27:祈り姫、従者を選ぶ。
最終話です。お付き合いいただき有難うございました。
アイリスがハヴェルに連れて行かれたのは、王都の端の森の狩猟石小屋だった。
「救出隊は向かってくれ!!」
アイリスの髪飾りに追跡魔道具を付けている。それで位置を特定したジルは、待機していた騎士一個隊にすぐさま指示した。魔法防御の魔道具を着けた騎士たちは、早速“祈り姫”救出に動く。
『証拠が無いなら現行犯逮捕すればいいのよ!』
アイリスの思いつきから捕縛劇が計画された。
アイリスがメイガータやレダ復興組織を嗅ぎ回っているのは、すぐに彼らに知られるだろう。
必ず接触してくる。
だけど城下の移動中に馬車を襲うなんてリスクが大きすぎる。ならばもっと堅実な方法、捕まえてアジトに転移するのではないか。一瞬身体を掴めばいいのだ。魔道具での転移は距離が限られている。せいぜい王都内だ。
『私を拉致しただけで立派な犯罪よね!』
『囮になるなんて危険すぎます!』
『私の指示に従うって言ったわよね。大丈夫よ! 私が合図したら転移してきて!』
作戦に大反対したジルも言質を盾に、結局アイリスに押し切られた。
__誘拐させる隙を作る。慰問公示日にジルは“祈り姫”から少し離れた場所に隠れてひっそりと彼女を見守っていた。
すると、養護院で“祈り姫”に近づいた男がいた。かつらと付け髭で人相を変えているがジルが見間違えるはずもない。
__ハヴェル・モノミントが掛かった!!
さりげなく視線を寄越してきたアイリスにジルは大きく頷いた。アイリスにもこれで伝わっただろう。
覚悟はしていたけれど、目の前でアイリスが消えたのは恐怖だった。反射的に彼女を追って転移したかった。
しかしアイリスは、メイガータたちと話をするのが目的でもあるので、彼女が監視魔道具に触るまでは来ないようにと命令された。焦燥に駆られながら彼女の動向を見守る。
ハヴァルがアイリスに精神支配魔法を掛けた!
それはアイリスの全身を包み、すぐに霧散する。彼女は馬鹿にして奴の魔力をゴミを払うように手を動かした。アイリスの指示はまだ無い。
しかしもう我慢出来なかった。ジルは指示を待たずにアイリスの元に転移する。
ジルは戦意喪失したハヴァルとメイガータを魔力で拘束した。彼らは抵抗しなかった。しばらくして救援部隊がやって来た。
主要二人が逮捕されたレダ復興組織の瓦解は早かった。
<仔猫の牙>の見立て通り結束の緩い集団で、自称レダの血を継ぐ者や神聖国での高待遇を期待した帝国の魔法士たちが寄せ集まったものだった。
カリスマ性の高いハヴァルと、有名な占い師の美女メイガータに惹かれた者たちが、彼らの夢に賛同して協力していたのである。
数カ所ある小さなアジトには証拠になるような物もなく、武器商人として成功していたハヴァルが購入した、王都寄りの大きな都市にある、元王国貴族の邸宅が本拠地だった。
そこには実験室や魔道具作成室があり、各種高度魔道具や毒入りロチレート治療薬が見つかった。国家を攻撃する証拠品として全て回収された。
証拠の監視映像だけでも王女誘拐監禁、国家簒奪容疑は免れない。ハヴァルとメイガータには重い刑罰が科せられるだろう。
「まさかね、王女誘拐で現行犯逮捕させるなんて、さすがに私も思わなかったよ!?」
王太子は怒っていた。アイリスとジルは彼の執務室で、頭を垂れて彼の説教を聞く。
「妹がそんな作戦を立てた時点で、ジル、おまえは私に相談に来るべきだったんだよ!」
「兄様!! ジルは私の命令に従っただけです!」
「だけど主君を囮にするなんて、有り得ない命令は聞くべきじゃない!」
「お父様は暗躍する彼らを捕まえた事を褒めてくださいましたわ!」
「ああそうだろうとも! 陛下は結果が全ての方だからな!! 私は妹が危険な目に遭った事が許せないんだ。私が煽ったせいで勝手に動くなんてね。あれは戯言で、私は静観しろって意味で言ったんだよ!」
「あの言い方ではそんなふうに取れませんでしたわ!」
(そうだったのか……俺が曲解したのか……)
ジルは心の中で反省しきりである。
「ちゃんと聞いてるのかい、ジル! 無表情にも程があるよ!!」
「兄様、よくご覧になって。眉尻が少し下がっていますから、後悔しています!」
「そんな微妙な変化に気づけるか!」
王太子の怒りがひと段落したところで「姫様を危険に晒し、大変申し訳ございませんでした」とジルは深々と頭を下げたのだった。
「それで……ひとつご相談があるのですが」
改まったジルはまっすぐに王太子の目を見た。
「<森の民>出身、私、レダ・ジルフォート・インファブル・バルは、“祈り姫”第六王女アイリス殿下に結婚を申し込みたいので、ぜひお力添えいただきたく存じます」
「うん? ジルの本名、長いんだね。いや、ちょっと待て! 今までの流れからどうしてそんな話が出来るのかな!?」
◇◆◇◆
__陛下へのプレゼン__王太子殿下の助言。
アイリスの結婚相手に国内の貴族なんか旨味がないって、とにかく自分がいかに王国の益になるかを訴えるんだ。
王女をどれだけ愛しているか伝えるだって? そんなもの陛下には無意味だ。陛下にとって結婚イコール利益だからな。
そうだな、そのレダ王家の指輪を宰相や執務官に触ってもらうんだ。アイリスの考えでは高魔力保持者しか触れないんだよな。 ……うん、熱かった。先に聞いていたから何とか投げ捨てなかったけどね……。魔力のない家臣たちは持てなくて陛下だけ平気だろう? それでレダ王家の子孫である正当性を示せ。そして王女となら膨大な魔力を持つ子供が生まれる可能性が高いと強調しろ。
適正次代が現れるまでアイリスが“祈り姫”を続けられるのも強みだな。城下で暮らすつもりで、有事の際には攻撃魔法が得意なおまえが、すぐ駆けつけられるとも言っておくんだぞ。
とにかく結婚後もアイリスがおまえの魔力も借りて強い護国障壁を張れるって最大の売り込み点は押さえておけ。……うん、そんなとこかな。
……え? それは結婚しなくても配下として協力出来るだろうと言われる可能性? ……うーん、そこまで意地は悪くないと思うんだけどなあ……。いや、あの陛下だしなあ……。
はっ!! そこでだよ! それこそ愛情で結ばれた二人だからこそ出来るんだと力説しろ。それからアイリスに対する想いを吐き続けるのもいいな。いいかげん辟易して「もういい。結婚を許す」って言うはずさ!
アイリスはジルの腕に手を置いて父王の執務室の前にいた。
「大丈夫? 随分緊張しているのね」
当然だ。あの覇王に対して『娘さんをください』をやるのだ。寿命が縮む気がする。
(姫様がプロポーズを受け入れてくれたから、絶対認めさせてやるけどな!)
王太子殿下から傾向と対策を教わってきたのだ。何度も脳内で復習した。
ジルは大きく深呼吸する。
「行こう」
シャクラスタン国王の執務室の扉が開かれた。