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2:祈り姫、姉と仲良くなる。

読んでいただいてありがとうございます。本日2話目です。今日中にもう1話は上げたいです。

 このシャクラスタン王国の王族は妻を四人まで持てる。アイリスは亡くなった前第四妃の一人娘だ。複数妃を娶るのは複数胎によって、より優れた後継者を得るためとの理由で、当初はそれが機能していたようだ。今は王位継承権は男女問わず年齢順である。しかし王女は結婚時に放棄するのが慣例だから、実質第一王子が王太子になる。


 アイリスの母は魔力が高いとの理由で妃になった男爵令嬢だ。美しかったがアイリスが三歳の時に風邪を拗らせて亡くなった。喪に服する時期に十五歳の侯爵令嬢が空いた第四妃の座に就いた。それを機に前第四妃の忘形見の王女は、少数の使用人と共にさっさと使用されていない離宮に追いやられてしまった。これは儚げな美貌のアイリスの母を嫌っていた第一妃の指図だったと後年知る。後宮は第一妃が仕切っていて国王も基本的に関知しない。


 それでもアイリスは完全に蔑ろにされていたわけでもない。それなりに教育も躾もされた。母に似ている容姿で王家の色を纏う娘なので、政略結婚の駒としての利用価値があるからとの父王の指図だ。それがなければもっと不遇な環境だっただろう。


「今日は可憐な感じでいきますね。王様の目を奪っちゃいましょう」

 ミランダの言い分は『お母様の雰囲気に寄せますね。王様に美しい王女様を見せましょう』という意味だ。




◇◆◇◆


「おう、アイリス、来たか。益々母親に似てきたな」

 玉座に踏ん反り返っているのは、淡い紫銀色の短髪に菫色の瞳の威圧的な美丈夫である。

「お久しぶりです。お父様」

 攻撃的な雰囲気を纏う父王に、アイリスは綺麗な所作で落ち着いて挨拶をした。王のみならず周囲も目を丸くする。公の場に呼ばれた事もない幼い王女が、公式な謁見に全く臆していないからだ。


 前回は怖かった。“戦闘狂王”と呼ばれるのに相応しい父の猛々しいオーラに圧倒された。しかし今は“祈り姫”として父王に接してきた七年間がある。今更怯えるまでもない。


「しばらく見ないうちに大きくなったわね」

 王の隣に座る第一妃が扇で口元を隠しながらアイリスに声をかけた。第二王子と第四王女の母だ。

 アイリスは目を閉じたまま黙って天敵に頭を下げる。


「お顔立ちがペルル妃に瓜二つね。髪と瞳が王家の色で本当に美しいわ」


(前回も言われたこれは、母に似過ぎとの嫌味かしらね)


 ともあれ、この銀髪と紫の目のおかげで、母の不義など疑われないのが幸いである。第一妃は自分を離れに追いやった人物だ。嫌われていると今は知っている。


「今をもって、第六王女アイリスを“祈り姫”とする。カミル、引き継ぎをするがよい」


 父王との対面はそれで終わった。アイリスは指示通り、第一妃の隣に控えていた前任の第四王女カミルに続いて、謁見の間をあとにする。


「あなたが十歳になるのを待っていたわ。さあ、開けて」


 なぜ第五王女を飛び越して第六王女のアイリスが“祈り姫”を引き継ぐのか。それはカミルと第五王女は同い年だからだ。カミル同様良縁があれば早々に王家を出る。十歳のアイリスならしばらくその予定がない。長く務められるというわけだ。

 王城の最奥部、建国の女神ガイア=ムーランを祀っている<祈りの間>。王族と許可された者しか入れない。掃除は“祈り姫”自ら日々行い、月に一度、貴族である上級神官たちが神殿から派遣され大掃除をして清める。修行の一環だそうだ。

 アイリスは姉王女に促されて扉の鍵を開けた。


 中に入ってまず目に入ったのは真正面に鎮座する等身大の白い女神像。次いでその手前にある緋色のビロード布で覆われた祭壇。そして最後に、女神像の背後の壁に飾られている大きな絵。淡い紫銀色の髪に菫色の瞳の女神が、自分と同じ色を持つ男に王冠を授けている。女神が自分の加護を与えた建国の初代王の戴冠式をイメージして描いたものだ。


 先程までいた場所なのに、自分が小さいので全てが大きく見えた。現実をぼんやりと実感する。

 カミルが数箇所の燭台の蜜蝋に魔法で火をつけた。こんな生活魔法程度は王族なら無詠唱で行える。

 

 ベイチェックに紛い物と侮蔑されたこの部屋は、やっぱり静謐で清々しい。だが彼の言葉を否定する気はない。民衆にとっては身近な街や村の神殿や教会が拠り所なのだ。


「朝夕二回、ここで国の平和を祈ればいいだけよ。で、ちゃちゃっと神具とかの埃を払うくらい」

 カミルはあっさりとしたものだった。

「あ、ここに王族しか使えない隠し通路があるのよ。出口は一番通りの廃屋、元ヨルラン侯爵邸の食物庫に出るらしいわ。本気で逃亡する時以外は使っちゃダメよ。いざって時の経路なんだから。……こうやってここに魔力を注ぐだけ」

 そう言ってカミルは床の一部に手を翳す。床が動いた。アイリスはついさっき、同様に開けたのだと感慨深い。

「入ってまた中から魔力を流したら閉じるらしいわ」

 これは以前の引き継ぎ時に教わった通りである。


「良かったわね。“祈り姫”は箔付けにちょうどいいの。他国では“聖女”と同義だから、こちらから相手に結婚の打診も可能よ。私もお役御免で、やっとシュワノスタ公国の皇太子と結婚できるわ」

「……そうですか。おめでとうございます」

 以前の姉はこんな話はしなかった。十歳になったばかりの妹相手に、随分とあっけらかんとしている。


「たまにサボったって分かりゃしないわ。じゃああとはよろしくね」

 姉王女は要領よく立ち回っていたのだろう。後ろ盾の大きい発言力のある第一妃の娘だからそれが出来た。適当すぎる引き継ぎを終えると、カミルはさっさと部屋を出て行く。

 前回は祈りの作法を尋ねたが「好きにしたらいい」との返事だった。

 

 以前は神殿での祈りと同様に跪き、組んだ手を額に合わせ「今日より“祈り姫”となった第六王女アイリスです。よろしくお願いします」と女神に挨拶をした。


 しかし二回目の今は女神に問う。


「……私はこの場所で自決したはずですが十歳まで戻っています。あの時話しかけてくださったのは女神様なのでしょうか」


 あの惨劇もこの今も夢幻ではなく、現実だと本能的に察していた。女神が時間を巻き戻してくれたとしか思えない。


 アイリスに応える声はなかった。

 しかし落胆はしない。託すと言われたのである。自分の意思で生き直せとの天啓だ。


「……平和を祈るだけでなく、自分の目で見て、自分の頭で考えたいと思います」


 女神に決意表明をした。城の中で“祈り姫”としての役割を熟すだけなのはもうやめる。回帰前は王城と神殿の往復くらいしか外部との接触がなかった。それでは駄目なのだ。

 ベイチェック魔法士の糾弾は市井の人々の偽らざる気持ちだ。

 アイリスを女王に担ぐなら将軍が王になりたくて起こした反乱じゃない。彼は本当に国のために立ち上がり、女王擁立は王族派を黙らせるための、単なる手段だったのかもしれない。王配さえきちんと選べば問題ない。


 祈りを終えて部屋を出ると、去ったと思っていたカミルが待っていた。


「宰相と神官長に引き継いだ事を報告に行くわよ」

 そう告げると歩き出す彼女を追いながら、アイリスは首を傾げる。前回はカミルはおらず、侍女長に案内された。どうして違うのだろうか。


 応接間にて待っていた宰相と神官長に、涼しい顔で「滞りなく終えた」とカミルは言ってのける。別にアイリス一人の報告でも問題なかったはずだ。前はそうだった。

 宰相たちの他に騎士たちが八人ほど並んでいる。この中から守護騎士を選ぶのは変わらない。

 離宮に住んでいた時の専属守護騎士は、もう中年の域に入っているナルモンザだけだったが、本城に住むにあたり守護騎士を増やす。体面上の規律だが、まるで王宮の方が危険があるみたいで笑える。


 五人までと言われて前回はこの中から一人選ぶに留めた。どうせ外出は神殿との往復ぐらいだし、その時は王宮騎士たちもついてくれると聞いたので必要性を感じなかった。それに十歳のアイリスは選び方も分からず、宰相に勧められた人を承認した。前生で最後まで側にいてくれたナルモンザは当然今回も続けてもらい、やはり宰相に斡旋された二十三歳のイーグスを受け入れる。彼はナルモンザにアイリスを託して、反乱軍と戦ってくれた信頼に値する騎士だ。


「二人じゃ心許ないわ。アイリス、私の守護騎士を譲るわ」

 そう言って、カミルは自分の背後にいる大柄な男を、アイリスの目の前に押し出した。


「私が外国に行くから、このジョルジュは王宮騎士に戻るの。“祈り姫”の護衛は慣れているし防御力が高くて頼もしいわよ」

 アイリスは軽口を叩くカミルを困惑の目で見つめる。まさか彼女から推薦されるなんて思いもしなかった。


「守護騎士は給金がいいのよ。父親を早くに亡くして彼がお母様と弟妹の面倒を見ているの。実直で真面目な男だから雇ってやって」


「カミル姉様……」

 周囲に聞こえぬよう耳打ちされた話にアイリスはびっくりする。軽薄に見える姉は実は情に厚いらしい。

「お姉様、ありがとう。よろしくお願いしますね、ジョルジュ」

「全身全霊でお守り致します」

 こうして前回はいなかった守護騎士が増えた。


 神官長からも王城との橋渡し役のヒューロン神官を紹介され、それは以前と同じだった。


 前回の流れと同様、アイリスは旧離宮から王族住居棟の部屋に引っ越す。逆行前カミルは一番近くに住んでいたのに、二人はほとんど顔を合わせた事がなかった。


 それなのに今回、引っ越しが完了したアイリスの部屋にカミルがいた。

「十歳とは思えないくらい堂々としてたわね、あなた。目を合わせたまま話せるなんてすごいわ。私は今でもお父様が怖いのに」

 感心している姉にアイリスは、初回は怖くて半泣きで震えていましたと、心の中で答える。父は畏怖の対象でしかなかった。

「“祈り姫”就任時、私はあの覇気に気圧されて倒れたわ。威厳を示すために公式の場じゃ敢えて出してんのよ、あのオーラ」とカミルが言ったので、巻き戻し前の自分はずいぶん頑張っていたんだなと思った。


 あのクーデターで、『あとは王子と王妃、王女も逃すな!』との怒号を聞いたから、父は討ち取られたのだ。姉と兄弟たちは分からない。逃げるのが精一杯で、家族の事など一切考えなかったと今更気がつく。

 血のつながった兄弟も姉も、父親すら家族としての情は皆無。それくらい希薄な関係だった。


 薄情な自覚もあるけれど、やり直しているから罪悪感は少ない。彼らは生きているし、革命の未来は確定していないのだから。


「<祈り部屋>も初めてなのに驚かないし、宰相や神官にも物怖じしないし。外見で大人しいと思っていたのよ。意外だったわ」

 アイリスは苦笑した。だって二度目である。そして中身は十七歳。十六歳のカミルより年上なのだ。


「でもやっぱり子供ね。今後はお下がりの騎士みたいなのをあっさり引き取るんじゃないわよ。間諜や暗殺者かもしれない。あなたにも一応王位継承権があるんだから気をつけなさい」

「はい、肝に銘じておきます」

 姉の想いが嬉しくてアイリスは素直に笑った。

 

「体を鍛えるために体術まで習ってるんですってね。こんなに大人びた活発な妹だと知っていたら、親しくしておけばよかったわ」


 体を鍛えているというのは言い訳だ。アイリスは外見と裏腹におてんばである。外聞悪く木に登ったりあちこち走り回ったりするくらいなら、いっそ護身術を覚えたらいいのではと執事に進言された結果、剣術や体術を習っているのが実情だ。


 以前はおどおどと年相応だったアイリスに興味を示さなかったカミルが、今回は意外と逞しい妹に好感を抱いたらしい。嫁入り前の短い期間に足繁くアイリスの元に通う。


「シュワノスタ公国の皇太子は利発で愛情深い人よ。うちの王家に欠けている部分に惹かれたのかも」

 カミルはアイリスが十歳の少女ではなく、同世代の相手くらいの調子で接していた。

「私がこんなに親しくなったのはカミル姉様だけです」

「私もよ」

 

 カミルと会うのはアイリスにとって有意義なものだった。彼女は何も知らないアイリスに色々と教えてくれた。




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