もある。戦争に何度も駆り出された。だから今更臆する事はない。初陣であって初陣ではないのだ。だから自信を持って王太子に「大丈夫です」と答えた。
敵兵の大群を冷酷に見据えて放った、国王陛下の攻撃魔法には度肝を抜かれ、初見では圧倒のあまり唖然とその凄まじさを見ていた。将軍の命令が飛ぶまで、茫然自失で立ち尽くしていたものだ。
前生は魔法士として後方支援だったが、今回は剣士としての活躍をご所望なら、結果を出して見せよう。王の側を離れないで必ず守護するとジルは決意する。
◇◆◇◆
『女神に愛されし国の光であらせられる国王陛下に、願い出るご無礼をお許しください』
アイリスを伴って国王の執務室を訪れたジルは、真っ先にその“覇王”たる所以の覇気をぶつけられた。しかしそれを持ち前の魔力で無意識に相殺する。
実態はともかく表面上は震える事すらなく、口上も堂々としたものだった。
『申してみよ』
第一関門突破といったところか。ここで覇王に気力で押されたら、きっとすぐに退室させられる。ジルは腹に力を込めた。
『わたくし蒼の<森の民>が里長の息子、レダ・ジルフォート・インファブル・バルと我が主人、アイリス王女殿下との結婚を許していただけないでしょうか』
落ち着くように心を奮い立たせていたが、喉はカラカラで鼓動は激しい。
情けなくも緊張のあまり、この後の記憶は朧げだ。
王太子の作戦通り、レダ王国のアーティファクトの神秘さを見せつけた。それを証拠にレダ王家の末裔に間違いないと、アイリスが訴えたのは覚えている。
そして、最終的に『婚約者候補とする』と言われたのにがっかりした。
「会話に澱みもなく見事な駆け引きだったと、大宰相は言ってくれましたよ」
立ち会っていた大宰相が、こっそりと裏で誉めてくれたとアイリスは語る。
「駆け引き……娘婿候補と……。うん、そうだろうね。陛下だもんな……」
王太子は胡乱な目で頷いた。
「おまえに娘はやらん、みたいな父親な反応は解釈違いだし。まあ、上々の着地点と思うしかないよ」
アイリスの執務室では、結果を待ち望んでいた面々が迎える。
婚約者“候補”と聞かされて微妙な空気になったものの、概ね王太子と同じような反応だった。
「第六王女としてより、現役“祈り姫”としての降嫁ですから、問題なく婚姻に至れると思います」
執事長は見解を述べる。
「そうですよねー。私たちお城の使用人が『お二人は初恋同士だ』って城下町で言いふらしてるから、身分違いの恋だって、庶民には評判いいんですよー」
カリンカがのんびりとした口調でとんでもない事を言う。
「な、何してんのよ、カリンカ!」
慌てるアイリスに、「え? だってジルに頼まれてんですよ?」とカリンカはジルを指差す。
アイリスが弾かれたようにジルを見上げても、彼はしれっと涼しい顔だ。
「外堀を埋める的な? 世論の同意を得たいのかい?」
イージスが茶化す。
「俺は孤立無援なんですよ? 国民感情を味方につけて悪いですか」
言い放つジルは全く悪びれていない。
「市井で人気の“祈り姫”様が、能力を認めて自ら家臣にした孤児との恋。お二人が正式に婚約したら、劇団がこぞって作品にするでしょうね」
珍しくソヤまで興奮気味に語った。
なんだかんだと二人の関係を見守ってきたので話も弾むのだ。
「ああ、気になる事を思い出しました」
一斉に視線を浴びて、ジョルジュは困ったように眉尻を下げる。
「前前“祈り姫”のルティア第一王女殿下は、夜会で出会った南方の伯爵家嫡男に降嫁されました。政略に使えないと渋った陛下は、結婚条件で、第一王女殿下に『ハルマゴール帝国の聖女に認められて“聖女の証”を貰って来い』と、今まで交流のない聖女に接触させたんです。アイリス殿下にも似たような命がくだされるかもしれません」
「何かしら功績を上げろって事ですか? 姫様は国を救い護っているのに、これ以上どうしろと……」
ジルが弱音を吐けば、ジョルジュは彼の肩に手を置いて慰めた。
「陛下は自分の駒が思う通りに動かない事を嫌う。だから陛下に自覚はなくても、嫌がらせじみた真似をしてしまうんだと。カミル様の受け売りだ」
「でもルティアお姉様は“聖女の証”を貰えたのよね?」
第一王女は無事に恋愛結婚をしているから、父王の無茶振りに応えられたのだろう。
アイリスが確認すればジョルジュは首を横に振り、「帝国の聖女達に『そんな物は無い』と一蹴されたそうです」
「はああ!? 無い物を持ち帰れって言ったの!?」
思わずアイリスは大声を上げた。
「その旨を陛下に伝えると『そうか』の一言で終わったそうです」
(あの戦闘狂! きっとルティア姉様を困惑させるために帝国に行かせたんだわ!)
微妙な嫌がらせに違いない。残念な事に、アイリスの父に対する評価はそんなものだ。王太子なら『然もありなん』と共感してくれそうだと思った。