表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

23:ジル、記憶③

ジル編最終。あと3話くらいで終わりそうです。

 ケーン・イド第一王子の死去に伴い、ロデリック第二王子が立太子する。


 ケーン・イド殿下の片腕の大宰相もロチレート病に罹患して、一時は危篤状態だったが奇跡的に回復した。しかし後遺症で麻痺が残り、気管支もやられ療養中である。


 王太子の自覚のない怠惰なロデリック王子に、戦う事しか能のない国王。民が苦しんでいても王城にこもってばかりで慰問すらしない“祈り姫”。あっという間に王室は求心力を失っていく。


 少なくとも王はロデリックに国王代行の権利を与えるべきではなかった。著しく素質が劣っているとは知っていたはずだ。国王は魔獣討伐や国境の小競り合いに積極的に向かい、彼は彼の領分で成果を上げていた。


 しかし内政は酷いものだ。新王太子は国民の生活には目を向けず、自分たちだけ贅沢な暮らしを満喫する。


 国民の不満が募っていく。

 そんな時だ。ウェビロ将軍に呼ばれた。


「……もう限界だ。俺はケーン王子が愛していたこの国を守りたい。ベイチェック、力を貸してくれないか」

 

 ___クーデターへの誘いだった。


「おまえは王国人ではないだろうし、愛国心を期待してはいない。ただ俺の我儘に付き合ってほしい」


 水面下で革命の火種があちこちで燻っている。小さいそれらを纏め上げるに、将軍は確かに最適な人物である。

 ジルは私欲に走らず誠実で国に忠実な将軍を尊敬していた。彼に頭を下げられれば頷く他ない。

 それにクーデターの渦中に入れば情報も得られ、あの可憐な“祈り姫”を守れると思うのだ。


 最大の敵はあの化け物級の攻撃魔法の使い手、国王陛下だ。

 彼の魔法を封じなければならない。王はいつも国宝級の自動防御魔道具を身に着けている。

 将軍は拘束魔法の使い手を密かに集めていると言った。ジルは専門ではないが、魔力の高さで普通に戦力になると判断されていた。王を封じるには彼の魔道具以上の力をぶつけて押し切るしかない。


「あなたが王位につくのですか」

 ジルの問いに将軍は首を横に振った。


「王一族の粛清の声は根強い。だがここは女神の愛し子の土地。“祈り姫”アイリス殿下を女王にする事で話はついた」

 彼女を生かして傀儡にするのが精一杯の譲歩なんだよ、と淋しそうに将軍は言った。


 善良な“祈り姫”。ただ純粋に宮殿の奥で国の平和を願っている王女。養護院や救護院にも個人で寄付しているのは彼女だけである。市井でもそれは周知されているから無情に処すのは反感も大きいと、ならばクーデターの旗印にすればいいとの魂胆だ。将軍でなくあの美しい少女を王位につけるのか。きっと王配を誰にするのかとても揉めるだろう。


 否応なく反乱に巻き込まれる“祈り姫”。ジルは非常に苦々しかった。しかし事態が動き出した以上、彼女の身柄を確実に確保しなくてはならない。


「我々の協力者だ」

 

 密かに将軍に引き合わされたのは、ハヴェル・モノミントと腹心メイガータ・シエルークを含むレダ王国復興組織の上層部だった。ハヴェルとメイガータは外面だけの笑みを貼り付けて「初めまして」と白々しく挨拶をした。


「彼らに魔力増幅魔道具を借りる。君たちの拘束魔法も数段威力が上がる。そろそろ帝国の辺境軍が国境に集まる。もう時間の猶予がない」


「シエルーク軍集結はあんたの指示か。将軍は知っているのか」

 ジルは小声でメイガータに尋ねた。


「私は家名を名乗っていませんからご存知ないでしょうね。辺境軍は単なる威嚇です。さっさとクーデターを起こしてもらわなくては」

 無邪気な笑顔でメイガータは、反乱軍の尻を叩いてるのだと言った。


「帝国の魔道具を借りる事で、陛下打倒に勝機が見えた」

 魔道具は帝国所有の物ではない。将軍は彼らの能力を知らない。そんな将軍に「見返りは?」とジルは尋ねる。


「西方の王家所有の領地を与える。彼らは帝国貴族だ。レダ王家の子孫で、独立したレダ神聖国を興したいらしい。新体制になっても互いに協力すると協定を仮締結済みだ」


 概ねジルに語った構想通りだ。どんな暗躍をして短期間にクーデターの中枢に入り込んだのか。ハヴェルは想像以上に交渉力も統率力もあったらしい。


「……信用出来ますか?」

 

 将軍はハヴェルの政治的手腕込みで評価を下したのだろうか。


「彼らの魔道具がなければ、無謀な戦略を取らなければならない。利害の一致だ。国の一部を譲ることで国を守れるなら彼らの協力を得たい。与える土地は建国以降に征服したものだ。平和なら支配者の変更も、女神様も黙認してくださるだろう」


 将軍は被害を少なくしたいのだ。


「ジル、君は<森の民>の里長の家系なんだな。確かに君の容姿は伝承のレダ人そのものだ。ハヴェル殿は君にレダ神聖国の公爵位を与えたいと言っている。そうなれば、君がアイリス女王を支えてくれないか」


「……王配になれと?」


「そうだ。国内貴族から夫を選ぶのは難しい。周辺国からもだ。新興のレダ神聖国との結びつきは悪くない。君の魔力の高さと容姿を見れば、レダ王国の子孫だと誰もが納得するだろう」


 心が揺れた。初対面で心惹かれたあの姫君と結婚するだと?


「我々は”祈り姫”様から家族を奪い、勝手に女王に担ぎ上げようとしている。本来なら好きな男を指名して嫁げる御身でもあられるのだ。それが叶わないなら、せめて誠実に彼女を支える男を側に置きたい」


(俺が女王を支えるなんて、烏滸がましい)


「“祈り姫”様の姉君の愛人である俺は相応しくありません。”祈り姫”様も嫌がるでしょう」


 将軍は言葉に詰まり、「どのみち革命が成功してからの話だ」と締めるにとどめた。



 ___とうとう迎えた決行日。


 王族が全員宮殿に居る。王妃たちも<妃茶会>なる意味不明なもので集まっていて好都合な日だ。


 ジルを含む精鋭魔法士たちは将軍の先導の元、国王の執務室に乱入した。国王が事態を把握する前に、一斉に彼に拘束魔法を掛ける。

 国王の防御魔道具を上回る魔力を相殺出来ずに国王は床に膝をついた。


「キーラント・ウェビロ!! 裏切ったのか!?」


 国王の怒号と共に王家固有の覇気が放たれる。動じる事なく将軍は悲しそうな顔をした。


「ケーン・イド王太子死去後に何度も申し上げました。荒れた土地や人民に目を配ってくださるように。あんな無知蒙昧なロデリック王子殿下に内政を任せたのはあなただ! 陛下が私を裏切ったのです!!」


 もう自分の仕事は終わった。国王の最期に興味はない。ジルはさっさと部屋を飛び出して“祈り姫”の部屋に向かう。途中、廊下で拘束されているフローラ王女に出くわした。抵抗していた彼女はジルの姿を見つけ「ジル! 助けなさい!!」と叫ぶ。


 こんな時でも懇願ではなく命令なのだな、とジルは腹が立った。


「俺はあんたの下僕じゃない。贅沢三昧で好き勝手していた代償を払うんだな」


 ジルの侮蔑の表情にフローラは唖然とする。初めてこの少年魔法士が自分を嫌っていたと知った。言葉を失ったフローラ王女の横を素通りした。

 あちこちで湧き上がる怒声。交戦中の騎士や兵士たちに目もくれず、アイリス王女の部屋に向かった。


「中には入れない!!」


 ”祈り姫”の守護騎士が彼女の部屋の前に立ち塞がっていた。ジルは彼を無視した。

 部屋に“祈り姫”は居ない。彼女の魔力が感じられない。ジルは迷わず王女の形跡を追う。


「お、おい!! どこへ行く!!」

 

 呼び止める守護騎士は、やって来た反乱軍に対抗せざるを得なかった。


 ここか。話に聞く<祈りの間>。“祈り姫”の領域だ。鍵が掛かっている。ジルは躊躇なく扉をぶっ飛ばした。

 中から清浄な気が流れてきた。しかし“祈り姫”の姿を目が捉えると、彼女にしか意識が向かなくなった。


 ”祈り姫”は隠し通路の入り口で守護騎士と二人で唖然としていた。

 彼女の身の安全を約束して投降を促すが拒まれた。


 国の安寧をこの部屋で真剣に祈っている第六王女。もっと視野を広げていれば、国民に寄り添えていれば、今後も“祈り姫”として残れたのかもしれない。


 そんなジルの勝手な苛立ちの暴言を“祈り姫”は静かに受け止めた。

 ……これだけ柔軟で素直な人柄なのに残念だ。


「俺だって王族全てが憎いわけじゃない……。出来ればあなたに仕えたかった……」


 あんな徒花王女でなく、『魔法士になればいいわ』と孤児の自分を肯定してくれた“祈り姫”に。


「“祈り姫”、お願いですから、今は大人しく俺に捕まってください! 俺が絶対あなたを守ります!!」


 そんなジルの本気の想いを少女は嘲笑った。


「お断りよ。世間知らずの王女でも矜持はあるの」


 聡い彼女は傀儡女王にされると悟り、そんな屈辱的な生き方より潔く散ると決めたのだ。

 これが嫋やかだと思っていた“祈り姫”か!? 覚悟を決めた菫色の瞳が爛々と輝く。父に似た激しい気性が現れていた。自害なんてさせない!

 

 しかし拘束魔法は彼女には効かなかった。


「話した事もないあなたを信用しろって!? 馬鹿馬鹿しい! 自分の人生の幕引きは自分で決める!!」


 初対面じゃないと叫びたかった。しかしそれどころじゃない。

 “祈り姫”はジルを見据える。短剣を取り上げなければ。ジルは駆け寄る。


「将軍に死体の女王を贈るわ!!」


 どうしてだ!! “祈り姫”が願う王国の平和の一端を担いたかっただけなのに。


「あなたのために魔法士になったのに!!」


 瞬間、彼女は目を見開いたが、短剣は深々と彼女の心臓を刺した。

 崩れ落ちる彼女の身体をジルは抱き止める。


「うわああああああああああああ!!」


 ジルは絶叫した。どうしてだ。こんなにも気高く優しい王女が、何故死ななければならないのだ。

 女神ガイア=ムーランは自分の寵愛する娘を護らないのか!?



 その時、ジルの指輪が光った。あまりの眩さにジルは目を閉じる。




 ____レダ王家の時遡りの指輪の保持者よ、感謝します。……あなたの魔力が足されている今なら指輪に干渉出来ます。


 このシャクラスタン(妖精の加護)は、アレスキア王の子孫が治めてこそ豊穣を約束するものです。

 狂ってしまった治世の是正を。


 ……未熟な“祈り姫”に託します。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ