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18:祈り姫、従者を護る。

よろしくお願いします。

「なんだか気持ち悪い女だったな」

 ジェイドがメイガータをそう評すれば、ジルは「ええ」と木の板を眺めながら同意した。

「失礼な事、言わないの」

「だって姉様、彼女はジルと初対面なんでしょう? それなのにすっごいじろじろ見ていたぞ」


 メイガータは指輪が決め手で、ジルがレダ王族の末裔だと確信したらしい。それから彼に陶酔したような熱い眼差しを向けていた。でもそれはジル本人というより<レダ人>に対する感情だった。


 彼女は一体何者で、<レダ人>にどんな思い入れがあるのだろう。



 食後、一同はシードルーの執務室に向かった。


「これが、毒が混ざったと云う川の水です」

 シードルーが赤茶色に濁った水の入った瓶の蓋を開けると、腐敗臭が部屋に充満した。

「くさっ!!」

 ジェイドが鼻を覆って顔をしかめる。その素直な反応も仕方ない。部屋に居る全員が不快な表情になった。


「ジェイド殿下、毒の除去をお願いします」

 シードルーに頼まれたジェイドは「分かった」と頷いて、瓶に手を翳す。自分の仕事だ。お馴染みの白光が瓶を覆う。やがて透明の綺麗な水になったその瓶をシードルーに返した。

「毒は感じられない。植物の気配があるだけだ」


「我々の見解もそうです。これは淡水赤藻が大量発生して腐敗したにすぎないでしょう」

 灰色の研究着を着た男が、我が意を得たりとばかりに揉み手をしながらジェイドに賛同する。

「河辺に住む者がそんな知識も無いとは。帝国民は愚鈍ですな」

 辺境騎士団第一隊長が呆れたように鼻を鳴らす。


「そう言うな。滅多にない異常繁殖だ。日々の生活に精一杯な者は教育など受けられないのだ」

 シードルーの言葉にアイリスも頷く。教養とは一種の贅沢品だ。


「シードルー様、薬を見せてください」

 アイリスに促されて彼はハンカチに乗せた黒い丸薬を彼女にそのまま手渡した。横からジルがハンカチの上からひょいと薬を取り上げて凝視する。アイリスが咎めないので、シードルーや彼の配下たちは怪訝そうにジルの行動をただ眺めた。


「……従来の治療薬に、ユールラマ毒ガエルの毒が混ぜられています。魔力は薬を配合した者のしかありません。あとで何者かが注射器などで中に毒を注入したのでしょう。混入に魔法は使われていません」


「それは本当か!?」

 シードルーの驚きも当然だった。魔法省の高位薬士でないとまず分析出来ない。

「ジルの魔力は全方面に長けています。まず間違いないでしょう」

 アイリスは平然と言い放った。


「シードルー様! 早速ユールラマ毒ガエルの毒検出を試みます!」

 研究者の男はそう言うと部屋を飛び出して行った。要塞城のみならず、この詰め所内にも分析室があるのだ。

 怪しい飲食物や薬草などが持ち込まれないよう、この国境で速やかに調査出来るようにと、まさに国の防波堤だ。


 ジェイドが眠そうに目を擦ったので解散となる。

 部屋に案内されて一息ついたアイリスの元にジルが訪れた。


「どうしたの?」

「お話があります」


 ドアを少し開けたままジルは部屋に入る。


「これを見てください」

 ジルはメイガータから渡された木片をアイリスの手に乗せた。片面には三角形の多い幾何学模様が黒絵の具で描かれている。先程ちらりと見えたそれをアイリスはまじまじと観察する。

 

「これは……どこの術式かしら」

 美しい紋様は魔法陣に似ていた。いや、魔法陣をカムフラージュするために、余計な図形を付け足しているようにも見える。


「魔力は感じませんか?」

「ええ、もしかして魔道具の一種かしら」

「姫様でも分かりませんか」

 ジルは険しい表情だ。


「これは認識阻害の術式だと思います。帝国式の魔法陣を複雑化しています」

「そうなの?」

 魔法に関してジルは既に王国で有数の識者である。魔法省所属じゃないから決して表には出ないけれど。


「裏に」

 ジルはアイリスの手から再び板を受け取ると、ひょいと裏返す。何も書かれていない滑らかな木目が際立っているだけだ。

「俺へのメッセージが記されています。[指輪の詳細とあなたの正体について話したい。今夜零時に詰め所裏のリラの樹の下にて待つ]と、念字です」


「……私には見えないわ。メイガータさんはそこそこ魔力持ちだとは感じたけど、少なくともジルと同等以上なのね」

「彼女は魔力の認知を惑わす魔道具を身に着けていると思います。でないと帝国の高位魔法士の目に止まってしまう。それは本意ではないのでしょう」

 実際、ジルもこの魔法板を渡されるまでメイガータの魔力を見誤っていた。


「行くの……?」

「はい」

「……帝国貴族だったら、国に戻るの?」

 動揺を抑えてアイリスが尋ねれば、ジルが心外だといった顔をした。

「どうしてです? 俺はあなたに忠誠を誓っているのに」

「でも……」

「俺は自分が帝国人だとは思えません」

 七歳までの記憶が無いにせよ所作などは体に染み付いていた。自然に出る仕草は、帝国人とは異なっているとジル本人は思うのだ。


「姫様、監視魔道具を貸してください」

「え?」

「俺とあの女の会話を聞いて、見ていて欲しいのです」

 誰かに見咎められて逢い引きだの間諜だのと疑われたらたまらない。ジルはアイリスに内緒で行動する気はさらさら無かった。




「来てくれたのね……」

 フード付きの黒いローブを纏ったメイガータが闇の中からひっそりと現れた。

「さっさと話をしてくれ」

 ジルは取り付く島もない。メイガータは細く溜息をついた。


「先刻も話したけれどその指輪はレダ文明の遺物。それも王族に伝わる一品です。意味が分かりますか? あなたはレダ王家の末裔なのです」

「……とんだおとぎ話だ」

「見ただけで高価な指輪が、奪われずに瀕死のあなたの手に残っていたのを、疑問に思いませんでしたか」

「…………」

「レダのアーティファクトは持ち主を選びます。奪われてもあなたの元に戻ってきたはずです」


 覚えがある。ごろつきに殴られて奪われても、養護院で世話人に取り上げられても、彼らは『痛い! 熱い!』と叫んですぐに放り投げた。不思議な事に、彼らが投げた指輪はすとんとジルの方に飛んできた。手元に戻る指輪は痛くも熱くもなかった。それらの事象に軽い違和感はあったけれど、アイリスが普通に触れていたからやはり偶々だと思っていた。


「もちろん指輪に意思があるのではありません。あなたに流れる血が指輪を失うのを恐れて、あなたの魔力が攻撃していたのです。高魔力保持のレダ王家の子孫しか触れられません。燃えるように熱くて手を出せないのです」

「まさか……! 俺は魔法を放っていない!」

「レダ王家の膨大な魔力を注ぎ込んだ魔道具だと言えば納得しますか? 一族の魔力に反応して自動的に発動するのです。あなたは時代が時代ならレダ王家の王子です。我々と国を再建しませんか」

「とっくに滅びた一族だぞ。あんたの話はただの夢物語だ」


「……これを」

 メイガータはローブをはだけて胸元を見せた。そこにあるのは月明かりにぼんやりと光る桃金色のブローチ。ジルの指輪と同じ意匠の模様が浮き彫りされている。ジルは目を見開いた。


「私の一族にはレダ王家の後継者だと記録が残っています。今は当家一高魔力保持者の私がこれの持ち主です」

「あんたは帝国貴族なのか?」

「……シエルーク侯爵家の庶子ですけどね。現当主が手を付けた領都の踊り子の娘です。母が病死する際に父の名を言ったので父が誰かを知っていました。ですが別に関わろうとは思いませんでした」

 メイガータは足元に目を落として感情を殺して話す。

 

「でも街にいる踊り子の娘が魔力持ちだと噂が流れ、父に存在を知られてしまったのです。母を亡くしていた私は十四歳で侯爵家に連れて行かれました」

「北の国境領主か」

 

「まず連れて行かれたのが侯爵家の宝庫でした。そして目の前に出されたのが、ガラスケースに入ったこのブローチです」


『本当に私の娘ならば、侯爵家に連なる者ならば触れられるはず』

『今更認知など望みません』とメイガータは拒否する。

『触れ』

 高飛車な貴族の命令だった。仕方なくケースの中からブローチを取り出すと、侯爵の顔色が変わった。

『まさか……庶子が認められるとは』

 そのあとすぐに彼女は魔力認識阻害の腕輪を着けられた。侯爵でないと外せないと云う。シエルーク家当主は家宝に選ばれた庶子を秘匿したかったのだ。


「そんな腕輪、あんたの魔力なら外せるだろう?」

「さあ? 試した事ありませんので」

 メイガータは食えない笑みを浮かべた。彼女の身には有利な物であるから外す理由がない。


「嫡出子の誰よりも私が魔力が高かったので、侯爵家の一員となりました」

 

 侯爵家の伝承によると、家宝のブローチはレダ王家の魔力を濃く引き継いだ者に従う。資格のない者は拒まれて手に出来ない。メイガータが一度手にしたブローチをガラスケースに戻そうとしたらガラスが勝手に割れ、その破片は侯爵めがけて飛んでいった。


 __ブローチの意思だ。

 そう感じて恐れ慄いた侯爵はメイガータに身に着けるように命じる。

 こうして庶子のメイガータは、シエルーク家の影の支配者とも言える存在になってしまった。


「レダの指輪に選ばれたジル様、ご自身が何者なのか記憶を取り戻したいでしょう? 一緒に来なさい」

 メイガータは甘く囁く。妖艶さを纏わり付かせてジルに一歩近づいた。

「近寄るな!」

 ジルの言葉が鋭く空気を切る。

「……きっと忘れたい記憶だったんだろう。俺は今の生活に満足している」


「本当に?」

 メイガータが小声で言葉を紡ぐ。

「レダ王家の末裔だと証明すれば、“祈り姫”を手に入れる事が出来るやもしれませんよ」


「なっ!?」

 意味が分からずジルはメイガータを凝視する。

 美女は「あらまあ」と目を見開き、「ふふ、無自覚ですか」と笑みを浮かべた。


「あなたの今の平民の身分では“祈り姫″と結ばれる事はありません。姫殿下はいずれ他の男性に嫁ぐのです」

「それは当然で……」

 ジルの脳裏にシードルーの姿が浮かんだ。アイリスに求婚した、容姿も身分も領地を守る手腕も申し分ない男。


 彼か、他の男がやがてジルの姫を掻っ攫っていく……。ジルはいずれ訪れる未来を想像して言葉に詰まる。


 気が付いてしまった。今は最も近くにいるアイリスは、将来最も遠くに行ってしまう存在なのだ。彼女に一生の忠誠を誓ったから婚家にも着いていく。だから彼女が他の男のものになっても、ずっと見守る事しか出来ないのだと。


「ねえ、私と一緒に来なさい。レダ王家の血筋だと証明しましょう。我々とレダを復活させましょう」

 唐突な自覚に動揺するジルにメイガータは手を差し伸べる。ジルはぼんやりとその手を見つめる。彼女の誘いは魅力的に思えた。知らずその手を掴もうと右手が動いた。


 が、それは阻まれた。


「引き抜きは許さないわよ!」


 突然二人の間にアイリスが飛び込んだのだ。手には短剣を持ち、それをメイガータの喉元に突きつける。

 目を吊り上げてメイガータを睨むその姿は“祈り姫”ではない。シャクラスタン王家の威圧感を纏っていた。




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