表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

19:祈り姫、王太子を祝う。

「アイリス殿下!? いつの間に!!」

 メイガータは戦士の顔をした“祈り姫”の急襲に驚愕する。

「仕事は“祈り姫”をしているけど、私はあの“戦闘狂王”の娘でもあるのよ」

「殿下も認識阻害の魔道具を使っているのですか!?」

 自分より魔力が低いと思っていた“祈り姫”が突如に現れたものだから、それ以外は考えられなかった。


「あなたより魔力は低いけど私は防御に秀でているの。魔道具じゃなくて自分の魔力で気配を消せるのよ」

 アイリスは「そんな事より!」と占い師を睨んで思いきり敵意を向けた。父王の威圧オーラを真似て。


「あなた、ジルに精神支配の魔法を使ったわね!」

 

 ジルの目の前にアイリス王女の小さな背中が見える。護るべき主があろう事か自分を守っているようだ。

 __何故だ。由々しき事態である。ジルのぼうっとしていた頭の中が鮮明になっていく。


「精神支配魔法だと?」

 ジルが呻く。不覚だった。高魔力保持者の自分にかけられる者はほぼ皆無であると思っていた傲りだ。自分と同等以上の魔力を持つかもしれないメイガータが、精神干渉魔法の高度使い手の可能性も考えて対峙するべきだった。


「ジルは私に忠誠を誓っているのよ! あなたに渡さないわ!」


 アイリスに気圧されていたメイガータが口角を上げて、ふっと嗤う。

「傲慢な姫君だこと。たかがシャクラスタン王国の第六王女のくせに。レダ王家の尊い血筋に勝るとでも?」

「何百年前に滅びた国よ! 落ち延びた王族の子孫なんか、わんさかいるわ! 関係ないのよ! ジルは私の大切な人だわ! 魅了魔法で支配下に置くなんて許せない!!」


「姫様……」


 我に返ったジルは自分を守ろうとするアイリスの腕を取り、背後に庇う。


「ジル?」

 敵に牙を剥いていたアイリスが不安そうにジルを見つめる。

「大丈夫です。姫様」


(そうか……。あれが魅了魔法か。心の柔い部分を揺さぶるなんて実にタチが悪い)


 意味不明に思考が閉ざされる感覚。心の中を荒らされる、本当に不快な気分だ。ジルは対峙する美貌の占い師を殺意を込めて睨みつける。もう女のやり方は分かった。


「理解した。だから二度目は無い」


「残念だわ。レダ王国の復活に全く興味がないのね」

「ああ、それに……後ろのは部下か? あんたを守りたくても動けない、木の陰に隠れている男」


 正気に戻る前だが、視界の端に入った見知らぬ男に咄嗟に拘束魔法をかけた。それは“祈り姫″の守護騎士として身体に染み付いている反射行動だった。

 

「その男の魔力に覚えがある。ウドルール山の魔物を扇動した魔力だ」

「何ですって!? じゃあグインヒルを襲ったのはあなたたちの思惑ってわけ!? 帝国は王国と戦争をしたいの!?」


「そこまで把握されていたなんてね。低俗な帝国なんか関係ないわ。更に言えば小物のシエルーク家もね。あの家は私が使える存在なだけよ。私たちはレダ族の神聖国をつくりたい。この豊かな王国の地こそ復興地にふさわしい」


「何ふざけてるの!? 正気!?」


 短剣を突きつけられてもメイガータは動じない。

「邪魔なのよ。神の国を気取る無能なシャクラスタン王家は」

「シャクラスタンは神の天啓で興された国よ! 土地を奪ってまで国を創りたいの!?」

「出自のはっきりしているあなたには、認められない私たちの気持ちは分からないわ!!」

 カッとなったメイガータが憎々しげに吐き捨てた。


「転移魔法具があるからそろそろ失礼するわ」と笑う。


「おい、あんた」


 ジルが声を掛けると、メイガータは「やっぱり一緒に来たい?」と手を差し出した。


「ほざけ。この指輪はレダ王家の高魔力保持者だけが触れられると言ったな。だけど“祈り姫”様も指輪に拒まれないぞ。あんたの理屈じゃシャクラスタン王家もレダの正当な血筋にならないか?」


「まさか!! 戯言を!!」


 嫌悪感で叫ぶメイガータの胸元にアイリスは手を伸ばす。そして、むんずとブローチを掴んだ。


「痛くも熱くもないわよ?」

 にやりとアイリスは挑発的に笑って見せた。


「嘘よ!!」

 メイガータは信じられないとばかりに少女を見つめて硬直する。

「メイガータ様!!」

 ようやく拘束魔法が解けた部下が近寄り彼女の手を掴むと、そのまま二人して姿を消した。


 ぽつんと残されたアイリスとジル。

 ジルがぎゅっと背後からアイリスを抱きしめた。


「……触れる事をお許しください」

「まだ許可は出していないわよ。どういうつもりの抱擁なのかしら」

「精神支配魔法を喰らうような不甲斐ない俺を<大切な人>と言ってくださって、死ぬほど嬉しいからです」

「こんなので死なないでよ」

「そうですね。撤回します。姫様を守って死ぬと決めているので」


 初めてこんな風に男性に抱きしめられた。アイリスは頬が熱くなるのを自覚した。全然嫌じゃない。寧ろ物凄く安心する。そっとジルの腕に手を重ねた。


「馬鹿ね。あなたが死んだ後はどうするの? 生きてなきゃ守り続けられないのよ」


「!! はい、その通りです。生きて守り続けます!」

「先は長いから頼むわよ」

 アイリスは後ろ手にジルの胸元の監視魔道具を探しあて触れる。彼女はそれを通してメイガータの様子を見ていた。


『私と一緒に来なさい』

 

 メイガータがジルに魔法をかけたのが分かった。あれは魅了魔法の類いだ!

 気がつけば部屋を飛び出していた。彼女の守護騎士たちは別室にいるし、施設を護る巡回の騎士たちも只ならぬ形相で駆け抜ける“祈り姫″に声をかけられなかった。

 アイリスは無茶をしたとは思わない。だけど父に似た気性が現れた自分にがっかりした。


 落ち着いたのか、やっとジルが離れる。彼の体温が遠のくのが残念で、無意識に彼の手を握った。ジルはその手を振り払わず握り返してきた。二人はそのまま手繋ぎしたしたまま帰る。


「逃げられちゃったね」

「でもシャクラスタンを潰そうとしている敵が判明しました」

 ぽつぽつとそんな会話をしながら。



 翌日、再びシードルーたちも交えて会議をする。

 ジルとアイリスは一連の出来事を話した。


「では帝国のそのメイガータ・シエルーク侯爵令嬢がレダ王家の正当な血を主張して、このシャクラスタンを乗っ取るつもりだと?」

「大体そんな感じです。<私たち>と言っていたのでなんらかの組織だと思います」

 シードルーの簡単な纏めにアイリスは頷く。

「ならばレダ島に帰ればいいのに」

 シードルーの正論に彼の側近が「あそこはもう神に見捨てられた土地だからでしょう」と意見を述べた。


 かつては豊かで栄華を誇っていた島も今は荒れて、神の恵みが潰えて久しい。


 アイリスはメイガータの企みに当然納得いかない。

 この地は女神ガイア=ムーランに導かれて、アレスキア初代王が平定したのだ。荒らされる謂れはない。


 やり直し前は不運による国の衰退だと思っていた。だけど今回は敵がはっきりした。

 まだ年若いメイガータが首謀者かどうかは不明だが、悪意の連鎖を知れば見えてくるものがある。


 魔物の大量発生に被せるように本格侵攻してきたレジン首領国が、今が攻め入る好機だと何者かの甘言に乗せられたのだとしたら。病に侵されたケーン・イド王太子が毒入り治療薬を飲まされたのだとしたら。なんせメイガータは魅了魔法の高度使い手で、高価な認識阻害の魔道具も身につけているのだ。魔力のない者を操るなんて簡単だ。


 優秀なケーン・イド王太子亡き後は、尊大で不遜な国王と愚昧な跡取り王子しか残らない。国の行く末を憂いたウェビロ将軍がクーデターを決意したその陰に、メイガータの協力があったとしたら。


 しかしそこからどうする? どうやってレダ王国を復興する?

 __広大な土地を望まないのであれば、クーデターの協力褒賞として土地を貰い受け、レダ神聖国を興す事も可能になるのか?

 更なる野望があれば、そこを足掛かりに高魔力と魔道具を駆使して、シャクラスタン王国やハルマゴール帝国を徐々に攻めていける。

 

(女神様、この未来を防げと仰っているのですか?)


 アイリスの心中の呼び掛けに女神が応える事はない。


「シードルー様、ロチレート病患者にこの薬を至急与えてくれませんか」

 アイリスは今回国境に常備する予定の薬が入った木箱を取り出し、辺境伯令息としっかりと目を合わせる。

「……帝国の、患者に、ですよね」

「無理も危険も承知の上です。こうしている間にも疫病は拡大し、本来治るはずの人たちが毒によって死んでいるのです。王国の毒なんて噂を早急に鎮めるためにも、もう手段は選べません」

「…………」

 シードルーは眉間に皺を寄せて考え込む。辺境伯に意見を求めるべき事案なのだ。


「辺境伯令息様、私は王太子に全権限を持たされています」

「王太子殿下代理による命令と言われますか?」

「はい」

 アイリスは力強く頷く。これは責任の所在を明らかにするために必要な確認である。


「……御意。医師が保管している薬をすり替えましょう。既に手にしている患者には交換します」

「お願いします。メイガータたちの存在には気をつけて」

「ご安心を。辺境の諜報員は優秀です。帝国に根付いている者を最大限に使います」


 自信を持って請け負うシードルーは頼もしかった。


 帝国の辺境で爆発流行の兆しを見せていたロチレート病は、いつの間にか終息していた。


 そこに隣国辺境伯配下の暗躍があった事は決して表には出てこない。ただ、自国を疫病から護るため慎重に行動した。なんら成果の見えない秘密裏の功績に、ケーン・イド王太子はひっそりと褒賞を与えた。




◇◆◇◆


 そして、王太子ケーン・イドは無事に二十六歳の誕生日を迎えた。


(やったわ……! 兄様を助けられたわ!)


 迎賓館にて皆に祝いの言葉をもらって穏やかに笑う異母兄の姿に、アイリスはひとり感激していた。

 ロチレート病は流行らず、王太子は変わらず元気に執務をこなしている。


 やり直し前との状況を照らし合わせると、やはりメイガータたちが疫病の蔓延を加速化し、王太子が罹患した機会を逃さず殺害したのだろう。陰謀の片鱗さえ窺えないし証拠もない。今生で回避出来た王太子の死は、リューディアの加護もあれど今後も危険はある。


 国を治めるなんて面倒だと思っている、野心のない愚鈍なロデリックを傀儡王に担ぎ上げたい派閥は根強くある。奴らはケーン・イド王太子の排除を狙っているだろう。


 アイリスは誕生日プレゼントとして状態異常、精神攻撃軽減の腕輪を兄に贈った。


 王や王子は様々な攻撃に備えて国の最高品質の魔道具を身につけている。物理攻撃を弾くのは比較的簡単だ。しかし害意のあるメイガータの魔法能力を知り、急いでジルと二人の魔力を込めて最高峰の魔道具を作りあげた。完成時には疲労困憊で二人して二日寝込んだほど魔力を注ぎ切った。メイガータたちには魔力増幅魔道具もある。それを加味して尚、限りなく無効に近い出来栄えだと自負している。

 

『これ、魔法省で売り出せばどのくらいの価格になるかしら』

『売り物に出来ませんよ。国宝レベルです』

 

 ジルに呆れられた。確かにこんな代物が市場に出回れば大変だ。王家の秘宝としようと思った。


 しかし、宰相や騎士団長、それに将軍、他。魔力のない要職人には必要だろう。どこから内部を崩されるか分からない。宣戦布告して真っ当に戦争する相手以上に厄介だ。簡易魔道具を身内だけでなく彼らにも作ろう。


 逆行前の城内を思う。将軍が精神支配されている気配は無かった。対面すればさすがに気が付くし、きっとアイリスの魔力で解除出来る。


 多分、ケーン・イド王太子の死が分岐点だった。


 国内も荒れず、王家の求心力も失っていない。心酔する王太子が存命だから、将軍が簒奪する理由が無くなった。


 ___()()()()()()()()()()()()()()()



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ