25:祈り姫、企む。
「……ふうん……それはまたややこしいねえ。悪意の証明は出来ないかな」
詳細を伏せて王太子に、メイガータはレダ国復興を目論む組織の一員で、彼らのアジトも特定出来ると伝えた。どうやって知ったかは追及されなかった。どうやら冒険者ギルド<仔猫の牙>に依頼したと、いい感じに誤解してくれたらしい。
諜報部もまだメイガータの素性を調べている最中だろう。王太子も対応に困る。
「うーん、ウチは独裁国家じゃないからね。怪しいってだけでしょっぴいたり、アジトの家宅捜索は出来ないよ」
「それは承知なんですが、どうにか出来ませんかね……」
珍しくジルの方が食い下がる。
「国としては動く理由がないよね」
異母兄は残念そうに言った。
「メイガータ嬢の占いで不利益をこうむって、詐欺として誰かが被害届でも出してくれれば突破口になるかもね」
「兄様、それって別件逮捕じゃないですか?」
「よくやる方法だよ」
王太子は全く悪びれない。
「メイガータの[シャクラスタンを奪う]発言も言質としては弱いですよね。ただの野心妄想で終わる」
ジルも色々考えてはいたが、大した知恵はない。
「いっそ国を憂う者が、面倒事を民間組織に依頼してくれればいいのにねえ」
次期国王様がぶっ込んできた。
(爽やかな笑顔で何腹黒い事を言ってんだ? 姫様の兄だから悪く言いたくないけど! <仔猫の牙>でやれと? 誘導にならないか、これ)
「兄様、それは……」
アイリスが口を開きかけ、そして閉じた。
アイリスも異母兄の思惑を察し、確認しようとして思いとどまる。言葉にしてはいけないのだ。ただの世間話で終わらせないと……。
消化不良な二人の顔を見ながら、王太子はニコニコと「諜報員に捜査を頑張るように伝えておくよ」とふんわり締めた。
「姫様……」
「ジル……」
二人は疲れた顔を見合わせる。
「どうしますか。俺は姫様が決めた事なら何でも従います」
「ギルドを使うのは考えなかったわ……」
「……国がギルドを密かに使っているのは暗黙の了解です。でも今回の王太子殿下は、[おまえらがやるなら勝手にやれ。だけど国は巻き込むな]って言っていますよね」
「ジル、悪意ありすぎな解釈! 現時点で脅威にならず害意も不明な連中に対して、王国は動けないから仕方ないわ。魔獣攻撃も毒薬についても何ら証拠がないもの」
「そうなんですよね。俺たちは王国が壊れた未来を知っているから、過剰反応している面もあります。このまま放置する選択肢もあります」
「護国結界を強化したから三方から同時に攻められてもまず負けないし。彼らが付け入る隙がないって事ね」
ジルは引き際も視野に入れている。
アイリスは頬に手を添えて目を閉じ、「うーん」と少し考えただけで目を開けた。
「よし、潰すわ!」
「えっ!? 決断早くないですか!?」
「卑怯な手でジルを引き入れようとしたメイガータは許せない! 潰す!!」
理知的な判断ではない。アイリスの個人的な怨恨だった。
「もしかしたら魅了魔法でジルはメイガータを好きになってたかもしれないのよ!?」
大変な事態だとばかりにジルに詰め寄る。
「それは有り得ません」
あれはそんな大層な術じゃない。深層意識に揺さぶりをかける程度だ。忌避感を持つ女に好意を抱くわけない。
「……俺がメイガータに惚れたら困りますか?」
「当たり前でしょ! ジルは私のなんだから!」
まるで告白だ。ジルを奪われたくない本心である。だから言葉の撤回はしない。
「そうです。姫様が誰のものになっても俺は姫様のものです。でも姫様が他の誰かと結婚するのは嫌です」
「……ぐ、ぐいぐい来るわね……」
「二度の初恋の相手ですから諦めないと決めました」
巻き戻し前には一度も見た事のない濁りない金色の瞳。アイリスはジルのはにかんだ晴れやかな顔を見て、これが自分が欲していたものだと思った。
◇◆◇◆
それからのアイリスの行動は早い。
“祈り姫”として、<仔猫の牙>に帝国貴族メイガータ・シエルークの行方を調べるよう依頼した。
従者のジルを通してではなく、“祈り姫”アイリス第六王女としての初めての依頼である。すわ何事か!?とばかりにギルド所長や副所長が直接彼女と面談する。
「人探しですか……」
「メイガータ嬢は当たると評判の占い師と知っていますが、帝国貴族とは初めて聞きました」
副所長が言うと「詐称の可能性は低いと思う」とジルは出自は問題ないと告げる。
ギルドは依頼人が犯罪に関与するかどうかだけが重要だ。だが王族に「行方を探してどうするつもりですか」とずばり尋ねるのは不可能。ギルドとしては、単に探し人扱いになる。
「まあすぐ見つかるでしょう」
所長は目を細めて愛想笑いで安請け合いする。
「どうかしら。彼女は今、おそらく意図して姿を隠しているのよ。認識阻害魔道具を身に着けて、高魔力に関しても伏せている。転移魔道具も持っているのよ。なかなか骨が折れると思うわ」
「ほう、そのような高級魔道具をいくつも。それはさぞ裕福な貴族なんでしょうなあ」
無魔力の平民には必要ないものだ。白髪の所長は興味を持ったらしい。
「ねえ……レダ復興組織ってあるじゃない? 彼女、そこの幹部よね」
アイリスは相手が知っていて当然の口振りだ。<仔猫の牙>は小さな結社も把握していると思っている。
「それをどこで……。知名度も然程ない少人数のカルト組織ですよ」
副所長は話の見えない流れに少し警戒する。“祈り姫”と占い師の美女。話の着地点はどこだ。
「でも構成員は魔力持ちばかり。厄介でしょう?」
アイリスはにやりと笑う。
含みを持たせる“祈り姫”の笑顔は、神殿や街で見かける姿と大違いだ。
副所長は困惑して、“祈り姫”の従者に大出世している馴染みの少年を見た。しかしこちらは通常運転だった。感情の読めない顔で王女の背後に立ち、守護騎士に徹している。
「……彼らは組織名もない、レダ王家の子孫を集めて、亡国を復興させようなんて夢見ているだけの集団です」
どこまで情報を提示するか、副所長は当たり障りのない話に終始する。
「メイガータの上司に会いたいのよ。でも誰だか知らないからメイガータを捕まえようと思って。あと、アジトを出来る限り見つけて」
「では正式には、可能な限りアジトの場所を調べて、指導者と接触したいというご依頼ですかな」
「そうね。それとメイガータにも会いたいわ。彼女に喧嘩を売ろうと思ってるから」
「はい!?」
王族に対して、らしからぬ素っ頓狂な声を出してしまった副所長は、慌てて咳払いをする。幸い“祈り姫”は気にしていなかった。
「理解に苦しみます。国の機関を使えば早いでしょう」
「国賊でもないのにどんな名目で探すの? 私はあの女が気に入らないし、飼ってる上司に文句を言いたいのよね。私的な動機で他国に諜報員を出せないじゃない」
国を跨ぐだと? そんな大々的な捜査になると言うのか?
「ジル、説明を求めます!」
たまりかねて副所長は、いつもの仲介者の少年に助けを求める。
しかし彼は「今回の依頼主は姫様です。納得いくまでお話しください」と、にべもない。
「復興組織のアジトは他国のも探って。迅速にね」
なんだか大変な思惑があるようだ。
「了解しました。アイリス王女殿下直々の依頼と分からないように秘密裏に動きます」
「メイガータにはむしろ私が会いたがっていると知られてもいいわ」
所長と副所長は彼女の言葉にしばらく唖然としていた。
馬車での帰路、「副所長が面食らっている姿なんて初めて見ました」とジルが苦笑した。
「王族個人で自ら出向いての依頼なんて無いでしょうしね」
「ギルドで誓約書を書いた王族も姫様が初めてでしょう」
「細かく規制があって驚いたわ。定期情報収集にはそんなのあるの? 誓約書、見た事ないけど」
「ありません。姫様は喧嘩を売るだのアジトの特定だの不穏な事言うから、警戒されたんですよ。でも人探しは基本、似たような誓約書が交わされます」
受けた依頼は人探しとアジトの情報集めまで。その情報の使い方について<仔猫の牙>は一切関与しない。ギルドに迷惑、不利益があった場合は速やかにギルドの信用回復に努め、違約金を支払う__ざっくり言えばこんな内容に署名した。
「ねえジル、違約金設定、高くない?」
「王族だから何かあったら影響も大きいし、金持ってんだから払えって事でしょう」
「信用ないなあ」
「目的があやふやな依頼、本音では断りたかったでしょうね」
ジルはギルドでは依頼に於いて、口出し無用を貫いた。
実際どんな事を話すかは知らなかった。
(ハヴェル・モノミントが現在指導者かどうかさえ不明だ。そこから調査なんだ)
前の生と違い、メイガータと袂を分かったから、もう組織からの接触はない。あの時記憶が戻っていれば上手く立ち回れたのに。詮無い事だがジルは考えずにはいられなかった。
『潰す』と、“祈り姫”は言った。
彼女は本気だ。シャクラスタンにレダ神聖国なんか創らせない。やるならレダ島でやれと。完全同意である。
◇◆◇◆
今日は珍しくアイリスの側にジルはいない。魔力増強魔道具の開発が大詰めで、魔法省に出向だ。
城下外れの養護院と救護院に“祈り姫”の公式慰問の日なのに、ジルが護衛についていないのは最近では異例である。
養護院にて、アイリスは養子を迎えたくて訪れたという紳士に出会った。
「私は商人ですが妻と死別してから再婚する気も起きなくて……。優秀な後継者が欲しくてですね」
「まあ、そうなのですね」
アイリスが相槌を打っていると、突然彼が「おや、虫が髪に! じっとしてください」と言い、アイリスが返事をする前に髪に触れた。
そしてそのまま髪を掴んでアイリスを引き寄せた。
「痛いっ!!」
「姫様!!」
強引に髪を引っ張られて顔を歪めたアイリスに、男は「捕まえた」と囁いた。
イーグス達が男に切り掛かった瞬間、二人の姿は忽然と消えた。
「姫様ーー!!」
残された騎士達の絶叫が響いた。
転移魔法は感覚を一瞬狂わせるので、移動後は立ちくらみや吐き気の症状があるらしい。
「……って聞いていたけど、そうでもないわね」
アイリスの独り言に、移動させた張本人の男がちょっと不可解なものを見る目を向けた。失礼である。
「お久しぶりね、アイリス殿下」
声の方を向くと予想通りメイガータが居た。アイボリー色のソファーにゆったりと腰を掛け、上品な笑みを浮かべていた。
「本当にね。急に姿を消したから探したじゃない」
対するアイリスは男を振り払い、まるで旧友に再会したかのように親しげに笑った。
「それでこちらの無礼な男性は、自称レダ神聖国王予定のハヴェル・モノミント氏かしら」
アイリスは横目で転移男を睨む。
「左様でございます。勝手に御身に触れました無礼をお許しください。“祈り姫”様」
ハヴェルは芝居俳優のように、仰々しく礼をした。
「あれは触れたとは言いませんわ。髪を引きちぎる勢いで、頭が痛かったんですけど」
アイリスは王女の品格を捨てて、唇を尖らせて文句を言う。
「どうしてもお連れしたかったのです。メイガータに聞いた通り、見た目に反して存外気がお強い。益々気に入りました。我々の事はもう随分調べているのでしょう? どうです。シャクラスタン王国初の女王になりませんか。最強魔法士団の我々が協力しますよ」
ハヴァル・モノミントは手段を選ばない酔狂な御仁らしい。
回帰前は将軍によるクーデターに協力、今回は王位継承権四位の第六王女に簒奪を持ち掛けるとは。
アイリスは曖昧に笑った。