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24:祈り姫、従者と語る。

「ジル! ジル! しっかりして!!」


 温かく柔らかい身体に抱きしめられている。


 ジルの頭が覚醒していく。目を開けると、横たわった自身の上半身がアイリスに抱き抱えられていた。

 彼女の手に支えてもらってゆっくりと立ち上がる。


「姫様……」


「良かった!! 急に倒れるから驚いたわ! 気分はどう!?」


「長い時間、気を失っていましたか?」


「ううん、倒れただけ。助けを呼ぼうかと思ったところ」

 

(そうか、あれは一瞬だったのか……)

 あれだけの過去を追体験したのに、時間の感覚はなかった。


「レダ・ジルフォート・インファブル・バル、です」


「え?」


「俺の本当の名前です」

 

 魔法士として生きて、クーデターに身を投じた過去の記憶もすべて。自分の中にある。

 そして、ようやくアイリスに正式な名前を告げる事が出来た……。


「レダ? ジルフォート・インファブル・バル……。やっぱりレダの子孫なのね?」

「はい。俺はユールラマ半島の蒼の森に住んでいた<森の民>の出身です」

「聞いた事あるわ。遊牧民マルセール族の始祖だとか」


 回帰前の時間軸で記憶を取り戻す手伝いをしてくれたメイガータたちにも、ジルは正式名を名乗らなかった。


 インファブル・バルとは古代語で[繁栄に導く者]という意味らしい。古い言葉は呪力が宿るからあまり口にしないようにと育った。だから<大切な人>にしか教えない。


「先祖はレダ島から逃げて来たのです。そしてこのレダ王国の指輪は」

 ジルは首からチェーンを手繰り出して、改めて桃金色の指輪をアイリスに見せた。


「時を遡る効果があるようです」


 アイリスが「まさか……」とこれ以上ない程に目を見開く。

 その驚愕の表情でジルは確信した。


「姫様、何歳まで戻ったのですか? 俺は分かりませんでした」


「えっ! ジルも逆行したの!?」


「遡りの記憶は先程気絶するまでありませんでした。普通に養護院の日常に紛れて、違和感なく過ごしていたようです」


 相応の魔力持ちじゃないと遡れない。あの時同じ<祈りの間>に居たナルモンザは戻れない。


「時遡りの指輪って……巻き戻しは女神様じゃなくてジルの能力だったの?」


「巻き戻し自体は女神様の仕業です。どうやら俺と姫様の魔力に、護国特化型とはいえ魔力増幅の女神像の術式が加わって、初めて俺の指輪が発動したようです」


「すごいわ……。レダ王国は時魔法まで開発していたのね」

「魔道具の女神像と、二人分の魔力と、姫様の死の土壇場だったからこそ、女神が介入出来たのでしょう」


 ジルは意識下で語りかけてきたのは、女神ガイア=ムーランだと確信していた。


「……私に世直しを託したのは……やはり女神様だったのね」

「俺は愛し子の子孫の力になってほしいと頼まれました」


「……“祈り姫”になった十歳の誕生日まで遡ったの。これってジルの魔力と指輪を使って、勝手に私都合の時間まで戻ったのよね。ごめんジル。シャクラスタンの事情に巻き込んじゃって……」


 迷惑をかけたと気落ちしたアイリスは目を伏せる。

 それは違う。ジルはアイリスを失いたくなかった。[過去に戻れたら]と無意識下に願ったはずだ。

 時を戻るなんて尋常でなく膨大な魔力が必要だ。おいそれと発動はしない。

 

 ____きっと、諸々の条件が重なって、奇跡が起きた。


「姫様は俺を魔法士にしたくなかったんですか?」


「……あなたが言ったでしょ……私に仕えたかったって」


 言った。フローラ王女に弄ばれる自分が汚らわしくて嫌だった。王族に侍るなら“祈り姫”が良かった。あの時守護騎士ナルモンザが羨ましくなって、言い訳のように願望がするりと出てきたのだ。


「その意を汲んで側に置いてくださったのですね。あなたを捕らえに行った反乱軍の俺を」


「あなたが優秀な魔法士なのは分かっている。でも魔法省では、孤児のあなたは一級魔法士以上に出世出来ないし、酷使されるのは明白じゃない。私の側近の立場ならもっと自由にさせてあげられると思ったのよ。……でも結局、私の主観であなたの人生を決めたんだわ。ごめんね……」


「俺は魔法士の過去より今の方が幸せです」


「有難う。その忠誠は嬉しいわ」


「……忠誠だけではないとしたら?」


 せっかくやり直し前でも初恋だった少女の側にいられるのだ。儚げで従順そうな“祈り姫”が最期に見せた王女の風格。そして回帰前の世界でハヴェルたちに嵌められた王国を、先回りして危機を潰していく行動力。生き方を変えて国を変える……その姿のなんと眩しい事か。


「あなたが愛しいのです。主君ではなく、女性として」


 俯いていたアイリスが弾かれたように顔を上げた。


「ジ、ジル……」


 アイリスは困惑している。無理もない。

 彼女の表情に嫌悪感がない事に勇気を得て、ジルは更に言葉を重ねた。


「主従の立場も身分違いも承知の上で、どうしても伝えたかったのです。申し訳ありません」


 今すぐに応えてもらおうなんて思わない。ただ自覚した想いを知ってもらいたかった。そして一人の男として見てもらいたい。ジルにかける言葉を真剣に探しているアイリスの姿はいじらしい。抱きしめたくなる衝動を抑える。


「姫様、護国結界の強化をしましょう」


 ジルは空気を変えるように本来の目的を明るく言った。


「え? そ、そうね……」


 思わぬ告白に動揺していたアイリスも気持ちを切り替える。

「ではお願い」と改めてジルの手を握り直した。ジルはきつくその手を掴む。


(男の人の手なんだわ……)


 どきどきして意識してしまう。アイリスは心を落ち着かそうと頭を振った。


(しっかりしなきゃ! 国を護るのよ!!)


 ____精霊の加護の国シャクラスタンを護って。加えられる攻撃を防ぎ、害意を持つ者を排除するように……。


 握った手を通して流れてくるジルの魔力は、抵抗なくアイリスの魔力に重なる。女神像は“祈り姫”の願いを国境に届けた。


 巡る、巡る。魔力の流れが分かる。アイリスは自分史上、かつてない強度の障壁が国境に張られたのを実感した。


「これで父の今後の国境防衛戦も有利になるわ」

 “戦闘狂王″としての実力を遺憾なく発揮してもらおう。


「姫様」


「な、なに?」


 ジルに改めて呼ばれてアイリスは挙動不審になる。そんな彼女にジルはくすりと笑った。


「そんなに警戒しないでください。いつも通りに接してくれたら嬉しいです」


 そう言ったもののジルはもう開き直っている。

 [“祈り姫”は誰とでも結婚出来る権利を持つ]なら、シャクラスタン王国では平民扱いの自分でも対象になってもいいのではないか。


 アイリス王女を他の男に渡さないためには、自分が手に入れるしかない。

 まずは彼女の心を自分に向ける事だ。それから陛下に婚姻の直談判するには、王太子殿下に謁見時間を取る協力をしてもらおう。

 ジルの心の中で着々と外堀を埋める計画が進んでいるなんて、アイリスは気付きようもない。


「わ、分かったわ」

 意識している彼女が可愛い。


(まずは今後も国の脅威になるものを掃除しなくては)


「メイガータは、レダ人によるレダ王国の復興を目論む集団の一員です」


「前生の記憶なのね?」

「はい」

 ジルはアイリスに頷くと巻き戻し前の話をした。


 魔獣騒動、他国への戦争協力、疫病の発生に便乗してシャクラスタン中央に入り込んだレダ復興組織。反乱軍の中枢に居たジルはメイガータから配下扱いされていた。すっかり未来のレダ神聖国の一員に数えられていたジルは、疫病の治療薬に毒を注入して、帝国の辺境民に与えて効果を見る実験を行なっていたと知らされる。

 不審死を抱かれない程度の毒の調整に苦労したなんて、軽率なメイガータからケーン・イド王子の暗殺も聞かされた。


「でも証拠も無いので将軍には伝えませんでした。それにレダ復興組織の協力なしではクーデター成功の確率が下がる。今更亀裂を生むのは利口じゃなかったんです」


「疫病蔓延に乗っかって王太子暗殺なんて、上手くいけばいいなって感じの作戦なんだけど。ハヴェルって指導者、そんな場当たり的な人なのかな」

「メイガータの占いを参考にしていたんです」

「ああ、偉い人って意外と占いを重用したりするよね」


「メイガータの胸飾りは未来視の能力を与えるものでした。カードは見せかけで、それが彼女の占いの実態です」

「彼女のアーティファクトの力……」


「俺の指輪みたいに馬鹿でかい魔力や感情を必要としない分、数ある選択肢を示す程度でした。その中で安全なものを選ぶ。運に作用されても勝算が高かったんです」


 前回はそれらが上手く重なってクーデターは成功した。


「つまり、過去に戻った私という存在が彼女の予想未来を知っているから、結果を裏切り続けているのね」

「おそらく」

 それは気分がいい。アイリスはほくそ笑む。


(何ひとつ思惑通りにしてやるものか)

 意地の悪い笑みを浮かべるアイリスは、とてもじゃないが“祈り姫”を名乗れない表情である。


「今の安定している王国を壊すなら、もう外的要因しかない。だから王太子殿下の想像は現実味を帯びます。東西南から攻め込んでくる。内がゴタついている北のハルマゴール帝国は動かない。敵にも味方にもならないでしょう」


「周辺国を動かそうとメイガータたちは画策しているのね」


「奴らのやり方は同じです。きっと各国へ最高級の魔道具を提供します」


「今、ジルに接触したのはメイガータだけ。ハヴェルの存在は知らないのよね」


「はい、ですが俺は反乱軍にいた時、奴らと頻繁に接触しています。奴らのアジトをいくつも知っています」

「なるほど」

 

 強襲に打って出てアジトを一斉に叩くのも可能。

 しかし罪状は? 周辺国に魔道具を安価で売るだけならただの商人だろう。そこに戦争幇助の意図ありとするのも難しい。なんせシャクラスタンはまだ攻められていない。


「ハヴェル氏も帝国貴族なんでしょう? 本拠地って帝国じゃないの?」


「どうでしょう。俺はシャクラスタンでしか会った事ないので、なんとも……」


 二人で考えても仕方ない。まずは王太子に相談だ。

 



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